第5話「過去〜Act2」
1
月読に向かって突き出された、鬼蜘蛛のクローが目前に迫る。
ヒュ・・・。
「!?」
今まで無表情だった土鬼の表情が変わった。
いつものストリート・ファイトならば、大抵の相手はこれでクラッシュしている。
今回もこれで終わりのはずだったのだが、月読は突き出されたクローに対して逆らわずに呼吸を合わせ、左腕で流れるように回転しつつ払いながら、左前に前進してかわしたのだ。
空を切って肘が伸び切った鬼蜘蛛の右腕。
そのクローを左手で掴むと、手首を極めて肩口に押し付け、突き上げる形になった鬼蜘蛛の肘を、体を入れ替えながら、鬼蜘蛛の右脇下から背後に伸ばした右手で掴む。
「今よ!」
手首を極めた左手を軸に、右手で掴んだ肘を鬼蜘蛛の背の方向へ持っていく。
同時に右足刀で、鬼蜘蛛の右ふくらはぎを蹴り上げる。
ズッダァン!
リングを震わせて、うつぶせに倒れる鬼蜘蛛。
諸説入り乱れる幻の技「ヤマアラシ」の一つ、この方式であれば女性にも大の男を投げ飛ばせると言う。
何の受け身も取れずに、前面からまともに叩き付けられた鬼蜘蛛は、倒れたまま微動だにしない。
「1・2・3・・・。」
すかさず「ジョー・タイプ」が近づきカウントを始めた。
投げた月読も、損傷部位が悪化したのか、脇腹を押さえてうずくまる。
「4・5・6・・・。」
カウントが進み、ほっとするアスミ。
「今のうちに月読のチェックを・・・。」
瞬間、視線をモニターに集中する・・・その時・・・。
「せんせー! あぶなあいっ!」
半ば悲鳴にも似た園児の声に、ハッとしてリングを見る。
シュン、シュンシュンシュンシュン・・・。
「いつの間に!」
またしても蜘蛛となって、鬼蜘蛛が月読に迫る。
「いけない!!」
とっさに回避行動をとらせるが、恐るべき速さで迫る鬼蜘蛛を回避することは、今の月読には無理であった。
ガシィッ!!
鬼蜘蛛は、月読の手前で人型に姿を変えると、うずくまる月読の頭部を後ろから左手で鷲掴み、そのまま持ち上げる。
ギシ・・・。
思わぬ後ろからのアイアン・クロー。
モニターには、頭部のダメージ警告が点滅を繰り返す。
月読は激痛に身をよじり、必死に逃れようとカンガルー・キックを試みるが外れない。
「もうだめ・・・このままじゃ月読は・・・。」
悔しかった。
しかしアスミは震える手でコックピットの「ギブ・アップ」ボタンを押した・・・。
2
― GIVE UP ―
会場内にある、リングごとの試合を映し出す大型モニターの一つに「ギブ・アップ」の文字が表示され、レフェリーロボの「ジョータイプ」が腕を何度も激しくクロスさせる。
試合終了を告げるゴングが、何度も響き渡る・・・。
アスミは、あの場面で視線を外した己のミスを悔やんで、うつむいた。
バキッ!
「!?」
何かが壊れる音に顔をあげると、月読を開放するように再三警告していた「ジョータイプ」が、マットに部品を撒き散らして倒れていた。
どよめく場内。
「停止命令が効かない!!」
慌てるレフェリー。
本来、プラレスラーにはレフェリー・ロボから発せられる命令により、作動を停止させる「ストッピング・サーキット」が組み込まれているのだ。
命令に従わないプラレスラーによって、レフェリー・ロボが破壊されたのは、過去にわずか一例だけが記録されているに過ぎない。
「一体なにを・・・。」
訳がわからなかった、もう試合は終わったのだ。
「・・・くくく。」
「何がおかしいの? 早く月読を開放して!」
だが、土鬼の瞳は異常な色を浮かべ、叫ぶアスミの声に耳を貸そうとしないばかりか、しきりにハンドヘルドPCを操作している。
「・・・まだ終わりじゃねえ・・・。」
「え?」
「ギブ・アップじゃだめなんだよ・・・終わらないんだ。」
アスミには聞こえないほど小さな声で、ぼそぼそと独り言を繰り返す。
「こうするまではなあ!!」
土鬼が叫びながらキーボードを叩くと、プログラムを受け取った鬼蜘蛛が、右腕で月読を掴んだまま、左腕のクローを赤熱させて月読めがけて突き出す。
ド・・・ス・・・。
それは・・・いともたやすく月読の背を貫き、胸まで貫通したのだった・・・。
つづく
〜あとがき〜
第5話・・・すこし残酷すぎましたね。
似たような場面が原作の「エル・ウラカンVSリキオー戦」あるいは「エル・ウラカンVS柔王丸戦」で描かれていました。
ストッピング・サーキットが機能しない場面がそうですが、この場合次のパターンが考えられます。
1.付いていない、あるいは付ける必要が無い。
2.基本的に機能するが、意図的に機能させない場合がある。エル・ウラカンの裏モードはこのパターンでしょうか?
鬼蜘蛛は・・・
ちなみに第5話の最後は第4話の冒頭のシーンに続いていますので、次回はその後から。