第2話「鬼蜘蛛〜Act1」
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”すべてはここから・・・柔王丸タイプ・スタンダードモデル、ザ・魔人タイプ・スタンダードモデル、仲間堂プラモより新しくなって新発売!”
2体のプラレスラーをバックに、そう書かれたポスターの貼られたガラス張りのドアが開かれると、空調がほどよく効いた店内に夏の午後のうだるような暑さが流れ込んでくる。
「ただいま〜!」
東京・多摩ニュータウン通りにある模型店「STF(シマムラ・テクニカル・ファクトリー)」。
元気よくドアから入ってきたのは、島村コウとその妹、ユウである。
明日から夏休みの2人は、両手に下げた紙袋に教材を無理矢理詰め込んでの帰宅であった。
「おかえりなさい」
店内正面には、プラレスラーやパソコンに使用する基板や、細かなパーツの類が整然と並べられたガラス・ケースと、それに続くレジ・カウンターがある。
そのカウンターの中から、2人の母・アスミが笑顔で兄妹の帰宅を出迎える。
店内左側に目を移すと、手前に様々なボックス・アートに彩られたプラレスラー・キット、続いてプラレスラー用ソフトが所狭しと並べられた棚がある。
更にその奥、観葉植物のプランターで仕切られた場所は、パソコンのハードウェア・コーナーとなっており、壁際のテーブルの上に飾られた各社のパソコンは、モニターにデモ画面を映し出している。
店内右側には、コウが父・マサキとスパーリングを行ったメカ・リングが置かれ、メンテナンス用の長テーブルと、バッテリー充電用のコンセントが、最大10人分設置されていた。
「今日はヒナちゃんが遊びにくるの。 リング使ってもいい?」
カウンター奥の扉から、コウに続いて家の中に入りかけたユウがアスミに問う。
「いいわよ。 お母さんはちょっとそこまで買い物に行ってくるから、お兄ちゃんとお店番をお願いね。」
「は〜い!」
ユウはそう答えると自室に戻り、すぐに店内に駆け戻ると、メカ・リングに向かう。
ユウが店内にいることを見届けると、アスミはお財布を手に、今しがたコウとユウが入ってきたばかりのドアを開けて、買い物に出かけていった。
「さてと、少しウォーミングアップしとこっと。」
パソコンをリングに設けられたコックピットにセットし起動、コントロール・プログラム・メニューのセットアップを選択する。
すると、パソコン脇に立っていた長くつややかな黒髪を持つ「ドール」と呼んでも過言ではない、真紅の人形がリングに躍り出る。
「ワルキューレ。 今日こそヒナちゃんのヴァルキリーに勝とうねっ。」
ワルキューレは軽く肯くと、ロープに身を預け、反動を利用して反対側へ走り始める。
反対側のロープでも、同じように反動を付けると、床運動のように側転からバック転を繰り返し、最後はバック宙しながら身をひねり着地、やや遅れるように黒髪が肩口に舞い下りた。
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「ほう。 お嬢ちゃんが動かしていたのかい?」
柔和な笑みを浮かべながら、アスミと入れ替るように店に入ってきた黒づくめの男が、リング上のワルキューレを品定めするかのように、眺めながら話しかけてきた。
「えと、あのぉ・・・。」
「お父さんは・・・留守か。 仕方無い、お嬢ちゃん。 おぢさんと一試合してもらえるかい?」
「・・・。」
「じゃあ、いくよお? 鬼蜘蛛、セットアーップ!」
突然見ず知らずの男に話しかけられ、戸惑うユウに選択の余地を与えず、男の背中から黒い影が飛び出し、リング上のワルキューレめがけて急降下する。
「!!」
とっさにユウはワルキューレにバック転をさせる。
トッ・・・。
ワルキューレにかわされ、その勢いから激しくリングに叩き付けられるはずだった鬼蜘蛛が、その重量を感じさせない身軽さでリングに降り立つ。
改めて対峙するワルキューレと鬼蜘蛛。
「ちょっ・・・おじさん! 待って下さい! 一体何なんですか?」
ユウの問いには答えず、男は悠然と内ポケットからハンドヘルドPCを取り出す。
「!!」
ユウの困惑をよそに、男は鬼蜘蛛の両腕に備えられているクローで、再三ワルキューレに攻撃を加える。
かろうじて攻撃をかわしながら、強引なこの男にユウは怒りを覚えていた。
(なんなんだろう・・・強引過ぎるよ! もう!!)
何度となく繰り出されるクローを避けているうちに、ユウは奇妙な事に気づいた。
あれほどの身軽さ、これほどの攻撃を繰り出している鬼蜘蛛なのに、ワルキューレにクリーン・ヒットを与えていないのだ。
そう考えていたとき異変が起きた・・・ワルキューレが動かないのだ!
ギシ・・・。
「そんなぁ・・・ワルキューレ! どうしたの!?」
必死に手元のパソコンで、異常を確認しようとするが、機体自体に異常が見当たらない。
ワルキューレは何かから逃れようとするかの様にもがく・・・。
「ふふふ・・・動けんだろう。」
それまで無言でハンドヘルドPCを操作していた男が、ユウに話し掛ける。
「よく、目を凝らして見るがいい。」
言われるままにユウが目を凝らすと、リングに無数の糸が張り巡らされていた。
それはまるで、蜘蛛の巣のように。
「蜘蛛の巣!?」
「高張力アラミド繊維・・・簡単に言えば、ナイロンの一種だよ。 お嬢ちゃんに恨みは無いが・・・運が悪かったようだね。」
「!?」
ユウには理解できなかった。
とにかく今は、ワルキューレを助け出すことに集中しなくては。
「お願いワルキューレ! 逃げて。」
必死にパソコンを操作するのだが、もがけばもがくほど糸はワルキューレに絡みつく。
「さあ・・・そろそろトドメだ・・・」
男の言葉に連動するかのように、鬼蜘蛛のクローがワルキューレの心臓に狙いを定めたまま上昇していく。
ワルキューレはそれでもあきらめずに身をよじりながら、鬼蜘蛛をキッと見据えていた。
つづく
〜あとがき〜
第2話も加筆・修正(^_^;)
これが、前兆となって話は展開していきます。