澄みきった空の元、ニックの愛車の真っ赤なスポーツカーが関西を目指し、明らかに速度超過で高速道を駆ける。隣にファニーを乗せて。
「…………」
「…………」
車内にはNA車らしい甲高いマフラーの排気音が心地よく響くのみ。
「…どうしたの、ニック?。珍しく静かね」
速度の事は特に気に止めないファニー。もう慣れてしまった。
「ん…?。そうか?」
「何か考え事?」
「まあね」
前を向いたまま答えるニック。実際ニックは運転しながら考え事をしていた。先日の会議でのファニーの様子…。この出張、一体何が待ちうけているのか…?。しかしそのニックの心配をよそにファニーはニックに言った。
「美雪ちゃんのことでしょう〜?」
「違うよ」
「じゃあ、何よ?」
「うむ。実はな…」
ニックはファニーに悟られないよう、敢えてバカな話をする。
「小便と屁は「放尿」「放屁」というのに、大便はなぜ「脱糞」というのか考えていたのだ」
「それはアレね。糞は固体だからではないかしら?。「脱皮」「脱毛」「脱糞」…。汗は「発汗」というし…」
「ファニー…」
「ん?」
「真面目に答えなくていい」
「あら、そう?」
ニックの愛車が長いトンネルに吸い込まれていった。
「PURE」 34th...
××市総合体育館。ニックと美雪が初めて出会った体育館。ガラガラの駐車場のド真ん中に車を止め降り立つ2人。
「さぁ、行こうか、ファニー」
「ええ」
並んで歩く2人。ファニーの肩には既に起動しているディンキィが乗っている。そのディンキィに話しかけるニック。
「どうだディンキィ、調子は?」
『コンディション、オールグリーン、デス』
「久しぶりのライトアーマーはどうだ?」
『問題アリマセン。デスガ…』
「どうした?」
『チョット…、恥ズカシイ、デス』
それを聞いてカクッとコケるファニー。今日のディンキィのコスチュームは装甲を極力抑えた肌の露出の多いデザインだ。
「ちょっと!、失礼ね。そんな変な格好はさせてないわよ!」
『アッ、オーナー!。決シテ、ソウイウ意味デハ…』
「なんだディンキィ。また新しい感情を憶えたか?」
「なに言ってんの〜?。“恥ずかしい”とか“気持ちいい”とか、このコが最初に憶えなきゃいけないことでしょ!」
「そっかそっか。最近、ディンキィがプラレスしてるとこしか見てないもんでな。んじゃーEXIVも出すか?、ディンキィ?」
手に持ったEXIVの入ったケースをディンキィに向ける。
『ニックオーナー!。ソ、ソレダケハ…!!』
恥ずかしそうに両手で顔を隠すディンキィ。背中に装備された小羽根がパタパタ動く。
「ファニー。こりゃ、お前の本業の方の仕事はもうすぐ完遂だな」
「いいえ、まだまだよ…」
『ハイ。マダマダ、デス』
今度はニックがカクッとコケる。
「分かって言ってるのか…?」
「だから、まだまだなのよ♪」
・
・
・
この2人と1機の様子を体育館の3階のバルコニーから眺める人影…。
「Tians!.Elle est mignonne…」
―――
「っ!!」
ポチと共にプラレスリングのロープの張りの確認をしていた美雪の手が止まる。時計の時刻を確認して慌てて会場を飛び出し通路を駆ける美雪。その後をポチが追う。そして角を曲がった所で美雪の脚が止まった。美雪の目に、歩むニックの姿が映る。
「…ニック!」
「おう、美雪〜!」
ニックも美雪の姿を確認し手を振って答える。しかし隣のファニーは、
「…え?」
ニックが見知らぬ女性に手を振っている事に戸惑った。
「あ、あれ…、美雪ちゃん?」
その変貌ぶりに驚き足の止まったファニーが見つめる中、美雪がニックに駆け寄り飛びつく。
「も〜っ、遅かったじゃない!」
「無茶言うな。静岡から車で来たんだぞ」
「へへっ、そーよね。ごめんなさい♪」
ニックの腕に自分の腕を絡める美雪。
「そーいえばファニーさんは?」
「いない訳ないだろう」
そう言って後を振り向くニック。美雪は本当にファニーの姿が眼中に映らなかったらしい。後にポツンと立つファニーに初めて気が付く。
「あ、ファニーさん。お久しぶり♪」
「え…、あ、そ、そうね。お久しぶり…」
「今日は遠い所をわざわざ来て頂いて、ありがとうございますぅ〜」
「い、いいえ、こちらこそ、お招きに預かりまして…」
その間にも美雪はニックの腕を離さない。むしろ強く抱き寄せている。その表情は自身に満ち、勝ち誇っているようにファニーには映った。
ファニーは言葉を失った。美雪の余りの変貌振り。長い髪、細い体、綺麗で手慣れた化粧、今時の肌の露出の多い服装、そしてその肌の表面に浮かぶ無数の傷痕…。その傷を隠そうともしない美雪の自信!。そして何より、今の美雪の行動。「この人は私の物!、あなたには渡さない!」という無言の警告が美雪の笑顔から発せられている。
「ばうっ!」
「えっ?」
ポチの声で我に帰るファニー。
「ばうばうっ!。ぐるるるるるる…」
ファニーの足元で吠えるポチ。正確にはディンキィに向って吠えている。かつての試合の事を憶えているらしい。
「こらっ、ポチ。ダメよ。今日のお客様なのよ!」
「ばうっ?。くうぅぅぅぅん…」
美雪に叱られ肩を落とすポチ。しょげしょげと美雪の足元に戻る。
「そういえば、ニック。EXIVは?」
「もちろん、いるぞ」
EXIVの入ったケースを美雪に見せるニック。
「じゃあさ、今日時間あったら「うっぴー」のスパーの相手してくんない?。新しいセッティングとプラスーツ試したいんだ」
「へぇ…。そりゃ構わんが、EXIVで務まるかな?」
「またまたぁ〜。ご謙遜♪」
「ホントだって!。お前はこんな地方団体にいるから分からんかもしれんが、イタチの技術者が見たらびっくりするぜ。これがあの「テュティオス8000」かっ?!ってな」
「ふ〜ん…。そーかなぁ?」
「そうさ。「うっぴー」の本当の力は、対戦した俺達だから分かる」
「…本当の力は、今日初めて試すんだよ」
「えっ?」
「う、ううん。それより立ち話もナンだから、会場に行きましょう。お茶も用意してあるし」
そう言ってニックの腕を引き歩き出す美雪。
「それはいいが、肝心のチャレンジャーはどうした?。もう会場入りしてるのか?」
「う〜ん…。体育館のどこかにはいると思うけど〜…」
「なんじゃそりゃ」
「ちょっと良く分からない人なのよ。フランス人て、みんなあんな感じなのかしら?」
「さぁな?。フランス人の知り合いはいないからな」
「私、捜してくるね。先に行ってて。会場、この間と一緒よ。分かる?」
「あぁ」
ニックの腕を離し、後を振り向きざまダッシュする美雪。と、そこで2人の後をトボトボと歩くファニーにドンッと肩がぶつかる。
「あ、ごめんなさい!、ファニーさん!」
「ううん。平気…」
しかし美雪はファニーの言葉を全て聞く事なく走り去る。それを呆然と見送るファニー。
「(…今の、ひょっとして…故意に…?)」
今日の美雪のファニーに対する態度の端々から、美雪の痛烈な意思が伝わってくる。そして、
「…これが、若さ…か」
自分にもそんな時期があったのかな?などと、つまらぬ事を考えてしまうファニーだった…。
to be next....
〜あとがき〜
ってゆーか、お詫び。今回は更新が遅れまして申し訳ありませんでした。しかも今回ストーリーが進んでなかったりする(笑)。予定ではプラレスラー3機登場させるはずでしたが、作画が間に合いません!。急遽お話を引っ張ってディンキィ1機だけとしました。だって、ピースケが扉絵こっちに回すし、仕事は相変わらず忙しいし、HGUCジ・オはプロポーション滅茶苦茶だし、ハセガワのウルトラホーク号は死ぬほどカッコイイし…(泣き言)。
でも美雪、カワイイよね(笑)。
※註
「NA車」
NA=Nornal Aspiration(自然吸気)。ターボなどの過吸器を使用しないエンジンを搭載した車を指す。ターボ車のような爆発的な加速はないが、心地良い息の長い加速が続く。どっちが好きかはドライバーの好み。筆者はどちらかというとターボ派だが、国産最高のNAエンジンといわれるNSXの3.2リッターにまだ乗っていないので確定ではない。
「ポチ」
一見、美雪の犬型ペットロボット。その正体はうっぴーの「後方支援機」である。第2章でリングに上がったのはイレギュラーで、ポチ本来の使い方ではない。なぜ犬型なのか?、なぜBB弾を装備するのか?、ちゃんと理由があってデザインしてます。
「うっぴー」
美雪のプラレスラー。猿型で、両手を地に着けて移動する。そのため全高は低いが、実はあのタイラントをも2回り以上上回る超大型機。にもかかわらずEXIVも追いつけぬ程の機動性を有する。が、しかし、これも「うっぴー」の本来の姿ではない。美雪が「今日初めて試す」といったセッティング(17話冒頭で作っていた)こそが「うっぴー」の本当の姿。「うっぴー」とは、本来ある1つの目的の為にのみ存在する。ある目的のため…。
「ファニーの本業」
(21話注釈より抜粋)EDは他企業のある実験の為譲渡されたが、その運用試験がタヤマに委託され一時返還された。それをディンキィに擬装したのはまた別の企業であり、ディンキィとは複数の企業が全くジャンルの異なる実験を1機で行っている物である。その実験自体は実はタヤマにはメリットは無い。現在のディンキィの構造はプラレスには全く応用できない。
ちなみにファニーはニック同様のタヤマの準社員であるが、EDをディンキィに擬装した企業からの出向社員でもある。ファニーは最初からディンキィ専属なのです。