―第27話―「そうじゃねぇだろ?」
1
ヤスダはC・モンスターの残骸を見つめつつ、作戦を練っていた。
FISTのタイラント・・・。
名前は知っていたが、実際に見るのは初めてだった。
ゴトウのC・モンスターを一撃で吹っ飛ばすとは・・・。
ああいうデカイ奴はスピードで撹乱するのが一番有効だろうな。
私の最も得意とするスタイルでいける相手だ。
確かに恐ろしいパワーの持ち主だが、そんな攻撃など当たらなければ怖くない。
見たところ、バーニアの類は装備されていない様だし、ウルフの動きについて来れるような俊敏さを持ち合わせているとも思えん。
怖いのはパワーだけだな。
組み合ったら勝ち目はないだろうが、間合いを取っての打撃で片付けられる相手だな。
ゴトウの敵討ちをする気などさらさら無いが、ここは一気に決めさせてもらおう。
『流狼拳』をブチかました後、『雷・撃』で決まりだな。
T−REX、出てきたばかりでスマンが、あんたの出番はここまでだ。
ラ・ヴィアン・ローズへの挑戦権になど興味は無いが、あんたに勝ってさっさとここ(JPWA)から出て行ってやる!
リング上に横たわっていたC・モンスターが撤去され、ヤスダの表情が変わる。
そして・・・
カー−−−−−−−ン!
大歓声の中、ゴングの澄み切った音色が場内に鳴り響く。
タイラントはゆっくりとリング中央に向かって歩き出す。
「このサンダー・ウルフを前にして、構えもせずに間合いを詰めるとは! 死ぬほど後悔しろ!!」
ウルフは自軍のコーナーに残像を残しつつ、一瞬でタイラントの背後に回りこみ、身をかがめ、攻撃態勢をとる。
「食らえ! 流狼拳!!」
一瞬、ウルフの姿を見失ったタイラントが振り向いた瞬間、炸裂するウルフ必殺の6連撃!
ガガガガガガ!!!!
右のボディブロー(左腹)
左のボディブロー(右腹)
右のフック(左顔面)
左のフック(右顔面)
右のアッパー(顎)
そして(一瞬の『溜め』からの)左の掌打(顔面)
時計の秒針がひとつ動く間に炸裂したウルフの『流狼拳』。
怒トウの6連撃を食らい、よろめくタイラント。
「倒れなかったのは褒めてやる! だが、これで終わりだ!!」
ヤスダが叫ぶと同時に、ウルフはロープの反動を利用し、加速。
そして、フィニッシュホールド、超高速飛びヒザ蹴り『雷・撃』がフルパワーで炸裂。
タイラントの胸板を直撃する!!
ガシャーン!!!
試合開始6秒、早くもタイラントはリング上に仰向けにダウン。
場内は大歓声に包まれる。
すかさずレフェリーが駆け寄り、ダウンカウントを取る。
1・2・3・・
ダウンカウントなど数えるだけ無駄というものだ。
立てるワケ無いじゃないか。
試合開始早々で悪いが、ウルフの必殺フルコースをブチかましたのだ。
勝った!
これで道産子プラレスを再建できる!
「なにっ!?」
勝利を確信したヤスダの表情が固まる。
「おっほ〜・・・ 今のは効いたなぁ〜。 あんた名前何てったっけ? いや〜こりゃ少しは楽しめそうだ♪」
T−REXの呑気な声がヤスダの耳に届くと同時に、ゆっくりと立ち上がるタイラント。
愕然とするヤスダ。
「バカな!?」
なぜだ?
なんで立ち上がれるのだ?
『流狼拳』も『雷・撃』も完全に『入った』ハズだ。
それなのに!?
なぜ何事も無かったかのように平気で起きて来るんだ?
「・・・バケモノめ〜!」
「ん? おいおい、俺はあんたの名前を聞いてるんだぜ? 聞こえなかったか?」
「うるさい!! 私の名前なんかどうでもいいだろう!?」
「ありゃ。 なんで怒るんだよ〜? 久々に手ごたえのある奴と手合わせが出来るんだ。
名前くらい聞いたっていいじゃねえか。 まさかあれで終わりってことはあるまい? さぁ、来いよ!」
一見、タイラントにはダメージは感じられない。
むしろ、『雷・撃』を放ったウルフの膝の方にダメージが残っている。
一瞬、驚愕の表情を浮かべたヤスダであったが、すぐに冷静さを取り戻す。
『流狼拳』と『雷・撃』をモロに食らって、平気なワケが無い。
そうか、試合開始早々にダウンしてカッコ悪いってんで、やせ我慢をしているってところか。
時間稼ぎにつまらない事を話し掛けやがって、何が名前だ!
私にはわかるぞ。
小細工などしおって、セコイ奴め!
そんな言葉に私が騙されるとでも思っているのか?
本当は立っているのもやっとなのだろう?
だが、容赦はせん!
我が『道産子プラレス』再興の為、全力で叩き潰してやる!
2
相変わらずファイティングポーズもとらずに棒立ち状態のタイラント。
「どうやら構える事すら出来ない程のダメージが残っているようだな! 往生際の悪い奴め!T−REX! 男なら引き際を見極めろ!」
ウルフはパンチ、エルボーのラッシュを見舞う。
棒立ちのタイラントは反撃のきっかけを与えられず、全ての攻撃を食らい続けている。
繰り出す攻撃は全て命中している。
しかしダウンを奪うことが出来ない。
ヤスダは次第に焦ってきた。
おかしい・・・。
なぜ奴は倒れない?
それよりも、なぜ攻撃を避けようとしないのだ?
ガードしようともしないではないか!?
普通ならもうとっくに勝負はついているぞ!?
ヤスダの表情が曇る。
同じく、T−REXの表情も変わってきた。
試合開始早々、タイラントをダウンさせるほどの相手だ。
久しぶりに『強敵に出会えた』という期待と興奮が徐々に冷めてきたからである。
何やってんだよ?
そうじゃねえだろ?
何を勘違いしてんだが知らねえが、さっきみたいな『ガツーン』と来る技はねえのかよ?
そんな攻撃なんか、一晩中重ねても無駄だぞ?
・・・まさかあれ以上の技は持っていないってんじゃないだろうな?
最初のあの技がフィニッシュホールドだったのか?
・・・どうやらそのようだな。
とりえは『スピード』のみ・・・か。
こっちはお前みたいなスピードファイターとなんか、飽きるほど闘ってきているんだ。
対応出来ないワケねえだろ?
なぁ、『十六夜』・・・。
確かにスピードだけなら、お前よりあるだろう。
だが、奴はそれだけだ。
悲しいな。 それじゃあタイラントには勝てねえよ。
なぁ、十六夜・・・。
・・・タイラントは反撃のきっかけを与えられなかったのではない。
あえてウルフの技を受けていたのだ。
初めて闘う相手の力量を測っていたのである。
絶対の打たれ強さを誇るタイラントならではの攻防。
タイラントは、打たれながらも攻めているのだ。
タイラントが攻めているのはウルフではない。
攻めているのはヤスダの方。
いくら攻撃を重ねても、どんな必殺技をブチ込んでも無駄だと気付いたとき、
自分の持っている全ての技が全く通用しないと気付いたとき、人はどういう心理状態に陥るだろう・・・。
これこそが、この異常なまでのタフさがタイラント最大の武器。
グワシャ!
二度目の『雷・撃』を狙って突っ込んできたウルフに、カウンターの逆水平を放つタイラント。
逆水平を食らった胸板を軸として、後方に一回転してうつ伏せにマットに叩きつけられるウルフ。
スピードを重視し、機体の重量を極限にまで抑えた軽量のウルフにとって、重量級であるタイラントの攻撃は重すぎた。
カウント8で、なんとか起き上がるウルフ。
ヤスダの表情は蒼白だ。
同時に鳴り響く第1ラウンド終了のゴング。
・・・第2ラウンドからは試合にならなかった。
先程も述べたが、速さのみを追求し、機体を軽量化したウルフの繰り出す攻撃は、タイラントにとって軽すぎるのだ。
ヤスダの表情は曇り、T−REXは徐々に不機嫌になっていく。
コイツもその他大勢、か。と。
・・・試合は先程の逆水平で既に決していた。
一見、終始、攻撃し続けているウルフが優勢に見えるだろう。
観客の大多数は、ウルフの圧倒的な優勢に歓声を送っている。
しかし、全く余裕の無いヤスダ。
幻滅の表情を浮かべるT−REX。
「ヤスダ、惨めだな・・・」
「そうね・・・」
T−REXと同じように暗い顔で呟くジンとアキ。
同じモデラーとして、ヤスダの気持ちがわかる二人。
特にタイラントと闘った事のあるアキには、ヤスダの焦りが手にとるようにわかる。
もう、どうしていいのかわからないんだろうな・・・。
「でもね、ヤスダは、サンダー・ウルフは決して弱くないよ」
「・・・でしょうね」
「まだ直接対決はしたことは無いけど、ヤスダやヨシザワだって、ゴトウのC・モンスター程度なら秒殺出来るはずだよ」
「そんなに?」
「悪いけど、アキちゃん、君はゴトウのC・モンスターを秒殺できる自信はある?」
「・・・無理。 だと思う」
「でももう負ける気はしないだろ?」
「そうね。 回転連舞がトラブル無く使えるようになったらだけどね」
「大丈夫! 君はあのハカマダに勝ったんだぜ! ヤスダやヨシザワだってハカマダには勝てなかったんだ」
「そうなの?」
「まぁ、反則勝ちは拾っているけどね」
「・・・ねえ、ジンさんはその二人に勝てるの?」
「ヤスダとヨシザワかい? へっへっへ♪ 俺があんな奴らに負けるわけねえじゃん」
「へえ〜」
「いや、ホント言うと、まだ闘った事ないんだけどね。 でも実際やっても負ける気はしないな。 俺は結構強いんだぜ?」
「・・・・・」
なんだ、この人は? 本当のところどうなんだろう?
強いのか弱いのか、イマイチはっきりしない。 ただのお調子者?
ジンに対してのアキの率直な印象である。
(余談だが、その後、二人は付き合うようになる)
3
「こらぁ〜! タイラント、なにやってんのよ〜!! もっとしっかりしろぉ〜!!!」
タイラントの劣勢に声を荒げるヒナ。
観客達と同様、彼女にはタイラントが手も足も出ないように映っているのだ。
(この辺がまだ経験不足であるヒナにはわからないのだ)
・・・そして。
「あっ!」
ヤスダの悲痛な叫びが響く。
何をしても倒れてくれないタイラントに焦ったヤスダ。
組み合う事を恐れて、打撃技を繰り出すウルフ。
どうしても攻撃は単調になりがちだ。
突っ込んでいったところをカウンターのパワースラムで切り返され、ウルフはそのまま3カウントを聞いた。
第2ラウンド、2分19秒、あっけなくサンダー・ウルフは敗れた。
ウルフの繰り出した攻撃。 パンチ・キックなど得意とする打撃技94発。
タイラントの繰り出した攻撃。 逆水平チョップ・パワースラムの2発。
ヤスダの『道産子プラレス』再興の夢は破れた。
T−REXは当然、ヤスダの事情など知らない。
たとえ知っていたとしても、そんな事情はT−REXにとってどうでもいいことだ。
敗れて、必要以上にうなだれているヤスダを不思議そうに見ていた。
「兄ちゃん、今のまんまじゃ勝てねえよ。 今日は相手が悪かったな。 ま、頑張れや」
「・・・・・・・」
うつむいたまま、呆然としているヤスダ。
T−REXはそんなヤスダに最後の一言。
「兄ちゃん、『蒼き疾風』って知ってるか? もっと外を見て勉強しな!」
完
あとがき
試合展開が決まらずに、時間が掛かってしまいました。
タイラントはなんであんなに頑丈なのか? とか、装甲材質は何? なんていう事は考えなくてよろしい。
そんなことは私も知りません。
お話の舞台は近未来なのです。
今では考えられないような材質が開発されるかもしれません。
だから私はあえてそういうことには触れません。
だってナンセンスだもん。
ある意味、ブルー君や伊助君とは対極にいる私。
次はヨシザワの『ペルフェクシオン』戦。
原作を読んだ人ならこの名前のネタ元がわかるはず。