―第9話―「ジン」
1
居酒屋『錦』でのT−REXとアキの会話は続いていた。
「ねえ、話変わるけど…ちょっと気になることがあるのよ」
アキが突然口を開く。
「最近、地方団体や独立団体がどんどん潰れてるって話を聞いたことない?」
「ああ、良く聞くな。 どこも厳しいんだろよ。 大体この狭い日本にいくつ団体があると思ってんだ? 実力もねえくせに我こそはNo1だ!なんてヌカしている奴らが多過ぎたんだよ。 結局中身のねえ連中が勝手に自滅しているだけさ」
現在は第3次プラレスブーム。
開発当時に比べ、販売単価が格段に下がったプラレスラー。
それにより、プラレスの競技人口は爆発的に増えた。
そして、それは営利組織としての様々なプラレス団体を生み出す要因となった。
業界の老舗である最大手、JPWAを筆頭にFISTを含め、その数は50とも60とも言われてる。
しかし、その全ての団体が順調に運営されているとは限らない…。
アキはT−REXの言葉を待ち、話を続ける。
「そうかもしれないけど、それにしても多すぎると思わない? ここ一年くらいであたしの知る限り17もの団体が潰れているのよ?」
「17!? そりゃちょっと多いな…。 で、参加してた選手(モデラー)たちはどうなったんだ?」
「さぁ… やっぱり他の団体に移ったんじゃない? JPWAとか」
「JPWA(Japan PlaWrestring Association(日本プラレス協会))ねえ…」
「ほとんどの選手がそうみたいよ? やっぱり日本で一番大きなプラレス団体だし、潰れる心配もないから安心できるんじゃないのかな?」
「確かに俺がガキの頃のJPWAには魅力があったがなぁ。 最近のJPWAにはその面影なんて全然ねぇもんなぁ…」
「でもね、その潰れ方がみんな似ているのよ」
「似ている?」
「その団体のエースだったりチャンピオンだった者が移籍したり、引退したりしてその団体からいなくなってしまうのが発端らしいの」
「………」
「結局、中心選手がいなくなった団体はだんだんと体力を無くしていって、組織として機能しなくなってしまう…」
「そして、潰れていった!?」
「そう。 選手の絶対数が不足となれば、カード(試合)も組めないでしょ?」
「なるほどなぁ…」
「でも人事じゃないのかもよ? ウチ(FIST)だってチャンピオンだった人がいなくなっちゃったじゃない?」
「!…ユーリ」
T−REXは持っていたタバコをもみ消す。
「そう。 でもFISTは今やJPWAと肩を並べるくらいに大きく成長した団体だからね。 潰れやしないだろうけど…」
「確かに気になる話だなぁ。 …もう一度聞くが、その潰れた団体のエースだった奴らってのは、全員JPWAに移籍したのか?」
「ちゃんと調べた訳じゃないから何とも言えないけど…」
「全員じゃなくても、JPWAは大量の選手を獲得したことになるよな? それも地方団体や独立団体とは言え一応、各団体のエースやチャンピオンクラスだった奴らを…」
「そうなるわね」
「気にいらねえな。 どんなに弱小な団体であろうと、それぞれ個性もあれば、主義主張もあっただろうに。 みんなJPWAに行っちまったってのか? JPWAの奴ら、笑いが止まらねぇんじゃねえか?」
「どうして?」
「わからないか? ぶっちゃけて言えば、金を稼げる選手、客を集められる選手と言っても良いかな。 つまり組織に金を落としてくれるスター選手を一人でも生み出すには金と時間がかかるもんなんだ。 それが棚ボタ式に、各団体のエースやチャンピオンが移籍してきたんだろ? 組織としては嬉しい限りだ」
「じゃあ、師匠もJPWAに移籍しちゃったのかなぁ…」
「そりゃねぇだろう。 一つ聞くが、移籍した奴らってのはJPWAでそれなりに活躍しているんだろう? 移籍したのならユーリはなぜJPWAの舞台に出てこない? JPWAはTVで全国中継されてるんだぞ? ユーリほどの器量と実力があればあっという間にJPWAの中心人物になってもおかしくないだろう?」
「まあ…ね」
二人の間にまたもや沈黙の時間が流れる。
と、その二人に声をかける男が一人。
「あ! いたいた。 お〜いアニキィ!!」
二人は思わず声のした方向を振り向く。
デカい声だ。
そこには派手なスタジアムジャンパーにヒザに穴のあいたジーンズ姿の若い男が立っていた。
2
「あれ? なんだ、お前も来てたんか?」
T−REXは声の主に話し掛ける。
「いや、たまたま飲みに来たらさ、マスターがアニキが来てるって教えてくれたんスよ」
「そうか、アキ、紹介するよ。 こいつは俺の義理の弟にあたる『ジン』。 人呼んでモデラー界の種馬。 あんまり近づかん方が良いぞ? 妊娠しても知らんからな」
「あらら、ヒデぇ言われようだな…。 まあいいや。 俺はジン。『ジン・クリタ』よろしく♪」
ジンは大きな汚いバックを背中に背負いながら、強引にアキに握手を求める。
「いや〜、アキ・タカマツさんでしょ? 近くで見ると可愛いッスねぇ♪ 今日の試合観ましたよ。 タイラント相手にあそこまでやるとは大したもんッスよ。 アニキも内心ヒヤヒヤしてたんじゃないの?」
「相変わらずウルセエ奴だ…。 とにかく座れ。 それと少しは声のトーンを落とせ!!ヒナが起きちまうだろが」
「お〜、ヒナピー。 久しぶりに逢ったのにオネンネかよぉ〜。 おいちゃん寂しいやんかぁ〜」
…ジンはフリーのモデラーである。
愛機『ヴァイパー』と共に全国を渡り歩いている。
特定の団体に所属せず、様々な団体を転々としながら腕を磨いているという。
T−REXの妻であるユミの弟にあたる。
同好の士として、T−REXとは妙に気が合うらしい。
「で? ジン、オマエ今どこにいるんだ? 最近までSSS(スリーエス)にいたって話だったが…?」
「SSS? ああ、あそこはもうやめたんスよ。 解散したんスよ。 正式発表はまだだけどね。 2・3日後には新聞に載ると思うけど?」
「解散…!?」
T−REXとアキは互いの顔を見合わせた。
SSS…『Strong・Style・Soldiers』(ストロング・スタイル・ソルジャーズ。通称スリーエス)
関西を中心に活動している独立団体であり、ショー的要素を一切廃し、本格的な『格闘』を全面に打ち出し、注目を集めていた団体である。
6年前に旗揚げして以来、安定した人気を誇っていた団体でもあった。
JPWAは別格として、東のFIST、西のSSSとして、組織的にはFISTと並び賞されるほどの規模を誇っていた団体でもある。
「ね、ねえ、ジンさん。 もっと詳しく話してくれない? 何で潰れちゃったの?」
アキは身を乗り出してジンに詰め寄る。
「? いいけどさ。 何? どうしたんスか?」
「いいから早く話せ!! SSSはそんなに簡単に潰れるような団体じゃねえはずだろ?」
「なんだよ。 二人とも怖い顔しちゃってさ。 まあいいや。 きっかけはね、当時SSSのチャンピオンだった奴がJPWAに移籍したのが始まりだったんスよ。 で、そのチャンピオンてぇのが、地元じゃ結構人気者でさ、集客力を持っていたわけよ。 そんな奴がいなくなっちまったんだ。 客は入らなくなるわ、残った連中も他団体に移籍するわ、選手がほとんどいなくなっちまったんだ。 結局、ドカーンてな訳ッスよ。 フリーの俺が何か出来るわけでもなし、だいたい俺はSSSじゃヒール(悪役)だったしね。 ヨソ者の嫌われ者がいくらがんばったって無駄だったって訳。 …で、こんな話聞いてどうすんの?」
ジンはSSSの解散への軌跡を簡単に説明した。
T−REXとアキは互いに言葉を捜している。
SSSまで…。
これはもう偶然ではない。
確かな証拠があるわけではないが、あまりに出来すぎた話だ。
一連のプラレス団体の消滅・解散にはJPWAが関わっているのではないか?
他団体=同業のライバル組織が無くなって一番得をするのはどこだ?
優秀なモデラーを大量獲得したJPWAなのではないのか?
少々乱暴な考えだが、そう考えることで二人の意見は一致した。
ユーリの失踪と直接結びつくものではないのだろうが、プラレス界に嫌な空気が流れていることは確かである。
ただ、何も証拠はない…。
二人の勝手な思い込みなのかもしれない。
ジンはそんな二人を不思議そうに眺めていたが、オーダーした酒と食事を腹の中に詰め込むのに今は全神経を集中させていた…。
3
「いやぁ〜 食った 食った! 久しぶりに腹いっぱいだぜよ。 なんせこの所、ロクにメシ食ってなかったんスよ。 SSS、今までのギャラ払ってくれないんだもん。 悪いね、アニキ、ご馳走さん♪」
ジンは自ら注文した山のような食事をきれいにたいらげた後、腹をさすって満足げにT−REXのタバコに手を伸ばし、火をつける。
「おい、ジン。 何で俺がお前の分まで払わなきゃならんのだ? 人のタバコまで勝手に吸いやがって」
T−REXは眼の前に広げられたカラッポの皿を見て、呆れ顔でジンに詰め寄る。
「え? なに? アニキ、おごってくれんじゃないの? アニキのおごりだって言うからアホみたいに注文したのに…」
「アホはオマエだ。 俺は一言もそんなこと言っとらんぞ。 寝ボケてんじゃねぇ!」
「そんなぁ〜。 いいじゃん。 稼いでるくせにぃ〜♪」
「知らん!!」
アキは困り果てているジンを見かねて、何とか話題を変えようとする。
「ね、ねえ、ジンさん。 フリーってことは今度はどの団体に行く予定なの?」
「へっ? ああ、別に決めてないッスよ。 でも今度は潰れる心配のないデカイ団体が良いなあ。 FISTも良いけど、アニキとは闘いたくないし。 俺もあそこへ行こうかなぁ…」
「あそこ?」
「JPWAッスよ」
「JPWA!? あんな大手がオマエみたいな大バカ野郎なんか相手にしてくれんのか?」
「いやね、SSSにいた時、JPWAのおっさんにスカウトされたんスよ。 まあ、そん時は断ったんスけどね」
「スカウトされた?」
「やっぱり一度はJPWAみたいなデッカイ所でやってみたいと思ったし、SSSのチャンピオンだった奴とも決着つけたいしね。 今は断る理由もないし、明日にでもJPWAの事務所に行ってみようと思ってんスよ」
ジンは腕組みをして答える。
そんなジンの言葉を聞いたT−REXが口を開く。
「よし、ジン。 今日の勘定は俺が持とう。 そのかわり、条件がある」
「なんスか?」
「絶対、JPWAに入れ。 入れなかったら今日の勘定、3倍にして請求するからな」
「へ? 入れも何も、最初から入るつもりなんスけど…」
「ああ。 それでいい。 がんばれよ」
T−REXは首をかしげて悩んでいるジンに声をかけ、立ち上がる。
「さて、もうこんな時間だ。 帰るぞ、ヒナ」
T−REXはぐっすり寝込んでしまったヒナを背負い、アキと共に席を立つ。
「じゃあな、ジン。 オマエ、まだ飲み足りないんだろ? 俺にツケといて良いからゆっくりしてけや」
「え? いいの? じゃあ遠慮なく! またね、アキちゃん♪」
二人はジンを残して『錦』を後にする。
「ねえ、どういうこと?」
さっきのジンに対する条件の意味がわからず、アキは尋ねる。
「ん? ジンがJPWAに入れば、何か情報が手に入るんじゃねえかと思ってな」
「…それって、JPWAの内情を探れって事? だったらきちんとジンさんに言っといた方が良いんじゃないの?」
「良いんだよ。 アイツはバカだからな。 スパイ気取りで情報収集なんかさせたらすぐにバレちまうだろうからな」
「じゃあどうやって情報を仕入れてこれるって言うの?」
「どうせ、JPWAの受付のネェちゃんでもナンパして、寝物語になんか面白い話でも仕入れてくるだろうさ」
「そう上手くいくかしら?」
「ま、気長に待つさぁ。 何にもなかったらそれはそれで良いし。 俺達はFISTで全力を尽くせば良いのさ」
「そう…ね」
アキはT−REXの背中で眠るヒナを見つめて笑みを浮かべる。
「そうだ…ユーリの事で何かわかったら教えてくれ。 …それと、入れ替え戦、勝てよ?」
「はい♪ また闘って下さいね。 今度はファースト・ステージで! では、おやすみなさい」
二人はお互いの帰路につく。
今の二人はファースト・ステージへの昇格を目指し、入れ替え戦を控えている立場なのだ。
余計な事を考えている暇はない。
そして、それぞれの思いを胸に秘め、入れ替え戦のゴングが鳴る…。
第9話 完
あとがき
新キャラ『ジン・クリタ』の登場と、プラレス団体の消滅。
やっとテーマが見えてきた(と自分で思ってる)『黒き帝王』。
今後どうなっていくのか、自分でも楽しみです。
次回からタイラント、小龍の入れ替え戦のお話になる予定。
果たして両者はファースト・ステージに昇格できるのか? そしてその対戦相手は?
次こそは勝てよ!タイラント!!