―第18話―「異様な大合唱」
1
「勝った・・・?」
ヴァルキリーは何も言ってくれない。
リング上で崩れ落ちたまま、ピクリとも動かない。
でも、レフェリーはあたしの勝ちって言った。
うそ?
あいつは?
クイーン・ローズはどうしたの?
ヒナはクイーン・ローズを探す。
・・・あ。
クイーン・ローズはリング中央で横たわっている。
ミカは?
ミカは・・・
ヒナの正面に位置するコックピットの前で放心状態。
ぶつぶつと何か呟いている。
「・・・うそよ・・うそ・・うそ・・・・私が負けるわけないじゃない・・・これは何かの間違いよ・・・」
ミカは現実を受け止められないでいる。
周りの声など耳に入っていない。
レフェリーは自分の声に気づかない二人の少女たちに向かって、裁定を繰り返す。
「ヤナギ選手? どうした? 君の勝ちだ。ヴァルキリーの勝ちだよ!」
「・・・勝ち? ホントにあたしの勝ち?」
「何度も言わせないで。 3ラウンド、2分36秒、KOでヴァルキリーの勝ちだ」
「!!!」
ここまで言われてヒナはやっと我に返った。
そうか! ローズは、クイーン・ローズは立てなかったんだ!!
あたしが勝ったんだ!
ヴァルキリーが勝ったんだ!!
「ぃやったぁ〜! 勝った〜!」
ヒナはやっと勝利を実感できた。
そして、ここでやっと自分に向けられる大ブーイングにも気がついた。
会場のほとんどはJPWAのファンで埋め尽くされている。
観客達はミカの鮮やかな勝利を見に来たのだ。
こんな無名の噛ませ犬に負ける姿を見に来たのではない。
怒りの矛先は負けたミカより、勝ったヒナに向けられた。
しかし、勝った嬉しさからか、ヒナの耳にはそのブーイングさえも心地よく響いた。
ミカは・・・
いまだ放心状態でコックピットに座り込んだまま・・・。
2
放心状態でいたのはミカだけではなかった。
ナカムラとT−REXの二人もTVモニターの前で固まっていた。
試合が決した瞬間、一番喜んだのはアキだった。
「きゃーっ!! 勝ったよ! ヒナちゃん、勝っちゃった!! ヤナギさん、ヒナちゃん勝ったよ〜!」
自分の事の様にはしゃぐアキの隣で、T−REXは無言でTVを見つめていた。
「(・・・勝ちやがった。 ウソだろ? こりゃ、驚いた。 あいつ、俺の知らないとこで練習でもしてたのか?)」
「ヤナギさん!どうしたの? 嬉しくないの? ヒナちゃん、勝ったんだよ?」
「・・・・・・・・・」
「ヤナギさん?」
「ふっふっふ・・・」
「???」
「あ〜はっはっはっはっは! ヒナの奴、勝ちやがった! おう、コラ! ナカムラさんよぉ? アンタの言ったJPWAの精鋭とやらの実力はこんなもんなのか? たいしたもんだなぁ!?」
T−REXはナカムラの頭をパチパチと叩きながら大声で笑い転げる。
ナカムラはここでやっと我に返り、先程までのふてぶてしい態度に戻る。
「・・・ヤナギさん、この一敗は確かに我が方にとっては痛い一敗です。 まったく予定外でしたからね。 しかし、忘れてやしませんか? あなた方は3連勝しなくては『あの女』の情報は手に入らないのですよ?」
「アホか! 俺達にとって一番心配だったのはこの初戦だよ。 ヒナが勝った以上、俺やアキが負けるわけないだろうが」
「ふふん。 何の根拠もないその自信だけは褒めてあげましょう。 さて、次はタカマツさん、貴女の番ですよ?」
「わかってるわよ! 私のことを気安く呼ばないで! さ、案内してよ!」
アキは心底、このナカムラという男が気に入らないようである。
普段の彼女はこんなに気性が激しくない。
おとなしいタイプの彼女が、ここまで声を張り上げるのは珍しいことであった。
黒服に案内され、試合会場へ向かおうと立ち上がるアキにT−REXは声をかける。
「アキ、負けんなよ!?」
その言葉に対し、無言でガッツポーズで答えるアキ。
アキをこの部屋に案内した黒服の男がドアを開け、アキを部屋の外へ誘うその時、今度はナカムラが声をかける。
「あぁ、タカマツさん。一言、言っておきますよ・・・」
「?」
「ご愁傷様」
「!」
その言葉に対し、無言で中指を突き立てるアキ。
砕け散れ!とばかりにドアを閉め、歩き出す。
「・・・ご愁傷様? どういう意味!? フザケタ事言ってんじゃないわよ! そのセリフ、そっくりあんたに返してやる!!」
3
選手控え室では、一人の男が大騒ぎをしていた。
「うぉおおお! ヒナピー、よくやった! ミカに勝っちまうとはたいしたもんだ! おいちゃんうれしいぜ!」
ジンである。
以前も紹介したが、所属団体を転々とする、フリーモデラーであるジンは、現在JPWAの所属なのだが、T−REXの義弟にあたる。
(つまりヒナの叔父さんにあたる。)
身内とはいえ、ここはJPWAの選手控え室。
JPWAの選手が何人かいる。
彼らからの冷たい視線を背中に感じるジン。
「(やべっ。 ちょいとはしゃぎすぎたか?)・・・あぁ〜あ。いやっ、おしかったなぁ〜。ミカちゃん、いや、おしかった!」
しらじらしく負けたミカを気遣うセリフを口にしてみたジンだったが、冷たい視線はますます背中に突き刺さる。
「いやぁ、次はがんばってもらわないとね!? 次は誰が出るのかなぁ〜?・・・」
次!?
そう言った自分のセリフが妙に気になった。
そうだよ!?
次は誰が出るんだ?
まさか、俺じゃねえよな?
俺だったらもうお呼びがかかる頃だ。
FIST側はアキちゃんの『小龍』のはずだ。
JPWAからは誰が出るんだ?
ジンは周りを見回した。
しかし、周りにいる数人のJPWAの選手達は皆、今日の出番を終えた奴らばかりだ。
後、誰が残っている?
ここにいない奴で、まだ今日の試合に出ていない奴っていったら誰が残っている・・・?
それも絶対に負けられねえ対抗戦・・・。
思い出せ。
・・・まず、まだチャンピオン、『ラ・ヴィアン・ローズ』が出ていない。
しかし、あいつはおそらく最後の切り札だ。
出るならメインだろう。
タイラントの相手のはずだ。
セミ・ファイナルの小龍の相手じゃあるまい。
となると・・・!?
ジンは眉間にしわを寄せ、控え室を飛び出し、試合会場へと走り出す。
「やべえ! アイツだ!! アイツしかいねえ!! なんてこったアキちゃん!」
4
試合会場。
ヒナは最前列に用意されていた座席に案内され、そこに座っていた。
ここは招待状と一緒にもらったチケットのナンバーと同じ場所。
隣の席はT−REXとアキの席なのであろう。
二つの席がまだ空席であった。
と、そこへ息を切らしながら座り込む男が一人。
ジンである。
「わっ! びっくりした。 あれ? ジンちゃん?」
「よぉ、ヒナピー。おめでとう。 いや、控え室で見てたんだけどさ、もっと近くで見たくなってね」
「ありがとう、ジンちゃん。 一人で心細かったんだよぉ。 ここに座ってから、周りの視線が怖くってさぁ〜」
「そか。 もう大丈夫だよ。 おいちゃんが来たからな。一緒にアキちゃんの応援をしよう!」
「うん!」
「あれ? ミカはどうした?」
「さっき、係のおじさんに連れて行かれたよ。 試合が終わっても全然動かなかったんだよ。それで・・・」
「そうか。よっぽどヒナピーに負けたのがショックだったんだなぁ〜。プライドが服着て歩いているような娘だからな」
「あっ。アキちゃんの入場だ」
先ほど、ヒナが入場してきた曲と同じテーマ曲でアキが入場してくるのが見えた。
リングアナウンサーが簡単にアキの経歴とプラレスラーと紹介し始める。
「さて、入場してきたのは FIST セカンド・ステージ代表『アキ・タカマツ』!! プラレスラーは『小龍』!! 小龍はFISTにおいて今、最も活きの良いプラレスラーと評判です! さぁその小龍がここJPWAのリングでどのような試合を見せてくれるのか、非常に楽しみです!!」
リングアナの紹介は観客達のブーイングによって、ほとんどが聞き取れなかった。
『敵』の紹介など、どうでもいいのだ。
ましてやミカが敗れたばかりである。
殺気立ってすらいる。
アキがコックピットに着くや否や、対戦相手のテーマ曲が流れ始める。
「このテーマ曲!? やっぱりアイツだ!!」
ジンは思わず立ち上がる。
それは観客達も同様であった。
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』
テーマ曲が流れただけなのに、まだ姿も見せていないのに、会場内は異様な雰囲気に包まれた。
そして巻き起こるコール。
『・・・マダ! ・・ッカマダ! ・オッカマダ! オッカマダ! オッカマダ!』
「オカマ だ?」
アキは割れんばかりの異様な大合唱に思わず耳をふさぐ。
そして入場ゲートが開き、『そいつ』が姿を現した。
完
あとがき
アキの対戦相手の入場で今回は終わります。
ジンとも何か因縁がありそうな『そいつ』
意味不明の『オカマダ』コールで現れる『そいつ』とは?
実際にプロレスを観戦しに行くと、こういう事は良くあります。
テーマ曲が流れただけで、その選手の名前を大合唱するのです。
その選手に人気や知名度がある場合は特に。 さて、次回はいよいよ対抗戦第2弾、開戦です。