オリジナル・ストーリー「PURE」

 

PURE 32rd.

 

 「うぃ〜っす」

 ニックがすれ違う顔見知りに朝の挨拶をする。ここはタヤマ静岡工場。久しぶりの出社だ。「B3」と大きく書かれた地下3階直行エレベーターの前に立ち、「下」を押して(「上」は無いが)しばらく待つ。目指すは地下3階、プラレスラー開発部。

 チ〜ン!

 音がして目の前の扉が開く。エレベーターに乗り込み「閉」のボタンを押す。扉が閉まり始めた時、

 「そのエレベーター、待って〜!」

 聞き慣れた声が聞こえ、慌てて「開」を押す。そして、「やれやれ」という呆れ顔で声の主を待つ。しばらくしてファニーがエレベーターに駆け込んで来た。

 「ごめん、お待たせっ♪」

 「詫びは下で待ってる奴に言いな」

 素っ気無く返事をして「閉」を押すニック。扉が閉まり、エレベーターは「ういぃぃぃん」と地下3階を目指す。ここの地下3階はなぜか異常に深い(地上5階から移設された理由と関係がある)。暫時、静かな時が流れる。

 「…………」

 「…………」

 「……何だ?」

 ファニーが自分の顔を覗き込んでいるのに気付いたニックが訊いた。

 「えっ、う…ううん。何でも無い…」

 「何だよ?。言葉を濁すなんて、お前らしくないな。言いたい事ははっきり言ってくれんと、気になるじゃないか」

 「……ニック?」

 「おう」

 ファニーが嫌〜な笑顔をニックに向けて言った。

 「この頃お呼びがかからないと思ったら、最近は美雪ちゃんとお楽しみかしら?」

 「ぶはっ!。げほげほげほがへっ」

 その時、「チ〜ン」と音がして扉が開いた。扉の向こうには同じ部課のスタッフが数人立ち並び、むせるニックを唖然と見ていた。

 「おい、ニック。風邪か?」

 その中の1人が見かねてニックに声をかけた。

 「いや、ダイジョブ…げほっ」

 そのニックを尻目に、ファニーは同僚に声もかけずにさっさとエレベーターを降りた。

 「おいっ…、ファニー。待てっ」

 慌ててファニーを追うニック。周りのスタッフ達はその様子を首を傾げながら見送った。

 「ファニー!。待てって」

 「何よ」

 「なに怒ってんだ?」

 「別に怒ってないわよ」

 「俺が美雪と寝たのが気に入らないのか?」

 「だから怒ってないって!」

 「怒ってるじゃないかっ!!

 「怒ってないっっっ!!!

 「…………」

 「…………」

 ニックは諦めた。ファニーが怒るとどうなるか、よ〜く解っている。

 「解った。お前は怒ってない。それはそれでいいが、1つ聞いていいか?」

 「何よ」

 「なぜ分かった?。俺が昨日も美雪に逢っていたなどと…」

 「あんたね…。何年あんたと付き合ってると思ってんの?」

 「??」

 「あんた、顔に出るのよ」

 「顔…?」

 「次の日は生き生きしてるというか、若返ったような感じね。女から生気を吸い取ってるみたいな…」

 「…俺は吸血鬼か」

 「ぷっ。そうね、そんな感じ」

 ファニーの顔に笑顔が戻る。ニックは内心胸を撫で下ろす。

 「そうか…、気付かなかったよ。これからは気をつける」

 「何をどー気を付けんのよ?」

 「次の日は元気が無いようにしてる」

 「それも怪しいじゃないの!。やりすぎみたいで!」

 ケタケタと笑うファニー。機嫌は完全に直ったようだ。

 「あ、ごめんニック。先行ってて」

 ファニーが突然歩みを止め、背中を向けた。

 「ん?、どした?」

 「ちょっと手洗ってくる」

 「ウ○コか?」

 「ちょっとはオブラートに包みなさいっ、レディに向かって…!」

 ファニーはニックに拳を向けると、パタパタと来た道を戻って行った。それを見送るニックに

 「よう!。今日は早いな?」

 通りかかったスタッフの1人が声をかけた。

 「あのな。俺が毎回遅刻してるみてーじゃねーか?」

 「違ったか?」

 「てめっ…」

 「冗談だよ」

 同じ部屋を目指している2人は談笑ながら並んで歩く。そのスタッフが思い出したようにニックに言う。

 「そうそう、こないだエディの見舞いに行ってきたんだ、俺」

 「へぇ。どーだった、やっこさん?。順調かい?」

 「あぁ。まだ1人じゃ立てないらしいけど、しっかりしてたよ」

 「そりゃ良かった!」

 「それとな、面白い話があるんだ」

 「…?。エディに?」

 生真面目一辺倒のエディに面白い話など想像できないニック。

 「あぁ。ちょうど俺がいる時にな、女の子が1人凄い勢いで入ってきてな」

 「ほほう」

 「エディに駆け寄ろうとして隣のベッドにつまづいて転んで、横の台に突っ込んで、花瓶倒して中の水と花を頭から被って、そこにエディの松葉杖と花瓶とラジオと雑誌が落ちて…」

 「なんか、すげーな…」

 「結局俺がいる間は目を覚まさなかったんだけど、エディよりあの子の方が心配だよ。大丈夫だったのかな…?」

 「大丈夫だろ。病院なんだから」

 「そーだな」

 そこでちょうどプラレスラー開発室に辿り付いた。2人並んで自動ドアをくぐると

 「!。よぉ、ニック。今日は早いな!」

 長谷が目を丸くして出迎えた。

 「…俺が定刻に来るのがそんなに珍しいですか?」

 「気にするな。挨拶みたいなもんだ。ところで、珍しくファニーがまだなんだが見なかったか?」

 「ウ○コだってさ。じきに来るだろ!」

 ふてくされたようにタバコをくわえ、喫煙室へ向うニック。

 ・

 ・

 ・

 水道の水が蛇口から激しく押し流されている。その傍らには、膝をついてうずくまるファニー…。

 「…何で…何でこんなに私…」

 得体の知れない不安感がファニーを襲う。その顔面は既に蒼白だ。

 「おかしいよ…。なんで…?、なんでこんなに…、嫌な予感がするの…………?」

 脚が震え、立ち上がる事のできないファニー。

 周りの皆も、ファニー本人も忘れている。ファニーの、社内で「ニュータイプ」とあだ名される程の直感力…。 

 ・

 ・

 ・

 中央の丸テーブルの中心に、今日の議題が立っている。ONDAが先日発表した新型プラレスラー“SSM2000”。ライトシルバー1色に塗られた市販状態の素組みである。電源は入っており、オートで柔軟体操など行っている。

 「…確かにカッコ良くはねえなぁ」

 ニックがポツリと率直な感想を述べる。

 「オンダのデザイナー不足は深刻ね。これ、「ビット」ぐらいカッコ良かったらもっと売れるのに…って、「ビット」のデザインは外注らしいけどネ」

 ファニーも賛同する。

 「でも、タイプRでもないのに高いよ、こいつ。俺ならこれじゃなくて「シビリアン」のタイプR買うね。「モデューロ」フル装備にしてもまだお釣り来るじゃん」

 「いやぁ。タイプRは扱いづらいから、普通の人は買わないよ。俺なら「インテグラル」SiR−UのスタイルSかブルドッグだね」「あ、それいいなぁ♪」

 周りの名も無いスタッフ同士の会話。

 「何の話をしとるんだ、お前らは?!」

 スタッフたちの無意味な会話を長谷が一喝する。

 「無駄話はいいから、安部くん。こいつを大きくジャンプさせてみてくれ」

 ノートパソコンの置かれた席にいる「安部くん」というスタッフが慌ててキーボードを操作する。それに合わせ、腰を下げジャンプの体勢に入るSSM2000。と、同時に両脚のふくらはぎの装甲が後方へ跳ね上がり下からエアノズルが現れる。

 「!!」

 ニックとファニーの表情が歪む。次の瞬間、その場から消えたようなスピードでジャンプするSSM2000。一瞬で天井に到達し、腕で天井を弾き急降下!。

 バシュッ!

 更に脚の外側を加えた4枚の装甲が開き、足首付近のエアノズルの音と足首のエアサスのガスの抜ける音と共に着地するSSM2000。離陸から着地まで1秒を切っている!。

 「ランダムスレート、完璧じゃないか!」

 愕然とするニック。

 「なるほど…。これじゃぁ、「ゼクロスバスター」はオンダの実験機なんて噂が出る訳よぉ…」

 呆れたという表情で椅子の背もたれに身を委ね天井を仰ぐファニー。

 「あの、オンダの異例な釈明会見が無けりゃ、俺だって疑うよ。ここまで「ダブルエックス」と同じ構造じゃあな…。オンダの釈明を信用すれば、「ゼファードバスター」を追っかけてたのは俺達だけじゃなかったって訳さ」

 長谷も諦めの笑顔だ。

 「で、肝心のウチの方はどーなんです?」

 ニックが長谷に訊く。

 「開発の連中も呆れていたよ。こっちにゃ現物があるのに未だ研究中だってのに…、オンダときたら見ただけで商品化しちまうんだからな!。士気もガタ落ちさ!」

 「あたたぁ〜…」

 頭を抱えるニック。

 「で、どーするんですか?。今後ダブルエックスは…?」

 ファニーの問い。

 「もちろん、開発は続ける。こっちが元祖だとオンダに思い知らせてやるさ!。河田くんの為にもな…」

 断言する長谷。

 「…河田か」

 目を閉じ呟くニック。

 「そうね…。そうして下さい、主任」

 「うむ…」

 ・

 ・

 ・

 その後しばらく、ニックの眠ってしまいそうな退屈な会議が続いた。そして、会議が皆済し皆が帰り支度を整える中、長谷がニックとファニーを自分のデスクに呼んだ。

 「…例の話ですね?」

 ニックが小声で長谷に確認する。

 「うむ」

 「例の話ってなによ?」

 「なにボケてんだ?。例の「ちょーせんじょー」だよ」

 ニックが諭す。

 「あぁ、あれね。ひょっとしてGOが出たんですか?」

 「うむ。ファニー、ディンキィの状態は?」

 長谷がファニーに確認する。

 「全く問題ありません。…が、ちょっと…」

 「どうした?」

 「なーんとなく、気が乗らないわぁ…」

 「?。お前らしくないな。挑戦状だぞ?。お前に挑戦してるんだぜ」

 ニックがファニーを怪訝に見つめる。

 「ニック。あんた、あの挑戦状読んだ?」

 「読んだよ、訳文だけどな」

 「気が付かない?。あんな臭い挑戦状よ?」

 「臭い?」

 「ええ。匂うわ、プンプンとね。裏があるわ、絶対!…」

 「…………」

 しばし考え込むニック。久しぶりに発揮されたファニーの特性に思わず躊躇する長谷。

 「ファニー。判断は君に一任する。君達の報告にある「うっぴー」というプラレスラーを倒したという女性型レスラー。興味はある…。社としては必要ならフルアーマーの使用も許諾するつもりだ。」

 「!。ディンキィのフルアーマーを社外調査にっ?!」

 思わず声を荒げるニック。ゼファードバスターの調査にも携行しなかったフルアーマーを使って良いとは、タヤマの「うっぴー」に対する評価は相当と理解できる。そして、実際にその評価は正しい。

 「…いえ。フルアーマーまでは必要ありません。むしろ逆でしょう」

 ニックとは相対的に冷静なファニー。

 「今回は対女子レスラー戦です。ライトアーマーの…、それも最軽量のバージョンWあたりが適当かと思われますが…」

 「分かった。君の判断に任せる」

 「それと、もう1つ。ニックのEXIV−MRCAにIDSのヘヴィアーマーを装着させてください」

 「へっ?」

 横で聞いていて思わずとぼけた声の出るニック。

 「なぜだ?。今回はEXIVは…」

 「主任は私に一任するとおっしゃいました」

 しばし考え込む長谷。ファニーが必要だと言って必要で無かった事など1度も無い。なぜディンキィ単独の試合にEXIVの重装型を同行させる必要があるのだ…?。

 「…分かった。手配しよう」

 おもむろにデスクの受話器を取り、険しい表情で内線をかける長谷。その手が、気持ち震えている。

 「…長谷だ。彼に伝えてくれ。至急IDSの外装パーツを一式持ってくるようにと…。…………なら捜せっ!!。大至急だっ!!

 乱暴に受話器を戻す長谷。

 「すまんなファニー。IDSのオーナーが捕まらんが、じきに届くだろう」

 「ご配慮に感謝します」

 軽く長谷に会釈すると「くるっ」と回れ右するファニー。

 「行こう、ニック!。ディンキィの換装、手伝ってよ!」

 「あ、あぁ…」

 軽い足取りで部屋を後にするファニー。それを呆然と見つめる長谷とニック。久しぶりにファニーの様子がおかしい…。何か、とんでもない事が起きる…、そんな気がしてならない2人だった…。

to be next...

 

〜あとがき〜

 これで準備完了〜♪って感じです。いよいよ「PURE」は急転直下、その核心に突入します。その準備が全て整いました。さぁ、次は女子プロレスだっ!!。ディンキィもEXIVもマイナーチェンジだっ!(笑)。

※註

 「ONDA」

 オンダのプラレスラーは全7機種。クラス順に「ポシェット(女性型Jr.)」「ビット(Jr.)」「シビリアン」「インテグラル」「SSM2000」「LSX」「レジェンダ(Sヘビー)」となっている。「スタイルS」「ブルドッグ」はそれぞれ特別仕様機の名称。「Sir」「タイプR」は各機種のグレード名。「タイプR」は、謎の天才オンダ社員による最終調整済み完成品。正体は現役引退した元世界ランカーという噂あり。

 「ポシェット」「ビット」は現在大人気爆発中。逆に「レジェンダ」は販売不振につき、近日中の廃盤決定。「レジェンダ」に変わる新機種の名称は「????・ローズ」という噂(笑)。

 「モデューロ」

 オンダ機専門のプラレスラー外装パーツ専門店。プラレスラーそのものでなく、プラスーツのみを開発販売している。パーツデザインだけでなく、その強度計算もしっかりしており、モデューロを着込んだプラレスラーは1ランク上の剛性を持つと考えていい。特にオンダのプラレスラーは外観の不評な機体が多く、モデューロは人気アイテムとなっている。こういうプラスーツ専門店は他にも数社ある。

 「EXIV−IDS」

 現在EXIVは4機存在し、それぞれ別のオーナーに運用されている。ニックのEXIVはMRCA(万能型)と呼ばれている。IDSは防御型。詳しくはプラレスラー名鑑「タヤマ開発部」にて。

 

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