第44話「地下〜Act19」
1
「む、ぬう!」
十六夜に頸部と右腕をロックされ、ギリギリと絞め上げられる隼が必死に抗う。
柔構造故に関節にダメージはあっても深刻では無いが、それでも絞め上げられる事で内部の機構に無理がかかるのは免れない。
ならばと自由な左腕のスタン・ナックルを使う手もあったが、それを使うにはバッテリー残量が心元無かった。
牛神は思案しながらも、隼に抗わせながら少しずつではあるが両脚を動かさせる。
少しずつ位置をずらして、十六夜のマウント・ポジションを崩す為であった。
その間にも、十六夜の左腕は隼の頸部を絞め上げ続けており、頸部から頭部にかけてのパーツ損傷は時間の問題であり、脱出を急ぐ必要があった。
そして・・・十六夜が締め上げる体勢を強固なモノにする為、さらに隼の右手首を固めようとしたその瞬間。
「今だ!そのまま崩して脱出だ、隼!」
牛神のキーボード操作に、隼はロックされた右腕で抗う事をやめ、柔構造を利して器用に身体を右に捻りながら両膝を立ててマウントポジションを崩す。
こうなっては十六夜のロックも効果が薄い。
「十六夜、もういい。」
マサキもマウントが崩れた事を見るや、十六夜にロックを解かせてファイティング・ポーズを取らせる。
それも、先程までの左前の構えから右前の、それも右爪先が内側を向く独特な構えへと・・・。
牛神も十六夜に遅れて隼を立ち上がらせると、ロックされていた右腕を肩、頸部を回す様にして各部をチェックし、先程までと同じ左前のムエタイ独特のファイティング・ポーズを取らせる。
仕切り直し。
共にフットワークを使いながら、時折フェイントを混ぜてジリジリと間合いを詰める両者。
リーチに勝る隼が、ムエタイ独特の両腕で頭をガードする様なファイティング・ポーズから、これも独特の動作で左腕を前に突き出す。
その瞬間、十六夜が動いた。
ガッ!
と鈍い音と同時に後方へ仰け反る隼。
十六夜は摺り足にも似た動きから軽いフットワークで後方に下がり、先程と同じファイティング・ポーズを取っていた。
「なっ・・・!一体何が!?」
立ち位置の関係で、牛神には隼に何が起きたのか、十六夜が何をしたのか判らなかった。
急いでダメージを解析する牛神。
そのモニターは、左脛部と顔面にダメージが与えられた事を映し出していた。
2
「やはり、グラウンドに持ち込むとバッテリー消費が激しいな・・・。 隼か、奴も相当量のバッテリーを消費しているハズなんだが。」
マサキは、モニターに映し出されているバッテリー残量を示すバーを見ながら呟く。
十六夜にロックを解かせたマサキは、幾つかある十六夜のファイティング・プログラムの中から『JKD』を選択していた。
隼のファイト・スタイルがムエタイとテコンドーをベースにしていると判った以上、これを封じて速攻で勝負を決めるにはJKDを選択するより他無かったのである。
グラウンドの攻防から、仕切り直した隼の左腕が距離を測る様に前に突き出される。
「(チャンス!)」
マサキの指がキーボードを走ると、十六夜の右足刀が滑る様に隼の左脛部を蹴る。
同時に隼が突き出した左腕に十六夜の右掌が、次いで右掌と入れ替わる様にして左掌が添えられ、十六夜は隼の右腕を左掌で下げながら前に出、右掌は右拳へと握り締められてまっすぐに突き出される。
突き出された右拳は、隼の顔面を真っ直ぐ捉えると、すぐに引き戻されてガードしつつ元の位置に戻る。
その全ての動作が、流れる様にして一瞬で行われたのである。
一旦下がって間合いを取った十六夜が、更に追撃を加える。
ぐっと大きなフットワークで右脚を滑らせる様にして懐に飛び込み、一気に間合いを詰めると飛び込んだ勢いを殺さずに引き付けた左脚を軸に右足刀部を隼に叩き込む。
反動で後退する隼、それを追って再度右足刀部を叩き込む十六夜。
隼に反撃の暇を与えない速攻、それがマサキの狙いだった。
3
後退する度に二度、三度と叩き込まれる十六夜の蹴りに、反応出来ない隼のボディが悲鳴を上げる。
「う・・・くっ・・・。」
反撃はおろか防御すら間に合わない速攻に、牛神のモニターに繰り返し現れる警告メッセージが、CautionからWarningに切り替わる。
カクン。
ヨロヨロと後退を繰り返しては、十六夜の追撃を受け続けた隼がついにマットに膝をつく。
「十六夜、もうこれで決めよう。」
マサキの指がキーボードを走ると、十六夜はそれまでよりも大きな間合いを取る。
次いで、瞬時に間合いを一気に詰めると、縮めたバネを伸ばす様にして繰り出した渾身の蹴りを隼の胸に叩き込むのであった。
つづく
〜あとがき〜
44話リリース。
次回で隼戦決着。