オリジナル・ストーリー黒き帝王

 

―第7話―「暴走タイラント」

 「どうしたら…いいんだろう…」

 呆然としているアキに向かって、T−REXの怒声が響く。

 「おい!アキッ!!なにしてる!? マズイぞ!早く小龍を下げろっ!!」

 「え?」

 「聞こえなかったのか!? 早く小龍を下げろと言ったんだっ!!」

 「どうして? まだあたしはギブアップしていない…」

 アキには何でT−REXがそんなことを言い出したのかわからなかった。

 「畜生、このバカ!! また暴走しやがった!!」

 先程からT−REXのパソコンから警告音が鳴り響いている。

 「また制御不能だ。こんな時に!!」

 「制御…不能…?」

 アキはここでやっとT−REXに言われた事を理解した。

 タイラントが制御不能になってしまったらしい。

 制御不能になり、暴走するタイラントの噂は耳にしたことがある。

 今の小龍の状態では、同じリング内にいることは自殺行為に近いのではないか?

 アキはリング上のタイラントに視線を移す。

 タイラントの後頭部からは先程から火花が飛び散り、ゆっくりと小龍に近づいてくるのが見える。

 T−REXは何とか修復を試みるが、警告音は止まない。

 モニターには『ALERT!』の文字が点滅している。

 小龍はじりじりと後ずさりを始める。

 タイラントは、暴走状態に入ってしまうと、T−REXにも止める事が出来ない。

 バッテリーが切れるまで暴れまわるのか、突然停止してしまうのか、過去、何度かあったこの暴走状態にさすがのT−REXもお手上げ状態なのである。

 完全に戦意を喪失している相手に対しても、必要以上に攻撃を加えてしまう場合もあった。

 自分の意思に反して暴れ回るタイラントを見るのは辛かったし、真剣に対している相手には申し訳がない。

 そんな事になるくらいなら、反則負けでもなんでもいい。早く試合を止めて欲しいのだ。

 後味が悪くなる試合は、もうしたくなかった。

 「おい!レフェリー!JOE!!俺の負けでいい!!早く試合を止めてくれ!! このバカ、何しでかすかわからんぞ!!強制停止回路を作動させてくれっ!!」

 しかし、JOEは先程タイラントに突き飛ばされ、ひっくり返ってもがいている。

 「アキ、何やってる! 早く小龍を下がらせろ!!」

 「えっ、あっ、はいっ」

 アキはT−REXの迫力に負け、小龍を避難させようとキーボードを叩く。

 しかし、それまでゆっくりと小龍に近づいてきたタイラントは、小龍が動くのを確認すると、ダッシュして一気に距離を縮め、小龍にタックルを仕掛ける。

 ガシャーン!!

 これまでの闘いで消耗しきっていた小龍は、タイラントのタックルを避ける事が出来なかった。

 必死にもがく小龍を捕らえたタイラントは、そのまま小龍の右脚を掴んで体ごとひっくり返す。

 そして、片逆エビ固めの体勢に入り、一気にパワーを上げる。

 ギシギシギシッ!… 

 小龍の身体が反り返り、右脚が悲鳴をあげる。

 立っているのもやっとだった小龍に、跳ね返す余力など残っているわけが無い。

 このままでは小龍の右脚は完全に破壊されてしまうであろう。

 アキはコックピットの脇にある『GIVE−UP』のボタンに手を伸ばす。

 しかし、いくらギブアップしても、タイラントが逆エビ固めを解除するとは限らない。

 だが、アキには他の選択肢が残されていないのだ。

 その時、やっと体勢を立て直したJOEが強制停止回路を発動させた。

 キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン……。

 既に小龍は行動不能に陥っている。

 タイラントはガクガク機体を揺らしながら立ち上がり、今度はJOEに近づいていく。

 JOEは後ずさりをしながら、強制停止回路の出力を上げる。

 タイラントは緊箍呪(註1)を唱えられた孫悟空のように苦しみながらも、距離を縮めていき、右手でJOEの顔面を掴む。

 アイアンクローだ。

 ギ・ギ・ギ・ギ・・・グシャ…。

 JOEの顔面が潰れたのと同時に、タイラントはようやく動きを止めた…。

 試合終了後、アキは控え室で小龍と向き合い、泣きじゃくっていた。

 「ごめんね、小龍。私がもう少し早く諦めていれば、あんな痛い目にあわなくて済んだのに…」

 アキは涙ながらに小龍に語りかける。

 もっと早くにギブアップしていれば、小龍をここまでひどい姿にさせることもなかったのだ。

 勝つことしか頭になくて、小龍のことを全然考えてやれなかった…。

 それが悔やまれる。

 すっきりしないが、先程の試合の正式裁定は小龍の反則勝ち。

 入れ替え戦の出場枠には入ったが、素直に喜べなかった。

 コンコン…。

 不意に控え室の扉がノックされた。

 アキは涙を拭きつつ、扉を開ける。

 ガチャ…

 そこには見覚えのある大男、T−REXが立っていた。

 「入って…いいか?」

 アキの返事も聞かず、T−REXは控え室に入る。

 涙で滲んだ顔を見られたくなかったアキは、T−REXの顔をまともに見ることが出来ずにいた。

 「すまなかったな… 後味の悪い試合になっちまって」

 アキは思いもよらぬT−REXの言葉に驚いた。

 この人も謝る事があるんだ・・・。

 アキはこれまで、T−REXに対し、粗忽な乱暴者で、人を人とも思わないような、傍若無人な男。という印象を抱いていた。

 そんな大男が頭を下げている。ちょっと信じられなかった。

 「あっあの、頭を上げてくださいっ T−REXさんっ」

 「『さん』はいらねぇよ。背中が痒くなっちまう。 T−REXでいい」

 「あっ はいっ T−REXさん」

 「んん!?」

 「あっ…ごめんなさい」

 「まぁ、いいや」

 T−REXは半ば呆れた顔をして笑いかける。

 試合場では絶対に見せない笑顔だ。

 アキはつられて笑顔を作る。

 何をしに来たんだろう? まさか負けた腹いせに何かされるんじゃないだろうか?

 そんな不安が頭をよぎったが、T−REXはそこまで小さな男ではない。

 ホントに謝りに来たんだ。

 アキはこれまで抱いていたT−REXへの印象が変わっていくのを感じていた。

 重苦しい空気の中、不意にT−REXが話し掛ける。

 「ひとつ聞きたいんだが…」

 「?」

 「タイラントは後頭部に衝撃を与えられると制御不能になっちまう事がたまにあるんだが、あんた、それを知っててあの攻撃をしたのか?」

 「いえ、その噂は聞いたことがあったけど、あの時は無我夢中で…」

 「そうか。そうだろうな。いや、今まで何度かそれを狙って後頭部を狙いにくる奴らがいたんでな。 勝ち目がないから暴走させて反則勝ちを狙おうって奴らがな…」

 「そんな…私はそんな事しませんよ。結果的にはああなっちゃったけど、そんな勝ち方をしても嬉しくも何ともないもん」

 「そうだろうな。あんたの闘い方を見れば、それはよくわかるよ。一瞬の勝機を逃さずにモノにした。たいしたもんだ」

 「それに…」

 「それに?」

 「私は師匠にそんな闘い方、教わっていませんから」

 「師匠?」

 「ええ。早くファースト・ステージに上がりたかったのも、タイラントを倒したかったのも、少しでも師匠に近づきたかったからだもん」

 「ほほう」

 「師匠と同じステージで闘いたい。少しでも師匠に認められたい。そう思って頑張ってきたんだ…」

 「師匠と同じステージって、あんたの師匠はファースト・ステージのランカーなのか?」

 「ランカーだった。って言った方がいいのかな?」

 「なんだよ。過去形かよ!?」

 「うん…もう…いないんだ……」

 「いないって? 何だよ、死んじまったのか? 誰だよ、そいつ。俺も知ってる奴か?」

 「何言ってるの。死んでるわけないでしょ! …多分ね。 それに私より、あなたの方が良く知ってるはずよ?」

 「なんだと?」

 「だって、あなたのタイラントが暴走するきっかけを作った人だもん」

 「まさか…」

 「そう。『ユーリ・ミヤギ』が私のお師匠様」

 「ぬわにぃ〜!!」

 どうやらこういう事らしい。

 何年か前に見たユーリの試合が、まだ駆け出しのモデラーだったアキにとって非常に新鮮なものとして映ったらしい。

 ガイアの圧倒的な強さと、同じ女性でありながらFISTの頂点に君臨するユーリの姿に感動したアキは、その場でユーリに弟子入りを志願した。

 最初は相手にされなかったが、根気よく通いつめた結果、渋々弟子として認めてもらえるようになったという。

 「そうか。ユーリの弟子か」

 T−REXは久しぶりに聞く宿敵の名前を前に、興奮を隠せないでいた。

 「どうしたの? T−REX?」

 ユーリの名前を聞いてから心ここにあらずといったT−REXの顔を覗き込むアキ。

 そのアキと目が合った瞬間、我に帰るT−REX。 

 そして…

 「そうだ! おい!! 奴は今どこにいるんだ!? 何でいきなり消えちまったんだ!? 弟子ならなんか知ってるだろ!?」

 「きゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」

 T−REXにいきなり両肩をつかまれ、ガクガクと前後に振り回されるアキ。

 155センチと小柄なアキと、2メートル近い巨体のT−REX。

 先程の小龍とタイラントのような体格差である。

 「おい! 多分、死んでないってどういう事だ!? 答えろ!!」

 こんなところでユーリの情報が手に入るとは!

 ヤロウ、絶対に探し出して決着をつけてやる!!

 しかし、T−REXに力一杯振り回されたアキの意識は、既に遥か彼方へと飛んでいた。

 「ん? うおい! アキ!! 寝てるんじゃねぇ!!!」

 

第7話  完

 

あとがき

 なんか、「蒼き疾風」でも「オーラ・プログラム」でも我がタイラントは暴走しっぱなしですな。

 勝てねぇし。

 せめて自分のお話の中では勝たせてやろうと思ったのですが、皆さんのご想像通り、暴走して負けてしまいました。

 困ったもんだ。

 そろそろ勝たせてやらんと。

 

註1:緊箍呪(きんこじゅ) 本文からもわかると思いますが、三蔵法師が孫悟空をいさめる時に唱える呪文の事。

              定心真言(じょうしんしんごん)とも言うらしい。

              藤○カムイ氏のマンガ『西遊記 悟の巻』に載っていたのをパクりました。

 

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