オリジナル・ストーリー「蒼き疾風」

 

 

第4話「過去〜Act1」

 「ぐ・・・かはっ。」

 照明で、白く照り返す床の上に、鮮血が染みを作る・・・。

 すべてが凍りついたように止まっている中で、それは規則正しい「しずく」となって染みの輪を広げていく。

 轟!

 永遠に続くかと思われた静けさが、悲鳴と怒号によって打ち破られ、アスミは現実に引き戻される。

 「つ・・・」

 それ以上は・・・言葉にならなかった。

 その瞳は、ただ目の前の無残な光景を映し出すだけであった。

 「夢・・・。 また、あの時の夢を見るなんて・・・。」

 時計に目をやると、午前3時を少し回ったところであった。

 2つ並んで敷かれた布団の右側では、夫のマサキが眠っている。

 こんな夢を見たのも、昼間の出来事を子供達から聞かされたからだろう。

 「ユウを助けてくれたヒナちゃんにお礼をしないと。 それにしても・・・。」

 アスミには、あの男「土鬼」が再び現れた事が気になった。

 そう、あれはもう10年も前のことだ。

 

――10年前・夏―――

 東京ドームで開催された全日本プラレス選手権関東地区大会。

 「月読、行きましょう。」

 「せんせー!がんばれー!!」

 東京・調布にある「たまひよ幼稚園・ちゅーりっぷ組」の先生であるアスミは、夏休みを利用して応援に来た園児達の声援に手を振って答えると、メンテナンス・テーブルから離れリングに向かった。 

 リングサイドに設置されたコックピットに、パソコンをセットして、コントロール・プログラムを起動する。

 「ん?・・・」

 リングを挟んだ反対側から放たれる、殺気のようなものを感じて顔をあげるが、反対側のコックピットにいる対戦相手は、じっとしたまま動かない。

 奇妙な男であった。

 身長は低いが体全体は樽のようにドッシリとし、首が異様に太い。

 対戦表には「土鬼」としか書かれておらず、それが本名なのかどうかもわからなかった。

 「準備はいいですか?」

 レフェリーが尋ねる。

 「はい。」

 そう答えるアスミと対照的に、男は無言でかすかに頷く。

 「月読、セットアーップ!」

 トップロープを両手でつかむや、両足をスイングさせて飛び越え、流れるような髪をなびかせてリングに降り立つ紫のプラレスラー。

 アスミの「月読」である。

 アスミと月読の出会いは、アスミが小学生の頃にまで遡る。

 テイオウ・グループの自社新製品開発研究所に勤める父・タカユキと母・ミツコの間に生まれたアスミは、未熟児で生まれたせいか、小学生になっても身体が小さかった。

 そんなアスミを心配した両親は、近所にあった講道館の道場に、柔道を習いに行かせたのだが、そんな両親の心配をよそに同学年の男の子さえ投げ飛ばす程、アスミは強くなっていったのである。

 ちょうどその頃、世は第一次プラレス・ブームを迎え、アスミは華麗に闘う一体のプラレスラーに興味を覚えた。

 そのプラレスラーの名は『桜姫』と言った。

 同じ様に柔道(柔術)の技を使って、倍もある巨大なプラレスラーに敢然と立ち向かう姿に自分を重ね合わせたのだろう。

 そんなアスミの姿を見た父は、自ら研究・開発を行っていた試作プラレスラーのうちの一体をモニターとしてアスミに与える。

 それが、月読であった。

 「・・・鬼蜘蛛、セットアップ。」

 月読とは対象的に、トップロープをくぐってリング内に入り込む、異形のプラレスラー。

 土鬼の「鬼蜘蛛」であった。

 両者にレフェリー・ロボ「ジョー・タイプ」が近づき、機体の簡単なチェックを行う。

 判別できる範囲で、違反となる異常がないことを確認すると「ジョー・タイプ」が静かに下がり、両腕をクロスさせた。

 カンッ!

 乾いたゴングの音が響く。

 試合開始と同時に、月読は鬼蜘蛛の間合いを外しながら様子を伺うが、鬼蜘蛛は仕掛けてこないどころか棒立ちのままだ。

 「来ないなら、こっちから仕掛けるしかないわね。」

 言うより早く、月読が鬼蜘蛛の顔面に目打ちを行い、その隙に左手で手首をつかみ右手で上腕を担ぐように潜り込んでいく。

 ダダーン!

 一本背負い・・・鬼蜘蛛は何もせずにマットに倒された。

 「・・・。」

 土鬼はただ黙ったまま、キーボードを操作して鬼蜘蛛を立ち上がらせる。

 ファイティング・ポーズをとる月読、しかしアスミは戸惑っていた。

 「これが柔道ならば、”指導”もいいとこだわ。 やる気ないのかしら」

 何も仕掛けてこない・・・。

 こんな奇妙な相手は初めてだ、そんなことを考えながら次の攻撃を仕掛ける。

 パパン・・・。

 続けざまに挑発のつもりで繰り出すスラッピングが、鬼蜘蛛の顔面にヒットする。

 顔だけを真横に向けたままの鬼蜘蛛が、ゆっくりと前を向くと、うざったそうに軽く頭を振る。

 バキッ!

 「!?」

 その瞬間、アスミには何が起きたのかわからなかった。

 鬼蜘蛛が無造作に右腕を横に払うと、月読は視界から消えてリングの端まで飛ばされていた。

 「何てパワーなの・・・たった一撃なのに。」

 あわててモニターに映し出される損傷をチェックすると、脇腹に手ひどいダメージを受けていた。

 AASCが損傷部位をかばうように作動すると、ちょうど脇腹を押さえるようにして月読が立ち上がろうとする。

 シュシュシュシュ・・・カシン・・・ヒュン!!

 文字通り「蜘蛛」となり、驚異的なスピードで迫る鬼蜘蛛。

 ようやく立ち上がった月読に接近すると、再び人型へと変形しつつ右腕を突き出す。

 「避けて!! 月読。」

 果たして間に合うのだろうか・・・月読に向かって空気を裂きながら突き出される右手は、確実に月読を捕らえようとしていた。

 

 つづく

 

〜あとがき〜

 第4話も加筆・修正。

 細かい変更は順次行っていきますが、大筋では変更ありません。

 

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