〜第1話〜
胎動
空港を出てからというもの、キャリーはひどい蒸し暑さにダウン寸前だった。
故郷のコロラド州では、もっと湿度の低い、気持ちのいい暑さだったのだが、このtokyoの空気は体に纏わりつくような、気持ちまで滅入ってしまう気がしていた。
「キャリー、大丈夫かい?」
やっとの思いで「成田エクスプレス」に飛び乗ると、クランキーが心配そうにキャリーの顔を覗きこむ。
「なんとか。でも今度は冷房に負けそうな気がします。」
お互い苦笑いを浮かべ、街の空気に順応しようとしていた。
「クランキーさん、日本には着いたんだけど・・・。」
珍しく不安げな表情をみせるキャリー。
無理もない。生まれて初めてアメリカを飛び出すことになったキャリーにとっては、この数時間がとても長く感じたのだろう。
が、そんな気持ちを撥ね退ける強い意思を持つ少年であることを、クランキーはよく理解していた。
対して、クランキーは仕事上で来日することが多く、日本通でもあった。
日本語も、よくある外国訛りの妙な物ではなく、とても流暢に話すことが出来る程の腕・・・、いや口である。
キャリーも彼が一緒でどんなに心強いと感じたことか。
「キャリー、日本の諺にこんなものがあるんだ。」
人差し指を立て、ニコリと微笑んみながら、得意げに話すクランキー。
「腹が減っては戦は出来ぬ」
首を傾げてキャリーが意味を問う。
「つまり戦いが始まるときに、お腹が空いていては満足に戦うことどころか、戦う前に負けてしまうということなんだ。」
「ははっ。なるほど! そういえば昨日機内食を食べたきり、何にも食べてなかったっけ!どおりで力も入んない訳だ。」
「そういうことだ。よし、さっそくランチにありつくとしよう。」
「オッケー。おいしいものをたくさん食べて、元気にならなくちゃ!」
そして電車は新宿駅へと到着する。
山の手線へと乗り換えて、渋谷駅にたどり着く2人。
「さぁ、こっちだ、キャリー。」
アメリカにいるのと変わらないような足取りで、クランキーは目的地へ向かう。
すぐ後ろをついて歩くキャリーにとっては実に頼もしいパートナーである。
(もちろん、一番は(リー・Jr)であるが。)
「・・・どこに行っても人だらけですね。」
半ば呆れ顔でキャリーがぼやく。コロラドではこれほどまでに人が集うことはまれなのか、さすがに参った様子だ。
「着いたよ!キャリー。さ、たくさん食べてエネルギーを蓄えるんだ!」
「ここは・・・。え〜と・・・。」
店内は、皿を乗せたコンベアがぐるぐると回っていた。回転寿司屋である。
「日本と言えば寿司! 食べるのは初めてかい?」
回る皿のように目を丸くして驚くキャリーを尻目に、クランキーは早くも一皿目に手を伸ばしていた。
「うん。初めてだよ。へぇ〜おいしそうだな〜。」
といいつつも、生で魚を食べるという初めての経験に、動揺は隠せないキャリー。
だが空腹も手伝い、目の前を次から次へと流れる寿司がとてもおいしそうに見えてくる。
「これなんかどうだい?」
既に5皿ほど積んだクランキーは真っ赤なマグロを差し出す。
「うわ、ホントにおいしそうだ。いただきます・・・。」
醤油をつけて、一気に口の中へ放り込む。
「うん、うま・・・!!」
突然、未知の味覚が口の中で暴れまくる。
そして「それ」は鼻を猛烈な勢いで突き抜け、目には涙が浮かぶ。
「ク、クラン・・・キー・・・。」
ふとクランキーをみると、右手に緑色のペーストのついたスプーンを持ち、悪魔のような笑顔を見せながら、お茶の入った湯のみを差し出している。
「お、さすがにキツかったようだな、わっはっは。」
とりあえずお茶を飲んで、口の中を平和にするキャリー。
かなり熱いお茶だったが、それよりも正体不明の刺激を消し去りたい思いが勝っていた。
「あっはっは、いや、すまない。これはワサビという日本の香辛料なんだ。」
よほど苦しむキャリーが傑作だったのか、クランキーまで目に涙を浮かべていた。
「ひどいじゃないですか、クランキーさん! 死ぬかと思いましたよ。」
抗議するキャリーだが、手は次の皿へと延びていた。
「でも、なかなかの味ですね。僕に合うスパイスみたいです。」
そういって、隣の客を真似てワサビ醤油をつくると、今度は平然とした顔で食べ始めた。
「お、いい食べっぷりだな。負けないぞ、キャリー!」
「あ、それは僕が狙ったエンガワなのに!!」
「戦の前に戦あり。キャリーはタマゴで十分じゃないのか、はっはっは。」
2人で食べた皿数は、ゆうに30皿を越え、40皿に届くほどだったという・・・。
「もうお腹一杯だ。おいしかったね、クランキーさん。」
「う〜む、私と同じぐらい食べるとは・・・。キャリーは意外と大食なんだな。」
「パパの方がもっと大食いだけどね。」
ジムの事を笑顔で話すのはどれぐらい無かっただろう。
ふとクランキーは少年を思いやる気持ちで一杯になる。
おそらくはキャリー自身、驚いていただろう。
お互いにジムに近づいているという想いが、そうさせたのか。
もっとも、何一つ根拠があるわけではないのだが。
「さて、腹ごしらえもすんだ。よし、行くか!!」
雑踏の中へ踏み出しながらクランキーがキャリーを振り返る。
「? どこへ行くんですか、クランキーさん・・・。」
言いかけて、ハッと気づくキャリー。
「我々だけが楽しんでは(リー・Jr)に悪いだろう。次は彼が暴れる番だよ!」
「渋谷TOP・メカ・リング」
クランキーが指差した先には第一の目的地が2人を待ちかねるようにそびえたっていた。
「Jr。待たせたな。やっとおまえの出番だよ。思う存分、暴れような!!」
バックパックのケースの中で、静かに戦いの舞台を待つ(リー・Jr)。
「入るぞ、キャリー。ここで名をあげれば、ジムの情報も入手しやすくなるだろう。だが、オーラ・プログラムはなるべくなら使うんじゃないよ。」
「うん。わかったよ。でもどうしてだい?」
「奴らがどこに潜んでいるとも限らない。君も知っている通り、昨年暮れぐらいからオーラプログラムの悪用と思えるリングでの事故が多発しているそうだ。」
「特に、Tokyoで、なんだよね。」
振り返り、ビルの群れを見上げるキャリー。
まだ見ぬ強敵プラレスラー、そしてパパ、ジムがいるのかと思いを馳せる。
「そうだ。変に誤解されたくないからな。だがしかし!!」
向き直り、力を込めてクランキーが話す。
「負けちゃだめだよ。」
人懐っこい笑顔をキャリーに見せる。
「分かっていますよ、クランキーさん。まかせてください!じゃあ、行きましょう!」
静かに、そして力強く、 少年は自らの手で運命の扉を開くのであった。
fin