オリジナル・ストーリー「蒼き疾風」

 

第43話「地下〜Act18」

 横に体を捻った余勢を活かし、左掌を軸に身体を起こす十六夜。

 肩で息をしているかの様に見えるのは、先刻までに隼から受けたダメージが抜け切らないせいである。

 その眼前で、隼がのそりと立ち上がる。

 隼のカメラ・アイはやはり不気味な赤光を放ったままだ。

 「そう言うコト・・・か。」

 何かに納得したかの様に呟く十六夜。

 ゆらりとファイティング・ポーズを取った隼に、十六夜がすうっと間合いを詰める。

 ツ・・・と互いの間合いに入った瞬間、どちらも動く。

 「シッ」

 「フッ」

 タイミングを計る様な呼気とともに、十六夜の左脚が隼の右脇腹に吸い込まれる。

 同時に右脚を上げかけた隼であったが、互いに左脚を前にしたファイティング・ポーズからの攻撃では、十六夜に分があった。

 ドシッっと重い音を立てて、隼の脇腹に十六夜の左脚が叩き込まれる。

 「グ・・・」

 左脚に反応し切れず、遅れて右腕で左脇腹をガードしつつ呻く隼。

 十六夜は叩き込んだ左脚を戻さず、一歩踏み出す様にしながら体重を移して左拳でリードしながら右拳を隼の顔面に叩き込む。

 隼もこれには反応し、左腕で外側に払い除けようとするが、体重を乗せた右拳がそんなモノで殺せるはずも無かった。

 払い除けようとした左腕をはじき、十六夜の右拳が隼の左側頭部を襲う。

 パーンと小気味のイイ音を立てて、隼の頭部が・・・否、上半身が右に傾く。

 十六夜の突きは、オーナーのマサキ同様にインパクトのポイントを奥に取っている為、突き抜ける様な衝撃を相手に与える。

 食らった相手は、打突を受けた部分よりもむしろ反対側に衝撃を感じるのである。

 隼はそれでも倒れず、得意の首相撲に入る為のコースに自身の両腕を乗せる。

 「!―――」

 だが、その両腕は空を掴む。

 瞬間、視界がぐるっと回転し、隼はまたしても自身の身体がマットに仰向けた事を知った。

 マサキの反対側のコクピットに座る牛神は、何度目になるか判らない隼との接続を試みていた。

 いや・・・接続自体は、とうに復旧している。

 外部からアクセスできる接続は、一瞬のコネクション・ロストを起こしはしたが、すぐに再接続されていたのだ。

 今、牛神が試みているのは、隼との内部的な接続であった。

 隼の動作に関わる一切のコマンドが受け付けられないのである。

 牛神のPCのモニターにいくつか展開されたウインドウの一つに、先程から送られてきている隼からのデータが映されていた。

 そのデータは記号の羅列が大半であったが、一瞬像を結ぶ映像であったりと脈絡が無い。

 しかし、その映像に映ったモノは・・・眼前の相手、十六夜ではなかった。

 「こいつは・・・X−80・・・。」

 牛神は、今度こそ完全に理解した。

 隼に内蔵されたバイオ・チップ、それは言わば脳に近いモノであったのだ。

 それが、十六夜のあびせ蹴りの衝撃でチップ内の伝達が狂って「意識」が飛び、創り出された時から蓄積されてきたデータが「無意識」に呼び起こされて動作しているのだ。

 これが通常のCPUであったなら暴走と呼べなくも無いが、「記憶」として残ったデータを基に動作している以上、完全な自律行動に近い状態であると言えた。

 ・・・と、牛神のモニター内のウインドウに映っていたX−80の像がすうっと消える。

 「?」

 不審に思った牛神がリング上の隼に目を移した時、それはちょうど十六夜の右拳が隼の右側頭部に叩き込まれた瞬間であった。

3 side.隼

 背中に衝撃を感じた隼のカメラ・アイに、伸ばされた自身の両腕と、その先で輝く天井のライトが像を結ぶ。

 「・・・。」

 十六夜の両腕からの衝撃で立ち上がった瞬間から、これまでの記憶が飛んでいる。 

 「(・・・オレハ・・・)」

 『>HAYABUSA STANDUP』

 下腹部の受信器から流れるコマンドが、CPUに流れ込んでくる。

 その命令に従って、身体を起そうとする隼。

 しかし、視線を下に移した隼は、すぐにそれが出来ない事だと気づく。

 十六夜がマウント・ポジションを取っていたのだ。

 この体勢では、立ち上がるどころでは無かった。

 ちょうどヘソに当たる場所の上に馬乗りになっている十六夜に、膝を叩き込もうと試みたが、かすりもしない。

 それどころか、仰向けになった今、上に伸ばされたままだった両腕のうちの右腕、それも手首を十六夜に捉えられているのだ。

 残った左腕で、十六夜に拳を振るっても、腰の入らない手パンチでは何の解決にもならなかった。

3 side.十六夜

 身体を右に傾けながらも両腕を伸ばしてくる隼。

 十六夜は、それを身を沈める様にして潜り抜けると、隼の両大腿部に両腕をかけてリフトする。

 そのまま頭部を隼の腹部に押し当てる様にして両腕を引くと、隼は勢い良く仰向けに倒れた。

 間髪入れずに隼の腹部に馬乗りになる十六夜。

 マウント・ポジションである。

 かつて、FISTのリングで見たアレックスのタックルからマウントへの移行を記憶していたのである。

 守るべきルールも無いここの様なリング上で、恐らくは無意識状態の相手とファイトするとなれば、コレが有効と判断しての策であった。

 もっともアレックスが完全にタックルからマウントへの移行を得意としているのと異なって、打撃で崩してから移行しなければならない違いはあったが。

 「・・・。」

 十六夜は無言で、隼の伸ばされたままの右手首を捉える。

 隼の抵抗は、十六夜に届かない。

 十六夜は、右掌で捉えた隼の右手首を隼の左側頭部に持っていき、次いで左掌を隼の右肘に添えて体重をかけ、すぐに左掌を右肘から放すと左腕を隼の頸部に回して、右手首をロックする。

 ミシ・・・ミチ・・・

 隼の抵抗・・・というよりも内部の機械的構造による抵抗で、隼の右腕が悲鳴を上げる。

 「く・・・。」

 これが人間であれば、もはやタップしか手は無いはずであった。

 

つづく

 

〜あとがき〜

 43話リリースしました。

 

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