オリジナル・ストーリー「蒼き疾風」

 

 

第3話「鬼蜘蛛〜Act2」

 ワルキューレの心臓に狙いを定め、ゆっくりと振り上げられた鬼蜘蛛のクローが真上で止まり、先端がゆっくりと赤くなっていく。

 金属製のクロー内部に仕込まれた熱線が、クロー自体を熱して赤くなっているのだ。

 「そんな・・・。」

 ユウは、ワルキューレの胸に突き立てられたクローを想像して青ざめた。

 それは、易々とワルキューレのボディーを貫き通して、内部の回路をも溶かしてしまうに違いない。

 「・・・お別れは、済んだかい?」

 男の言葉とともに、鬼蜘蛛の赤熱化したクローがワルキューレめがけて振り下ろされる。

 「ワルキューレ!!」

 ギュッと目を閉じたユウの悲痛な叫び声が響く。

 ガシャーン!

 「なにぃっ!!」

 「???」

 何かがぶつかり合う音に、ユウは目を開けてワルキューレを見る。

 ユウの目に映ったワルキューレは、糸に絡めとられたままだが、その身体は無傷であった。

 「ワルキューレ・・・。」

 ほっと胸をなで下ろしながら、思い直してリング上を見ると、鬼蜘蛛がワルキューレの足元にうつ伏せに転がり、鬼蜘蛛のいた場所には、見覚えのある、美しく白い影が凛々しく立っていた。

 「ヴァルキリー!! ヒナちゃん!」

 「ユウちゃん、おっ待たせー!」

 店の戸口に片膝を立ててパソコンを操るのは、ユウの同級生にしてT−REXの愛娘のヒナであった。

 「ごめんねぇ〜遅くなっちゃって。 あんのバカ親父が、あたしのシュークリーム全部食べちゃって・・・」

 握りコブシを震わせて、そう言いながらヒナはヴァルキリーをコーナーポストに上らせる。

 「こんの〜! ユウとワルキューレに何する気だったのよ! 答えによっちゃあ・・・いや!答えなんか聞かなくても、あたしが許さないんだから!」

 「くっ・・・この、小娘があ!」

 先ほどまでの冷静さを失った男が、叫びながらハンドヘルドPCを操り、鬼蜘蛛を立ちあがらせる。

 「今だヴァルキリー!! ダイビング・ピーチ・ボンバー禁じ手バージョンっ!!」

 ヒナのオペレーションで、ヴァルキリーは180度向きを変えてリングの外を向くと、後方高く跳躍しながら膝を抱える。

 「?」

 男はヒナのいう言葉の意味がわからず、それでもハンドヘルドPCで回避行動をとらせようとキーボードに指を走らせるのだが・・・。

 どうやら鬼蜘蛛は頭部回路にダメージを負ったらしく、まだフラフラとしていた。

 脚部と背中のブースターのフル噴射で、膝を抱えたヴァルキリーは、その回転速度を増して鬼蜘蛛に迫る。

 ギュルルルルルルルルッ!・・・グワキーン!

 「なっ・・・。」

 激しくリングに叩き付けられる鬼蜘蛛。

 男はあわててダメージをチェックすると、驚愕の表情を浮かべる。

 先に受けたダメージ以上の衝撃だったのである。

 「お、おのれ!」

 「へっへーん! さっきのはダイビング・ピーチ・ボンバー、うら若き乙女のオシリよん。 今度のは膝! 痛いわよ〜?」

 どうやら後頭部の回路を切断されたらしく、倒れた鬼蜘蛛は後頭部がスパークし、青白い火花を散らしている。

 「く・・・戻れ鬼蜘蛛!」

 男がハンドヘルドPCを操作すると、鬼蜘蛛は倒れたまま手足を伸ばし、さらに背面に折りたたまれていた隠し腕、いや隠し脚を伸ばして、名前の表す通り「蜘蛛」となって、男の肩に飛び乗る。

 「覚えておけ小娘ども。 お前らの父親に伝えろ! 俺は名は土鬼。 借りを返しに来たとなぁ!!」

 常套句を口にして、土鬼と名乗る男は戸口のヒナにいまいましげな視線を投げつけながら、荒々しく店を飛び出して行った。

 「何言ってんのよー! 変態おやぢのくせにーっ!!」

 男の後を追いかけようと飛び出したヒナが叫ぶが、そこに土鬼の姿はすでに無かった。

 「まあ、逃げ足の早いこと・・・。」

 ヒナが半ばあきれながら、パソコンを手にユウの元へ向かう。

 「ありがとうヒナちゃん! ヒナちゃんが来てくれなかったら・・・」

 「いいってこと! それより大丈夫? 顔色、青いよ?」

 「うん。 もう大丈夫!」

 そう言いながら、ワルキューレにからみついた糸を外そうとするユウ。

 「痛・・・。」

 ユウが慌てて指を引っ込めるが、鬼蜘蛛の糸で少し切ってしまったようだ。

 「だいじょうぶ〜?」

 「うん。 でも、どうしよう。 これじゃワルキューレが・・・。」

 「ユウの兄貴は?」

 「あ、そうか! おにーちゃーん?」

 ユウは、棚からバンソウコウを取り出し、指に巻きながらコウを呼ぶ。

 「なんだよ? ユウ・・・。」

 半分寝たような顔でコウがやってくる。

 「もう! 肝心なときに・・・役立たず!」

 「そうよ! ユウ、大変だったんだから!」

 「わぁ! なんだなんだ!」

 2人に言われ、何がなんだかわからないコウ。

 「とにかく、ワルキューレをなんとかして!」

 ユウに言われるまま、コウがワルキューレに絡みついた糸を切断しようと試みるが、何で出来ているのかニッパーでは歯が立たない。

 「これは・・・ニッパーなんかじゃ駄目みたいだな・・・そうだ、あれでやってみよう!」

 なにかを思い出したように、自室からパソコンと雷牙を持ってくるコウ。

 「2人とも少し下がって。 ヴァルキリーもだ。」

 コウは雷牙をセットアップしながら、2人に注意を促す。

 「このプログラム、あんまり使いたくないけど緊急事態だから・・・でも、効くかな。」

 そう言うと、コウはMOを取り出してパソコンにセットする。

 「雷牙・・・プロト・オーラ・プログラム発動。」

 瞬間、雷牙の身体からこれまでとは別の波動が湧き上がる。

 雷牙が水平に構えた右手を頭の右に、左手を前に突き出す。

 そして、右足先を軸に右足踵を外側にひねると、そこに生じた螺旋の動きが膝、腰、肩、肘の順に伝えられ、凝縮された螺旋のエネルギーが右手刀へと収束する。

 やがて、はじかれたように雷牙の右手刀が振り下ろされた。

 シュオオオ・・・シュパッ!

 雷牙の右手刀が空気を裂いて、ワルキューレに絡みつく高張力アラミド繊維の糸を切断した。

 引っ張り強度が鉄の5〜7倍と言われる、この繊維をも切断してのけるプロト・オーラ・プログラム。

 恐るべきプログラムであった。

 とっさにユウは片手を伸ばして、文字通り「糸の切れた人形」となってリングに倒れこむワルキューレを受け止め、抱きしめる。  

 一見すると無傷の様に見えたワルキューレであったが、さすがに高張力アラミド繊維の糸に抗った為か、全身に無数の切断面が見られる。

 場所によっては内部フレームのおかげで、かろうじて繋がってる部位も見受けられた。

 「ごめんねワルキューレ・・・。 お兄ちゃん、ありがとう。」

 「へー! すごいなぁ。 どうやったの?」

 ユウとヒナは興味深々である。 

 「えーとね。 父さんの昔の友達、外国の人らしいんだ。 その人が研究用に、P・A・Pっていうこのプログラムをくれたんだって。 それを父さんからもらったんだ。 他の人の組んだプログラムを見ることも大切だよって。」

 「ふーん・・・。 難しくてよくわかんないけど、今みたいなのを上手く使えばセカンド・・・ううん、ファースト・ステージも夢じゃないかもよ?」

 「うん。 たしかに上手く使えばファースト・ステージには上がれるだろうね。 でも、あんまり他の人のプログラムだけでファースト・ステージに上がっても嬉しくないよ。 僕は出来るだけ自分で組んだプログラムを使って、雷牙とファースト・チャンプになりたいんだ。」

 そう言いながら、雷牙のチェックを終えて、ワルキューレのチェックを始めるコウ。

 大したお兄ちゃん振りである。

 「これは・・・。 大分やられたな、ユウ。」

 「そんなにひどいの?」

 「・・・なるほど。 内部は、モーターがちょっと焼け気味だけど、これは交換すれば問題ないだろう。 外部のパーツは新規に起こさないとな。 ユウ、ワルキューレの修理、相当大掛かりなものになるぞ。」

 「ん・・・そっか。 サマー・カップ、間に合うかな。」

 コウの言葉に、顔を曇らせるユウ。

 「手伝ってやるよ。 大丈夫、間に合うさ。」

 「あたしも手伝ってあげる。 ヴァルのスペアでよければ、使えるモノあげるよ。」

 「・・・くすん。 ありがとう〜。」

 「あ、そういえばヒナちゃん。 ユウを助けてくれてありがとう!」

 ヒナに向き直り、礼を言うコウ。

 「どういたしましてっ! お礼はタカラブネのシュークリームでよくってよ? お兄さまっ!」

 「は・・・はは。」

 たじたじのコウに笑うユウとヒナ。

 だが、脳裏に蘇る土鬼の言葉に、ユウは胸騒ぎを覚えるのであった。

 

 つづく

 

〜あとがき〜

 第3話も加筆・修正。

 雷牙のタイプ・チェンジ・プログラムはボツにして、プロト・オーラ・プログラムの能力の一端を重視してあります。

 

 

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