オリジナル・ストーリー「オーラ・プログラム」

 

〜第22話〜

 野望

 異様に長い腕を持ち、高い柔軟性を誇るマーダー・ピエロのボディには、他のプラレスラーと決定的に違う事がある。

 バッテリーを内臓していないことだ。

 特殊な電波を戦闘指示と共にリアルタイムで受信、電流にコンバートし稼動する。

 しかし、それと引き換えに圏外では稼動すら出来ないのだが、改良の結果屋内外を問わず20mまでの範囲拡大に成功している。

 稼動時間は基本的に外部バッテリーパックの容量に依存するものの、同クラスのプラレスラーと比べればその差は歴然としている。

 地下プラレスのようなレギュレーションを問わないデスマッチ形式の闘いにおいて、そのポテンシャルは圧倒的とも言えた。

 だがその性能の殆どはオルブライトの発案ではなく、強奪したものだった。

 初代リーの幾つかのパーツを元に、「オーラプログラム搭載プラレスラー」として作製された「マーダー・ピエロ/プロトタイプ」は、オルブライトが東京から引き揚げるのと前後して台頭していた地下プロレスの組織、「BOOST」の手により再起不能となった。

 「BOOST」のプラレスラーは、バッテリーを搭載しない独自のボディの技術を持ち、徹底的に軽量化された俊敏さで「蝶のように舞い、蜂のように刺す」スタイル。

 彼らの前に重量感溢れるマーダー・ピエロ/プロトタイプはなすすべも無く敗れた。

 「封心脚」というプラレスの範疇を超えた必殺の技も、敵を捉えることは出来ず、何度も空を裂くことしか出来なかった。

 そして向かう所敵なしとなった「BOOST」は、地下プラレスの覇者となる筈だった。

 オルブライトは怒りを表す事は無かったものの、チェンを使って「BOOST」内でも最強と謳われた「弐号機」を奪取、独自の改良を重ねたオーラプログラムを搭載して新生「マーダー・ピエロ」として量産化に着手していたのだ。

 「弐号機」奪取の際、某国の軍事関係者が黒幕と言われていた「BOOST」も抵抗を見せた。

 彼らのアジトに忍び込んだチェンは、奪取こそ無事に済ませたものの、脱出時に数発の弾丸を喰らい、そのショックからオルブライトのマインドコントロールが不安定となり、最終的に精神が完全崩壊に至ったのである。

 あの日、ジム達が日本のテレビで見たチェンは、既に死んだも同然のままアメリカに連れて行かれるところだった。

 謀略に長けたオルブライトは、チェンの最後の仕事としてジムを再びおびき寄せる餌としての役目を与えていたのだ。

 そう、あわよくばオーラ・プログラムの全てを手中に収めようと・・・。

 そしてその企みは今日、実を結ぶはずだった。

 「失礼しました、ジェネラル・オルブライト。」

 「・・・ラミア。ここはアミューズ・オブ・アメリカの本社で、役員であるオルブライト取締役のオフィスだ。

 ジェネラル等と言う物騒な肩書きはよしてもらおう。」

 「はっ。以後気を付けることに致します。ファーストの発言にお気を悪くされたのかと。」

 「気を遣ってくれるのは嬉しいが・・・。私はそんなに器量の小さい人間かね。」

 笑顔のまま、その声に怒りとも脅しとも取れるニュアンスをのせるオルブライト。

 だがラミアと呼ばれた若い女はたじろぐ事もなく、いいえと答えていた。

 「ファースト」と呼ばれたマーダー・ピエロは既にラミアの肩から降りてオルブライトのデスク上に立っていた。

 時折長い腕を広げてはオルブライトの興味を引こうとしているように見える。

 「やはりスラムで育った女は口が悪いものだな。ドナーはどうした?」

 「はい、資料によれば担当者の男にディナーをねだってすぐに帰ったようです。

 一ヶ月もの間、あれだけの待遇を受けながら礼のひとつも言わずに帰るなど・・・。」

 「そうか。・・・この研究の素晴らしさは、やはり凡人には理解できないようだな。

 金につられて己の歴史を全て受け渡すとはねぇ。一般人としてはまぁ、そんなものだろうが。」

 手を伸ばした先にはファーストがいた。

 やさしく包み込むように持ち上げるオルブライト。

 「何触ってんだよ、このオヤジ!!」

 口は達者なままだが動きは無い。

 「ふむ。ラミア、ロボット工学三原則を言ってみたまえ。」

 「・・・はい。」

 第一条 ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を加えてはならない。

 第二条 ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りではない。

 第三条 ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己を守らなければならない。

 「結構。・・・ファースト。

 おまえの力は多少パワフルに設定してある。

 逃げてみろ。」

 そういうとオルブライトは握った手に徐々に力を入れ始めた。

 「うるさい、アンタがこの手を離せばいいじゃねぇか!離せったら離せよ!!」

 僅かな機械音がするものの、ファーストと呼ばれたプラレスラーは非力としか見えず、脱出の気配は無い。

 「ふっ。ではおまえの言う通りに離すとしよう。」

 ファーストを抱えた両手を頭上に上げると、前方の観葉樹目掛けて勢い良く投げつけた。

 がさがさと音がしたあと、植物の上部がなぎ倒されていた。

 ちょこんと床に舞い降りたファーストがオルブライトを指差して非難を始めていた。

 「ラミア。ドナーとファーストのシンクロ率はどんな具合かね。」

 「はっ。80%は超えているとの報告です。ドナー本人とほとんどかわらない・・・」

 「ああ、質問を間違えたようだ。ドナーを見たファーストは何か言ったかね?」

 ラミアは資料をめくり回答を探すが見つける事は出来なかった。

 「申し訳ありません。すぐに技術局へ問い合わせますのでお待ち下さい。」

 「それには及ばない。"本人"に聞いてみれば良いのだから。そうだな、ファースト?」

 再度テーブルの上ってきたファーストに問いかけるオルブライト。

 「あんなクサイ奴、知るもんか。二度と会いたくもないって。」

 「ほう、おまえは匂いが分かるのかね。そんなセンサー等搭載してはいないぞ。」

 「クサイものはクサイんだ。ドナーだかなんだか知らないけどクサくてたまらないね。」

 オルブライトはラミアを振り返ってニコリと笑ってみせる。

 ジムに見せたそれとは正反対の、まるで子供のような笑みだった。

 「思った通りの反応で嬉しいよ、ファースト。

 そう、彼女は人種特有の匂いが人よりもきついと思い込むフシがあったのだ。

 まったくそんなことは無かったのに。

 本来プログラムには"匂い"などというものは組み込んだりはしない。

 全くの無駄だからだ。

 しかし、では何故ファーストが匂いを気にするのか、分かるかね、ラミア。」

 嬉々として話し続けるオルブライトの表情に困惑するラミア。

 彼は返事を待たず続ける。

 「人の想いはマイナスなのだよ。

 絶えず他人と接触する中で、良く思われたい、褒められたい、愛されたいと思うその反面、本当に良く思われているのか、本心から褒められているのか、その愛が自分だけに注がれているのかを知りたいのだよ。」

 「・・・おっしゃる意味が良く理解できません。」

 ラミアは狼狽しながら言葉を返す。

 だがオルブライトにはどうでも良いことだった。

 「世界には君の様に美しく、賢い女ばかりいる訳では無いという事だ。

 君が街を歩くとき、多くの男は君をモノにしたいと思うだろう。

 同時に多くの女性は君と自分自身を比べ、ひどく落胆するだろう。

 君に勝っている事があるかもしれないのに、だ。

 ファーストのドナーは知らず知らずに自分へのコンプレックスを抱いていた。

 彼女を含め多くの人々にとって、自分自身に不利な思い込みをはねのけることは難しい。

 ファーストの反応はすなわち、知らず知らずのうちに増大していた自らのコンプレックスを取り除く事によって、輝かしい本当の自分を手に入れたということなのだ。」

 オルブライトは更に高揚して話を続ける。

 既にラミアのことなど彼の意識には存在していなかった。

 「自分がプラスの存在となったことで、ドナーに対して相対的にマイナスの"匂い"を感じ、嫌っているということだろう。

 もっともこの現象を完全に理解することは不可能だろうがね。

 いや、感じるという表現は正しくないな。

 ファーストはドナーの匂いを"連想"したのだよ。

 つまり!! 私の長年の夢である超連想思考回路、Super-association idea circuitが完成したということだ。

 ドナーのわずかな細胞片から培養し、造りだした人口ニューロンチップとSAICからなる完全なる自律行動、加えてマーダー・ピエロのポテンシャルがあれば! 

 ・・・チェンとかいう男よりはるかに有用だ。

 洗脳も容易い上に、たとえ死んでも簡単に補充が出来る。

 まぁ、オーラプログラムとは全くの別物になってしまったが、あらゆる面でSAICが優れていることはすでに証明せずとも明白だ。

 なぜならばオーラプログラムは所詮プログラム。

 対してSAICを搭載したファースト達は人の意識を移植した、言わば"機械の体を持った人そのもの"なのだから。」

 「しかし何故ロボット・・・プラレスラー等にそこまでのお考えを?」

 オルブライトはファーストに手に載るように促す。

 「人は死ぬ。

 私のように多くの野望を持つ者も、ラミア、君のように美しい者もすべて。

 だがこのプラレスラー達は違うのだよ。

 そう、わずかな電力さえあれば永遠に生きる事が出来るのだよ。

 もっともメンテナンスをする人間も必要だとは思うが。

 いずれ人型サイズのプレラレスラーが完成するだろう。

 ロボット?アンドロイド?呼び方も変わるだろうが、まぁ何でも良い。

 だがその時こそ、私と私の分身が世界を支配したいと思っているのだよ。

 どうだね、考えただけでも素晴らしい事ではないか。」

 「ええ、確かに。

 ・・・ですがオルブライト様自らもドナーとなられるのですか?」

 「無論だ。

 私の思想を受け継ぐものは、このような老いていくだけの身体ではもったいない。

 "この"私が死んでも私の野望はファーストやセカンドの野望でもあり続ける。

 そんな世界の構築がまさに今、始まったのだよ、ラミア。」

 卓上インターホンのランプが点滅し、オルブライトの応答を待つ。

 ファーストにかかりっきりになったオルブライトに代わり、ラミアが返答する。

 「オルブライトのプライベートルームです。」

 「・・・鼠は巣に帰しました。」

 「結構ですわ。ご苦労様。」

 たったそれだけの報告を済ませ、通話は切れた。

 (チェンが居なくなり、少しは優しくなると思っていましたのに。)

 冷たい視線を向けながらオルブライトに報告するラミア。

 「ドナーの始末が終わったとの報告でした。

 まだ仕事が残っておりますので、私もこれで失礼致します。

 ファーストはいかが致しますか?」

 オルブライトは答えず、まるでボールをパスするかのようにラミアにファーストを投げ渡すと、そのまま椅子に掛けて瞑想を始めた。

 空中で長い腕を使ってバランスを取り、ラミアの肩へと着地するファースト。

 ラミアは無言のまま敬礼して部屋を出て行った。

 「近いうちに対戦出来ることを願っていますよ、ミスター・グラント。

 小さな目標ですが、出発地点としては丁度良いかもしれませんね。

 全く、楽しみですね・・・。」

 デスクのモニターには、全13体の「マーダーピエロ」シリーズ、そして翌朝の新聞に載るであろう、若い女性の変死体の記事のゲラ刷りが映っていた。

 

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