第6話「過去〜Act3」
1
異様な雰囲気だった。
会場内のすべての目、それは大会関係者、観客、他の4つのリングで試合中のモデラー、控え室で試合を待つモデラーを問わず、第4リングに注がれていた。
試合の結果、プラレスラーがクラッシュすることは決して珍しいことではない。
しかし、それとて試合中に限ったことであり、例えばRCカーがレース中にコースアウトしてクラッシュするのと同じ次元の話なのだ。
しかし、第4リング上の光景は、それとは明らかに違っていた。
とうにギブ・アップの為、試合が終了しているはずのリング上では、「絶対」であるはずのレフェリー・ロボが破壊され、黒い異形のプラレスラー「鬼蜘蛛」の左腕は、紫色のプラレスラー「月読」の背中から胸に突き出ているのだ。
視線を下に落とすと、マットの上には月読の胸と口から流れ出たオイルが、まるで血のように溜まっている。
「これでいいんだ・・・これで。」
悲鳴と怒号、罵声の飛ぶ中で、鬼蜘蛛を操る男「土鬼」は凄惨な笑みを浮かべていた。
「あ・・・ああ・・・。」
試合では、いつも強気のアスミであったが「その」光景を前にしては、言葉にならない。
「後は頭をつぶせば・・・この鬼蜘蛛も・・・。」
訳の分からない、しかしゾッとする言葉を発して、土鬼はキーボードを叩く。
この上、月読の頭まで破壊しようというのか。
慌てて大会関係者が土鬼を止めようと、第4リングに走る・・・と、その時。
ゴッ!
強烈な衝撃を受けた鬼蜘蛛が大きくのけぞって、マットに尻もちをついた。
「な、なんだ!?」
何が起きたのか分からない土鬼が、すばやく手元のハンドヘルドPCで、鬼蜘蛛のダメージをチェックする。
「こ、これは・・・。」
驚愕の表情を浮かべる土鬼。
ステータス・ウインドウの左側には、3Dモデリングされた鬼蜘蛛の全身が表示され、その胸部が赤く点滅を繰り返す。
「何だ!何が起こった!」
それは、数々のストリート・ファイトを経験した土鬼ですら、予想しなかったほどの激しいダメージだった。
轟!ドドドドド・・・
「!?」
会場内の観客達が巻き起こす、割れんばかりの大歓声と、足を踏み鳴らす地鳴りの音で我に返り、土鬼がリング上に目をやる。
そこに、先ほどまで鬼蜘蛛の餌食となっていた月読の姿はなかった。
「オ・・・オオ・・・オレノ・・・エモノ・・・。」
失った獲物の行方を求めて、尻もちをついたまま周囲をせわしなく見回していた鬼蜘蛛は、ようやく気が付いた。
目の前のマットに落ちる影を、そして影の主がコーナー・ポスト上から自分を見据えていることを。
照明に照らされて、鮮やかに青く輝く1体のプラレスラー、その胸に月読は抱きかかえられていた。
2
「あれは・・・十六夜!?」
ヒュオン!
十六夜は、月読を抱えたままアスミの元へと跳躍し、その手に月読をそっと委ねる。
「・・・月読を連れてきてくれて、ありがとう」
アスミは、傷ついた月読を大事そうに抱えて、十六夜のオーナーを探す。
キュイン・・・
使命を終えた十六夜は、リング上で立ち上がらんとする鬼蜘蛛へと向き直る。
「ちっ! あ〜やだやだ。 まあったく、見ちゃいられんな。 ド外道が」
「もう試合は終わったはずだ、これ以上やって何になる!」
その声に、思わず振り向いた土鬼の視線の先、5つあるメカ・リングのうち中央にある第5リングに声の主はいた。
第5リングの向こう側のコックピットには、「T2000」とプリントされた黒のTシャツを纏い、黒のレザー・スラックスを履き、サングラスをかけた長身の男「T−REX」が、腕組みをして不機嫌そうに立っている。
そのT−REXの傍らには、全く同じポーズで立つ彼の愛機、漆黒のプラレスラー「タイラント」の姿があった。
手前のコックピットには、白のTシャツにジーンズというラフな服装の、これも長身の男「島村マサキ」が第4リングに向き直り、パソコンのキーボードに指を乗せたまま、土鬼に鋭い視線を投げかけていた。
つづく
〜あとがき〜
第6話は若き日の「マサキ」と「T−REX」の登場で次回につなげます。
回想シーンのつもりだったのですが、予想以上の情報量(^_^;
単に、まとめ方が下手なだけですね。
第7話で現代に戻ること熱望!