〜第21話〜
約束
濁った空から小雨の降りしきる中、彼の葬儀が生まれ故郷の香港の街外れで静かに営まれていた。
密葬であるにも関わらず大勢の弔問客が訪れ、彼の生前の人柄をあらわしていた。
ただし、中には遺影に唾を吐き捨てんばかりの勢いの者もあった。それは彼が二つの人生を歩んだからに他ならなかった。
一方は武道家・師範としての彼。
入門してから10年と経たずに師範としての実力を得るまでの努力・精進の日々。
師範として後進の指導に熱心に打ち込む日々。彼は己の力量をひけらかす事も無く、常に真摯な態度で修練に、そして指導に情熱を注ぎ続けた。今も彼を師と仰ぐ者達の多くは、深い失望の眼差しをもって
彼の遺影を見つめていた。
もう一方は破壊者・裏切り者としての彼。
「A.O.A」という企業により、精神を破壊された彼は、自ら師範を務める道場を自らの手によって解散させるに至った。彼がその暴挙に至る経緯を知らぬ者は、彼の死を罵倒する為だけにこの場所へと来ていた。
それぞれの想いを飲み込んだ暗雲は、やがて夜の闇へと溶け込んでいった。
夜。葬儀を終えた三人が部屋でくつろいでいた。アメリカ人の男が二人。アジア系の女が一人。
「やっと終わったわね・・・。」
珈琲をカップに注ぎながら女が呟く。静かに頷く一人の男。
「あら、随分おつかれのようね、クランキー"おじさん"?」
差し出された珈琲のカップを受け取りながら、クランキーと呼ばれたその男は表情だけで自身への嫌味に対する抗議をした。続いて窓際に立つもう一人の男にカップを差し出す。
男がブラインドから外を覗き込もうと指を掛ける。夜景が見えたと思った時、まばゆい閃光が轟音と共に、薄暗い部屋に差し込んだ。
「きゃっ」
驚いた女がカップを落とす。しかし、陶器製のカップは割れなかった。
「突然なんだもん・・・びっくりしちゃった。ありがと。」
窓際の男は、カップの乗ったつま先をゆっくりと彼女の胸元までひき上げる。
「今頃、二人は天国で式でも挙げてるんじゃないかな?」
努めて明るく振舞う男の背中が、僅かに震えている事をクランキー達は知っていた。
窓際に立つ男の名前はジム。この地で二人の親友を失った心の傷が癒える事は無かったが、長い年月を経て、たとえ現世ではなくとも二人が一つになれた事を、祝福せずにはいられなかった。
「アイツらから教えてもらったスピリットは、俺の中で生涯消えることはないだろう。
俺だけじゃない、未来へ受け継いでいく事を約束するよ、チェン、ヤン。」
ジムはそう言って胸の前で十字を切り、古い友人の冥福を祈った。
遠雷が鳴り響く中、夜は更けていった。
チェンの葬儀が行われる半年程前。
アメリカにある「A.O.A」、「アミューズ・オブ・アメリカ」本社ビルの一室。
全身から怒りのオーラを発するジムの前にいるのは因縁の"あの"男だった。
「私のオフィスへようこそ。確かお名前は・・・。」
「白々しい話は無しにしよう、ミスター・オルブライト。判っている筈だ。私の名前も、そして何故ここにいるかも、貴方は全て・・・。」
ジムが発するほとばしるような視線にたじろぐ事もなく、オルブライトは涼しげだった。
「そうですか。そろそろお見えになるかとは思っていましたが・・・。意外と早かったですね。
もっとも、迅速な行動を起こせない人間はクズ同然ですが。」
オルブライトは卓上インターホンに向かって二言三言伝えるとジムに向き直った。
「折角お越し頂いたのですから、土産はいかがでしょう? 私達の間に言葉など不要でしょう。
ただ会っただけで真意が伝わる・・・。貴方とはいい関係になれそうだ。」
「ご冗談を。過去に貴方が何をしたか、そして現在に至ってなお、私達への苦しみを生み続けているのか、知らないとは言わせない。
今こそチェンを返して貰おう。」
わずかな機械音と共に部屋のドアが開き、ストレッチャーが1台入ってきた。
「!! まさか、チェン !!」
「言ったでしょう、会っただけで真意が分かると。しかし少し遅かった様ですね。」
「遅かっただと?どういう意味だ。チェン、しっかりしろ!」
オルブライトの言葉の意味は、聞かずとも分かっていた。チェンの表情が答えだった。
死んだ人間の方が輝いているとも思えるほど、深い闇の中を彷徨っているかのようなチェンの瞳が、彼の命が尽きかけている事を嫌と言うほど物語っていた。
「貴様、チェンに何をしたんだ!!」
横たわったままのチェンに呼びかけるジム。応答は無い。オルブライトが口を開く。
「治療ですよ。」
オルブライトの発した声に、感情と思われるものは微塵も無かった。
「知っていますか? 彼は自分の愛する人をその手で殺してしまいました。そのショックで心的外傷ストレス障害、つまりPTSDを発症してしまったのです。
事故の直後、錯乱状態となり香港の街を彷徨っていたところを私が保護し、今まで治療を続けて来たのですが、その甲斐もなく天に召されようと・・・。」
「こんな・・・こんな状態で治療だと? オルブライト、貴様・・・!!」
ジムは全身の血が沸騰するかの様な感覚を覚えながらオルブライトに詰め寄る。
ストレッチャーと共に入室していたSPがいなければ、その場で彼に殴りかかっていただろう。
「ミスター・グラント。手の限りは尽くしました。しかし心の病だけは取り除く事は出来なかったのです。
許して欲しい。せめて最後の時ぐらいは親友の貴方の下でと思っていました。彼もそう思っている筈です。」
慈愛に満ちた言葉の影で、薄ら笑いを浮かべているような表情が許せなかったが、今のジムに出来るのは彼の言う通り、チェンの最後を見届ける事しか無かった。
「礼など言うつもりは毛頭無いが、チェンは確かに返して貰った。これで失礼する。」
ストレッチャーと共に部屋を出ようとするジム。オルブライトがゆっくり立ち上がる。
「ミスター・グラント。オーラ・プログラムを知っていますか?」
ジムの動きが止まる。しかし振り向くことなく「ああ。」とだけ答え部屋を後にした。
「せっかちな方だ。プラレスの技術的な・・・面白い話が出来ると思っていたのだが。
あんな用済みのゴミにしか興味を示さないとは。彼もまたクズと言う事か。」
椅子に座り直し、ジムが出て行った扉を蔑視するオルブライト。
「誰がクズだか言ってみなさいよ!!」
不意の声に振り向くと、毒々しい色に染まった一体のプラレスラーを肩に乗せた若い女が立っていた。
声の主は、黒いスーツ姿の美しい女性では無く、肩に乗ったプラレスラーが発したものだった。
「その口を慎め、ファースト。お前の記憶をリセットするのは容易いことだ。」
オルブライトの凍てつくような声を受け、まるで不機嫌だとでもいうようにソッポを向く異形の者。
チェンが初代リーから取り出したチップを解析し、オルブライトが自らの野望のひとつとして開発したオリジナルのプラレスラー、「マーダー・ピエロ」だった。