〜蒼き疾風・第一部 前兆〜
第1話「十六夜」
1
ディスプレイに表示されている時計は、とうに午前1時を過ぎていた。
―――東京・多摩ニュータウン―――
ニュータウン通りに面した模型店「シマムラ・テクニカル・ファクトリー」2階の1室には、まだ明かりが灯っている。
その部屋の開け放たれた窓からは、夏と思えぬ心地よい風が吹き込んでくる。
部屋の中には、木製のパソコン・デスクに置かれたデスクトップパソコン、左隣にこれも木製の作業台が置かれていた。
作業台の上には、ケーブルを何本も繋がれた青い人形が立ち、デスクトップパソコンの前には、青い人形から送られてくる情報をモニターしている男がいる。
先日、東京ドームのリングに立っていたプラレスラー「十六夜」と、そのオーナー「島村マサキ」である。
破損した右足を修理したのであろう、作業台の隅に壊れたパーツが転がっていた。
「・・・これでよし・・・と。」
マサキはそう呟くと、十六夜に繋がれたホットプラグ・タイプのケーブルを外し、メンテナンス用プログラムを起動したまま、コントロール用プログラムを起動する。
画面に表示された「セットアップ」を選択すると、十六夜の両目・・・カメラ・アイに光彩が宿り、額のマークがすうっと浮かび上がった。
「十六夜、右足の調子はどうだ? 次の試合に備えて慣らしておこう。」
マサキは「掌打コンビネーション」をメニューから選択、瞬間でプログラムは十六夜に転送される。
これらのプログラムは市販されてもいるが、十六夜のモノはマサキ自身の手により独自に組み上げられたものだ。
この時代、プラレスラーの基本動作は内蔵された「AASC(アクション・オート・セレクト・サーキット)」と呼ばれる回路が自動で行ってくれるのだが、攻撃・防御等の特殊な動作は、操縦者が戦局に応じてプログラムを選択し、実行しなければならない。
ダダダダン・・・ドムッ
リズミカルな音とともに、サンドバッグを前にした十六夜が掌打を連続して放ち、最後に浴びせ蹴りを放つ。
サンドバッグに内蔵された圧力センサーからの情報が、メンテナンス用プログラムにフィードバックされ、十六夜のパワーを映し出す。
「ふむ。 まだ右大腿部シリンダーの動きがアンバランスだな・・・。」
マサキは各パーツの合いを確認・調整しながら、納得のいくまで慣らしを続けた。
模型メーカーのキット・プラレスラーであれば規格パーツを使用している為、これほど苦労はしないのであるが、十六夜はマサキの手で作り出された「ハンドメイド・プラレスラー」である為、慣らしが重要なのである。
2
トントン
扉をノックする音とともに、夜明けを迎え薄青く染まった部屋のドアがそっと開く・・・。
「父さん? 入るよ。」
開いたドアから顔を出したのは、マサキの息子のコウであった。
コウはまだ10歳の小学生である。
「十六夜、直ったの?」
十六夜を遊び相手に育ったコウは、作業台の上に十六夜を見つけると、ほっとした表情を見せた。
「ああ、今はまだリハビリ中ってところかな。」
「スパーリング・・・できる?」
「もちろん!」
コウの言葉に、マサキは穏やかな笑みを浮かべて肯き、2人は階下の店内に移動する。
マサキが壁際のスイッチを入れると、スポットライトに照らし出されたメカ・リングが姿を現した。
メカ・リングを挟むように設けられたコックピットのテーブルにパソコンをセットし、コントロール・プログラムを起動する。
「セット・アーップ!」
最初にセット・アップしたのはコウだ。
10歳とは思えぬオペレーションによって、鮮やかな赤を基調としたボディーと、要所を覆う様に取り付けられたシルバーのプロテクターを身に纏った雷牙が跳躍し、リング上に降り立つ。
雷牙は十六夜と同じく、ハンドメイド・プラレスラーである。
そのフレーム、一次装甲といったパーツ類のほとんどは、父・マサキの十六夜のパーツで構成されている。
その中に、コウ独自のテイストを盛り込んで作り上げられたのが、雷牙であった。
対して、反対側のコーナーでは、十六夜が大きく沈み込むように屈伸した後、バネを解き放ったかのように跳躍する。
コーナーポスト上に立った十六夜は、そのままの体勢で天を指差す。
何と言うバランス感覚であろう。
このバランス感覚こそ、十六夜の特化された能力の一部であった。
十六夜は危なげなく、コーナーポストからリングへと降り立ち、リング中央へと歩み寄る。
十六夜と雷牙がリング中央で対峙すると、機能をレフェリングのみに特化した「AASC」を搭載しているレフェリー・ロボの「ジョー・タイプ」が両者に近づき、機体の簡単なチェックを行う。
両者に反則となる異常が無いことを確認した「ジョー・タイプ」が静かに下がった。
カンッ!
静かな店内にゴングが鳴る。
「さあ始めようか、遠慮はいらないよ。」
「行くよ、十六夜! 父さん!」
両者とも軽快なリズムを刻みながら、時計まわりにリング上に円を描いていく・・・。
瞬間、雷牙の隙を突いて、十六夜がローリング・ソバットを放つ!・・・が空を切る。
「ほほう♪」
的確さでは定評のある十六夜のローリング・ソバットをかわした雷牙を見て、マサキの頬がゆるむ。
コウの雷牙は、FISTのサード・ステージに所属している。
数多のプラレスラーが名を連ねるサード・ステージにおいて、雷牙の注目度は低くない。
それは、ファースト・ステージに所属するマサキの十六夜と同型であると言う事実が、期待を抱かせるのだ。
マサキにしてみれば、それがコウのプレッシャーになりはしないかと心配なのであるが、当の本人はいたってマイ・ペースで、着実にランク・アップを果たしていた。
時折、こうしてスパーリングをしてみると、コウが確実に強くなってきている事が、マサキにはよく判る。
それが、マサキには嬉しかった。
動きの止まった両者は、しばらく相手の出方をうかがいながら接近し、リング中央でガッチリと両手を組む・・・力比べである。
最初は雷牙が押していたものの、これを十六夜が押し返すと、ふいに雷牙が右手を切って、十六夜の右手首を両手で極め、そのまま右腕をねじりあげ手の甲に頭突きを浴びる。
しかし、十六夜は極められた腕を軸に前宙を決め、続けて頭を軸に前転すると、雷牙の左手の甲に両手親指を当てて手首を極め、そのまま左腕をねじりあげる。
「く!・・・しまった。」
コウのパソコンのモニターが、新たなダメージ表示を映し出しては書き換えられいく。
雷牙は、先ほど十六夜がしたのと同じ動作でこれを切り返すと、十六夜の頭を抱えて締め上げる・・・ヘッド・ロックである。
メキ・・・。
「ぬ、やるな。 よおし、これでどうだ。」
マサキのオペレーションで、十六夜は左足を軸にスピンしながらヘッド・ロックを振りほどく。
そして、そのまま自ら倒れ込みながら、雷牙の両足をカニ挟みの要領で挟み、雷牙を前に倒した。
「うあ。 外された〜。」
「油断するなよ、コウ。」
マサキの言葉通り、油断は禁物であった。
倒れた雷牙の左足に、十六夜が自分の左足をからめて、自ら後方へと倒れ込む。
2度、3度とダメージを与えると雷牙を引き起こすと、ダメージが残り足元のおぼつかない雷牙の左腕を掴み、ロープへと飛ばす。
「まずい! ロープに掴まれ、雷牙!」
コウは必死に操作する。
しかし、雷牙はロープに掴まることができなかった。
待ち構えた十六夜が、戻ってきた雷牙の顎にローリング・ソバットを叩き込む。
「ガハッ!」
雷牙は、激しい衝撃に吹き飛ばされて、倒れそうになりながらもロープにもたれて頭を振り、今度は自らロープへと飛ぶ。
「アレか!」
察した十六夜も、雷牙と反対のロープへ飛ぶ。
そして・・・。
ガキッ!
空中で、激しくぶつかり合った十六夜と雷牙は、共にリング上に腹ばいの姿勢になる。
両者が互いに放った、フライング・クロス・チョップは相打ちであった。
十六夜と雷牙は、同時に起き上がると、またも互いにドロップ・キックを放つ。
が、しかしこれも相打ちとなる。
「やるようになった!!」
マサキは嬉しそうに、コウに話し掛ける。
「父さんとは、何度も練習しているからね。 それに今日は十六夜、直ったばかりだったから。」
笑いながらコウが答える。
「!! こいつめー、手加減したって? 言うようになったなぁ、おい。 それにしても・・・大したものさ。 ほら!」
マサキが指し示した十六夜の胸の上には、雷牙による擦過傷痕がくっきりと残っていた。
「さてと、もう一勝負するか。」
「うん。」
2人を包み込む夜明けの蒼い光。
この後、続々と現れる強大な敵との闘いに、否応無く巻き込まれる事になろうとは、今の2人には知る由も無かった。
つづく。
〜あとがき〜
初稿の掲載から、もう2年も経つと言う事で大幅に見直して、加筆・修正を加えました。