オリジナル・ストーリー黒き帝王

 

―第3話―「ユーリ」

 …会場は静まり返っていた。

 『KING・OF・FIST』タイトルマッチのゴングが先程鳴ったばかりだというのに。

 ゴングが鳴る前まで、超満員の観客の大歓声に包まれていた会場は、無人の荒野のようであった。

 レフェリー『Joe』が10カウントを数え、崩れ落ちたプラレスラーが全く動かない事を確認し、勝者のコールが成されたばかりだと言うのに。

 …会場は静まり返っていた。

 しかしその静寂は、一人の女の甲高い笑い声によって破られた。

 「あ〜はっはっは! 弱い! 弱すぎる!! 誰かあたしの退屈を覚ます奴はいないのか!?」

 軽くウエーブのかかった髪をかきあげながら、オーナー『ユーリ』が吠える。

 リングの中央には、うつ伏せに倒れた一体のプラレスラーと、そのプラレスラーの頭部を踏みつけて、腕組みをして立っているチャンピオン『ガイア』がいた。

 「おい…ウソだろ?」

 うつ伏せに倒れたプラレスラー、タイラントを見て、呆然とするT−REX。

 試合時間わずか23秒。

 『無敗のチャンピオン』ガイア対『クラッシャー』タイラントの初対決は、試合前の前評判を大きく裏切って秒殺で決着がついた。

 試合前までは、『好試合が期待される。最強のチャレンジャー、タイラントはガイアの牙城を崩せるか?』

 などと報じられており、このタイトルマッチを観戦しに来た観客達は、王座の交代劇があるかもしれない!?と期待して会場に足を運んだのであった。

 …しかし結果は、ガイアの放った、たった一発の手刀によって幕が降りた。

 あっという間の決着に、しばし呆然としていた観客達が徐々に騒ぎ出してきた。

 「バカヤロー!もう終わりかよ!!」

 「冗談じゃねえ!!金返せー!」

 「T−REXなんだよ!テメエ、1発でやられてんじゃねえよ!」

 「タイトルマッチだろう?ふざけんじゃねえ!!」

 興奮した観客達が、T−REXに向かって、怒声と罵声を浴びせ続ける。

 そんな異様な雰囲気の中で、表彰式とベルトの授与が行われている。

 T−REXはコックピットに座り込んだまま、今だ信じられないといった顔つきで、表彰台に登る『ガイア』と『ユーリ』を見つめていた。

 「信じられねぇ…。ガイアが強いのは承知の上だ。油断などする筈もない…」

 いつもなら、観客の野次には負けじと応戦するT−REXだが、今回はそんな事も忘れ、呆然としている。

 T−REXはパソコンを開き、タイラントが食らった手刀のダメージを算出し始めた。

 「なんだぁ!この数値は?」

 T−REXはモニターに表示された数値を見て驚きの声を上げた。 

 『ガイア』は筋骨隆々のパワーファイターであるタイラントとは異なり、どちらかというと細身のテクニシャンタイプである。

 たった一発の手刀がこんなダメージ数値を記録する訳がないのである。

 納得がいかないT−REXは何度もパソコンをチェックする。

 「T〜〜〜〜〜〜〜〜RE〜〜〜X!!機械は嘘をつかないわよ。その数値は間違っていな〜いの!」

 表彰式を終え、観客の歓声に応えていたユーリがT−REXに話しかける。

 「なんでそんな大きなダメージが記録されたのか、納得いかないようね。 いい?頭の悪いアナタにもわかるように説明してあげる。あたしのガイアがパワーファイターじゃないのはわかるわよね? そのダメージはアナタのタイラントのパワーをもらったからなのよ」

 「???」

 「ガイアはタイラントのパワーを利用して手刀を放ったのよ。試合を思い出してみて?」

 …試合経過はこうだ。

 ゴングが鳴り、お互いしばらく牽制の姿勢をとっていたが、リング中央でがっぷり組み合った。

 体格とパワーに勝るタイラントが徐々に体をガイアに預けていき、体勢が有利になったところで一旦離れて右のエルボーを繰り出す。

 ガイアはそのエルボーを左腕でガードした。

 と同時にその力の動きに逆らうことなく時計回りに回転し、振り向きざま右手でタイラントの後頭部に手刀を叩き込んだのだ。

 タイラントはそのまま崩れ落ち、10カウントを聞いた。

 その間わずか23秒。

 「わかった?ガイアはタイラントのエルボーのパワーに、自分のパワーと体重を乗せて手刀を放ったのよ。 わからないようだったら、あとでビデオでも見て勉強するのね」

 ユーリは冷たく言い放つ。

 「いや…。理屈ではあんたの言ってる事はわかる。しかし、それをあの一瞬でコントロールしたのか? バカな…出来るわけがない」

 「あははは♪ あたしもナメられたものね。あたしはアナタみたいな単純バカじゃないの。 ハッキリ言って天才なの。そこらへんのモデラーと一緒にしないでよ♪」

 「ぐっ!」

 返す言葉がないT−REX。

 試合でも舌戦でもT−REXの完敗であった。

 口ゲンカの世界大会があったらユーリは世界チャンピオンになれる女だ。敵う訳がない。

 「じゃあね。弱っちいT−REX。次に闘う時はもう少し楽しませてね♪ おーほほほ!」

 ユーリは軽く投げキッスをしながら去って行った…。

 「うおおおおおおおおおおお!!!!!!」

 一人取り残されたT−REXは、力任せにコックピットテーブルを殴りつけ、その場を後にした…。

 たった23秒で敗れたとはいえ、タイラントは決して弱いプラレスラーではない。

 ファースト・ステージの激戦を勝ち抜いて挑戦権を勝ち取ったのだ。

 弱い者が『KING・OF・FIST』に挑戦できるわけがない。

 では、ガイアとはそれほど強いプラレスラーなのか?

 他のプラレスラーと比べて恐ろしいまでの高性能を誇っているのだろうか?

 否!!

 ガイアは特別、優れた機体ではない。

 スペックだけを見たら、ガイアより優れた機体は山程ある。

 しかし、ユーリとガイアはFISTにデビュー以来、無敗を誇っている。

 なぜか?

 それは全てオーナー『ユーリ・ミヤギ』の操作技術とガイアの対応プログラムにある。

 ガイアの戦法は、守りが主体であり、自ら進んで攻撃を仕掛ける事はほとんどない。

 相手の攻撃をしてくる隙を突き、効果的な一発を放っていく。

 試合内容に派手さはないものの、これまで、確実に相手を仕留めてきた。

 また、オーナーであるユーリは、どのモデラーよりも試合の流れを見る目が確かであり、勝機を見逃す事は絶対にない。

 天才的なその『目』と『操作技術』により、勝利を呼び込んできているのだ。

 これまで、市販のプラレスラーはどんどん進化してきており、第一時プラレスブームの頃に比べて、その性能は格段に上がった。

 しかし、「全てのオーナーがその性能を100%引き出しているか?」というと、当然答えはNOであろう。

 結局、いくら高価な高性能機種を手に入れても、結局はそれに振り回されてしまうオーナーが大多数なのである。

 そのプラレスラーを100%理解し、愛情を注いでこそ、その全ての性能を発揮できるのだ。

 そして、ユーリはガイアの性能を見事に100%発揮させている。

 それが結果的に無敗のチャンピオンとして、長くFISTに君臨している要因なのだ。

 T−REXは控室に戻っていた。

 不機嫌そうにタバコに火をつけ、その巨体を椅子にめり込ませる。

 「よう!完敗だったな」

 鬼の形相で腕組みをしているT−REXに一人の男が声をかける。

 十六夜のオーナー、『マサキ』である。

 「!…なんだ。てめぇか…」

 「なんだはないだろう?様子を見に来てやったのに」

 「うるせえな!用がねぇならさっさと帰れ!」

 「まあ、そう怒るな。 俺の十六夜もガイアにはやられているんだ」

 十六夜も今までに何度かガイアと闘っているが、全て黒星である。

 「で?タイラントの調子はどうなんだ?」

 「あぁ、さっきからチェックしてるんだが、ひどいもんだ。 ダメージは後頭部と言うか、人間で言えば『延髄』にあたる所なんだが…。 酷いもんだ。見ろよ、コナゴナだ」

 「あちゃー!見事に…」

 マサキは机の上に置かれているタイラントを覗きこむ。

 T−REXの言う通り、見事に破壊されている。

 どんなプラレスラーであろうが、首筋にこんなダメージを負わされては戦闘不可能であろう。

 「しかし、あのユーリって女は何者だ? ありゃタダもんじゃねえぞ!?」

 「さあな。公式プロフィールを見ても名前と国籍がわかっているだけで、詳しい事は俺も知らんのだ。 まぁ、その公式プロフィールもどこまでホントの事を書いているかわからんがね…ガイアにもまだ秘密がありそうだし…」

 昨今のプラレスブームにより競技人口が増え、女性モデラーがそれほど珍しい存在ではなくなったとはいえ、ユーリほど圧倒的な強さを見せる女性モデラーはこれまで存在しなかった。

 強さと美しさを備えているユーリはFISTに参加している選手達の憧れの的であり、また目標でもある。

 軽くウエーブのかかった髪。

 切れ長の美しい瞳。

 妖しい唇。

 スリムでいながら自己主張の激しい胸元。

 すらりと伸びた美しい脚線。

 何より日本人でありながら、ヨーロッパ系統に見える堀の深い顔立ちが、一層その美しさを際立たせていた。

 しかし、その美しい容姿とは裏腹に、彼女はものすごい毒舌家なのだ。

 凄まじい口撃力なのである。(そのギャップがまた彼女の人気の秘密でもあるのだが…。)

 対戦相手は例外なく彼女の毒舌の嵐にさらされる。

 常に冷静なマサキや、不敵なT−REXでさえ、一歩引いてしまうのだ。

 気の弱いモデラーなど、試合前から勝敗が決まったようなものだ。

 恐ろしい女である…。

 先程の試合のビデオを見ながらT−REXとマサキの会話は続く。

 「ここだよ、エルボーをガードしながら、そのまま一回転して手刀を決める…。ユーリの言う通り、天才でもない限りこんなオペレーションは出来んな」

 フィニッシュシーンのビデオを何度も繰り返し見ながらマサキが呟く。

 「俺の十六夜もガイアとの初対決ではエライ目にあったからな。覚えてねえだろうから話してやるよ。 場外に落ちたガイアにスペース・フライング・タイガードロップをかましたんだ。 そしたら落下途中に腕を取られて脇固めを決められた。 そのまま場外10カウントKOだよ。 信じられるか? 避けられて自爆したところを決められたんじゃないんだぞ!? まだ空中にいる十六夜の腕を取ってのカウンターの脇固めだ。たまったもんじゃねえ!」

 マサキはガイアとの初対決の様子を珍しく興奮した調子で語りかける。

 しかし、T−REXはそんなマサキの話を全く聞いていない。

 腕組みをしたまま、ずっと考え込んでいる。そして小さな声で呟いた。

 「まあ、ブッ壊れたところはまた直せば良いんだが、心配なのはメモリーの方だな…」

 「メモリー?」

 「ん?あぁ、コイツ(タイラント)は今まであんな負け方をした経験がなかったからな。 メモリー内に変なトラウマが残らなきゃ良いんだが…」

 「…そうか」

 「大丈夫だとは思うが…」

 だがT−REXの嫌な予感は的中する。

 このガイアとの試合以来、タイラントは後頭部にダメージを与えられると、たまに制御不能の暴走状態に陥ってしまうようになったのである。

 T−REXの指令を全く受けつけなくなり、暴れまくる。

 攻め込んでいながら、いきなり作動不能となり、停止してしまう。

 対戦相手を無視してレフェリーに攻撃を仕掛ける。

 etc etc …。

 もちろん、それに気付いたT−REXは様々な改良や修復を試みた。

 しかしタイラントのメモリー内奥深くに刻まれたダメージは、元に戻らなかった。

 結局、全てのメモリーを白紙に戻してやるしか方法がないとわかったが、それは出来なかった。

 今までタイラントと歩んできた歴史を白紙に戻す事は絶対に出来なかった。

 何よりも、ガイアには刻まれた傷を倍にして返してやらねば気が済まなかったのだ。

 ガイアを倒せば、このトラウマも消えるに違いない。

 それまではガイアに敗れたと言う記憶を、タイラントから消してはならない!

 打倒ガイア! 打倒ユーリ!! KINGの称号などいらぬ!! 奴らを倒す!!

 T−REXはそう思うようになっていた……。

 それなのに…。

 

−第3話 完−

 

〜あとがき〜

 すんません。

 書いているうちに収拾がつかなくなってしまい、長くなってしまいました。

 格闘シーンを文章で表現すると言うのは大変難しいです。

 ガイアがどういう動きでタイラントや十六夜を倒したのか、伝わったのでしょうか?

 申し訳ありませんが、想像力を力いっぱい膨らませてイメージしてください。

 さて、第4話はどうしよう…。

 

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