第7話「過去〜Act4」
1
マサキはT−REXに感謝していた。
2人は好敵手(ライバル)なのだが、第4リングの異変に気付いたマサキが、T−REXに無理を言って、月読の救出に協力してもらったのだ。
第5リングから第4リングまで走って行ったのでは、とても間に合わない。
そこで2人は、タイラントの桁外れなパワーを利用した。
リングの対極から中央に向かって、十六夜とタイラントが同時に走り、これも同時に跳びあがる。
次いで、互いの足裏を合わせ、タイラントは十六夜をドロップ・キックの要領で前方に蹴る。
対して十六夜は、足を屈伸してエネルギーを貯え、タイラントの足が伸び切る前に、これもドロップ・キックの要領でエネルギーを開放。
十六夜は、タイラントのドロップ・キックのパワーをカタパルトとして利用し、文字通り「射出」してもらったのである。
もしも、十六夜とタイラントに重量差がなければ、「射出」は不可能であっただろう。
何よりも、蹴り出すタイミングの絶妙さは、互いを知り尽くしている好敵手(ライバル)なればこそであった。
「だいたい俺達はキャプ翼の立花兄弟か? スカイラブ・ハリケーンなんぞ、やらせおって・・・。」
「まあ、そう言うなって。 第4リングのカタが付かないと、試合にならんだろう?」
T−REXが気分屋なのは、今に始まったことではない。
長い付き合いのマサキは、そんなT−REXをいつもの様に軽く受け流す。
「レフェリー破壊は、重大な規定違反ですぞ!」
「今後の処遇も含めて、即刻大会本部まで来ていただきます!」
十六夜の乱入によって、周囲に対する注意がそれた隙を突いて、ようやく土鬼を取り押さえた3人の大会オフィシャル。
「・・・邪魔を・・・するなぁ!」
バチンッ!
「ぐあっ!」
しかし、次々に弾き飛ばされ、床に転がり呻き声をあげるオフィシャル達。
土鬼がスタン・ガンを使ったのだ。
「・・・何なんだ、お前ら・・・よってたかって、人の楽しみを邪魔しやがって・・・。」
土鬼がふつふつと理不尽な怒りをたぎらせる。
「おいおい、スタン・ガンまで出すかな普通。 一体あんたの目的は何なんだい?」
「ヒヒヒ・・・決まっている・・・全ては鬼蜘蛛の為、対戦したプラレスラーの完全なる破壊よ!」
土鬼の言葉に同調して、鬼蜘蛛がリング下の十六夜に手招きをする。
「ハァ・・・。」
常軌を逸した土鬼に、マサキは大きな溜め息をつく。
ヒュオ・・・。
アスミの目の前にいた十六夜が跳躍、リング内に降り立つと左腕を前に、右腕を左腕に平行に伸ばして左半身となる独特のファイティング・ポーズをとる。
「デスマッチをやりたいなら、そういうリングに上ればいいだろう?」
「うるさい! 人にはいろんな事情があるんだよ、事情がな・・・。」
土鬼は何かを気にするように、せわしなく周囲を見回す。
「何の事情か知らないが、ファイト・スタイルとしてのヒールでは無いようだな。」
「ふん・・・そういう事だ。 行くぜえ!」
土鬼の声に呼応して、鬼蜘蛛の4つのカメラ・アイが怪しく光る。
2
改めて対峙する、鬼蜘蛛と十六夜。
徐々に間合いを詰めてくる鬼蜘蛛に対して、十六夜はファイティング・ポーズを崩さない。
「ヒヒヒ・・・そおれ!そおれ!!」
2度、3度と突き出してくる鬼蜘蛛のクローを見極めて、十六夜は左の掌で鬼蜘蛛の右腕を払いながら左足を左前に踏み出しながら前進、そのまま流れるように腰のひねりを利用して右掌打を打つ。
が、しかし鬼蜘蛛は隠し腕(脚)で掌打を跳ね上げると、がら空きになった十六夜の腹部を左のクローでなぎ払う。
「おっと!」
ジュシュッ・・・。
ステップ・バックして避けようとする十六夜であったが、わずかにクローが当たったのか腹部に爪痕を残す。
「く・・・かすっただけで溶けるか・・・。 こいつはまともに食らうわけにはいかんな!」
「ハッハー! どうした!! お前はその程度か?」
「どうとでもいうんだな、まだ勝負は始まったばかりだ。」
マサキは十六夜を2、3歩後退させて鬼蜘蛛の間合いから遠ざけさせると、改めてファイティング・ポーズを取らせる。
ヒュン・・・ヒュン・・・。
鬼蜘蛛は外された間合いを詰めて、右に左に幾度もクローを振り回す。
防戦一方の十六夜。
「ほれほれ!どうした!!」
ガ!・・・ガ!・・・
十六夜は右に左に振り回されるクローにタイミングを合わせて鬼蜘蛛の懐に潜り込むと、まずは鬼蜘蛛の右肘に左腕を当てて受け、次いで鬼蜘蛛の左肘に右腕を当てて受け止めると、両腕を左右にはじくように開く。
「オオオオオオオオ!!!」
ガガガガガガガガ!ガスッ!!・・・・・・ピシン!
咆哮と共に十六夜が、がら空きになった鬼蜘蛛の胸部へ掌打を放ち、続けて放った浴びせ蹴りが胸部装甲の表面に亀裂を作る。
ダ・・・ダーン!
「鬼蜘蛛!!!」
先程のカタパルト・ドロップ・キックによってダメージ受けた胸部装甲に更なる衝撃を受け、もんどりうって倒れる鬼蜘蛛。
「ダメージは!? ・・・胸部装甲のダメージ・・・70%か」
すかさず土鬼がハンドヘルドPCでダメージをチェックする。
「よし! チャンスだ十六夜!」
その言葉に反応し、すばやく立ち上がった十六夜が、コーナー・ポストに駆け上がる。
「ブ・・・ブブ・・・。」
声にならない電子音をあげて、鬼蜘蛛がゆっくりと起き上がろうとする。
そのタイミングを計っていた十六夜が、コーナー・ポストを蹴って両足を揃えて伸ばす・・・コーナー・ポストからのドロップ・キックだ。
ダダン!
しかし、その先に鬼蜘蛛はいなかった。
マットへの激突を屈伸によってエネルギーを相殺し、免れる十六夜。
「まだ、避けられるのか!!」
「まだまだ・・・こんな所でやられる訳に・・・いかねえんだ!」
土鬼の雄叫びと共に、鬼蜘蛛が十六夜の頭部めがけてクローを振る。
「十六夜! 回避と同時にプログラム・CRS起動!!」
ヒュ・・・ガシ!・・・ギュルン
空を切るクロー。
再度屈伸してクローを避けた十六夜が、鬼蜘蛛の左掌に自らの左掌を合わせて掴む。
そのまま鬼蜘蛛の左肩を軸にスイングして背後に回り、さらに伸び切った鬼蜘蛛の右腕の下をかいくぐって前に回る。
鬼蜘蛛の左腕が背後から右脇に回された格好だ。
ガシ!
そして今度は、鬼蜘蛛の右掌に自らの右掌を合わせて掴む。
「?」
土鬼には、その体勢の意味がわからなかった。
「今だ! 十六夜! クロス・ライダー・スープレックス!!」
マサキの組んだオリジナル・プログラムが十六夜のメモリーに流れ込む。
ダンッ!
間髪入れず、足を踏ん張る気合と共に十六夜が鬼蜘蛛を持ち上げ、後ろに弧を描く。
「何かと思えば・・・ハッ!変形のノーザンライト・スープレックスか!? それならば・・・。」
土鬼が既製の「ノーザンライト・スープレックス」対応プログラムを起動する。
この対応プログラムは、ある程度姿勢を制御することで、技本来のダメージを少しでも軽減しようというものだ。
ズ・・・ドオン・・・・・・ピシィ!!
「な・・・馬鹿な!」
それは、変形のノーザンライト・スープレックスなどではなかった。
十六夜が後ろに弧を描きつつ両腕を左右に開くと、鬼蜘蛛の背後に回された腕が伸ばされる。
すると鬼蜘蛛の体は反動で半回転し、十字架に逆さ磔(はりつけ)にされたかのような形のまま、頭からマットに叩きつけられたのである。
「これでは・・・対応プログラムが何の役にもたたん・・・。」
「どうだい? クロスライダー・スープレックスの味は。 こいつの対応プログラムを持ってる奴は1人しかいないぜ!」
「くう! 鬼蜘蛛!エスケープだ!」
たまらず鬼蜘蛛をリング外にエスケープさせる土鬼。
そのハンドヘルドPCには、頭に受けたダメージと同時に、胸部装甲の亀裂が頭から伝わった衝撃によって割れ始め、その一部が欠落したことが表示されていた。
「なんてことだ! ここまで鬼蜘蛛の装甲を破壊した奴は初めてだ・・・。」
本来ならば、リング外にエスケープした場合すぐさまレフェリー・ロボがカウントを始めるのだが、レフェリー・ロボが破壊されてしまった現在、カウント・アウトは無い。
轟!!!!
「なんだ?」
ハンドヘルドPCの画面に見入っていた土鬼が、響き渡る歓声にリング上を見ると、十六夜が反対側のロープへと跳躍、その反動を利用して鬼蜘蛛のいる側へ走り込んでくるではないか。
「プランチャーか!! く・・・回避は?・・・可能か!鬼蜘蛛!回避しろ!!」
すぐさま鬼蜘蛛に十六夜を捕捉させ、回避プログラムを実行する土鬼。
クロスライダー・スープレックスによって受けたダメージが大きいとはいえ、捕捉さえしていれば回避することなど鬼蜘蛛には造作もないことだ。
むしろ、クローを突き出して串刺しにしてやろうか・・・とさえ思う。
ギョンギョンギョンギョン・・・。
十六夜がリング中央のあたりで、走り込んできた勢いのまま2度3度と側転を始める。
ピーッ!!
土鬼のハンドヘルドPCから警告音が鳴り響く。
―――LOST―――
「なんだと!」
そのディスプレイには十六夜を見失ったことを告げる文字が表示された・・・そして。
ガッシャーンッ!
側転の勢いを殺さずに跳躍しトップ・ロープを飛び越えた十六夜が、身動きの取れなかった鬼蜘蛛の胸部に体を浴びせて、そのまま押しつぶす。
「スペース・フライング・タイガー・ドロップ! これで決まりだ!!」
「くう!・・・。」
手元のハンドヘルドPCに表示された鬼蜘蛛の余力は、もはや風前の灯である。
「・・・おのれえっ! こうなったら十六夜をこのまま串刺しにしてやる!ヒーヒッヒ!!」
土鬼は狂ったかのような笑い声を上げ、鬼蜘蛛にクローで十六夜を串刺しにせよと命じようとする。
ヒュオオオオオオオ・・・・・。
「ん? なんだ??」
思わぬ「音」を聞き、土鬼の指がキーボードの上で止まる。
「十六夜!! ドケ!! 俺ガソイツニ引導渡シテヤラア!!!」
天井に備え付けられた照明を背にして、高高度から空気を裂いて落下してくる黒い巨体。
タイラントであった。
「げげっ! タイラント!! 十六夜、MCシステム全開で回避だ!!」
グワシャア!
「!!!」
MCシステムによって極限まで「たわめられた」跳躍力により、十六夜が鬼蜘蛛の上から飛び退くのと同時に、落下してきたタイラントのグラビティ・エルボー・ドロップが、鬼蜘蛛の内部フレームまで突き刺さる。
凍りついた表情の土鬼のハンドヘルドPCには「作動不能」の文字が点滅していた。
「ばかな・・・鬼蜘蛛が・・・たかがプラレスラーごときに・・・ブツブツブツ・・・。」
理解できないつぶやきを始めた土鬼の目は宙を彷徨っていた。
ようやくケリがついた・・・誰もがそう思った、その時。
ド――――――――――ン!!
突然、鬼蜘蛛が爆発したのである・・・タイラントを巻き添えに。
場内は騒然となっていた。
「おおー!! なんてこった!! タイラント・・・。」
「タ・・・タイラント・・・、T−REX! おまえ何したんだ!?」
「知るか! 勝手に爆発しやがったんだ!!」
「おい! 土鬼!! どうなって・・・あら?」
マサキがコックピットに目をやると、土鬼は爆発の混乱に乗じて行方を眩ませていた・・・。
「逃げたのか!? おい、T−REX。 タイラントは?」
「フッフッフ・・・。」
「???狂ったか・・・。」
「違うわっ! ほれ!」
T−REXがあごで指す方向、そこには装甲が吹き飛んでいるものの、薄れゆく煙の中に不敵に立つタイラントの姿があった。
―――――
アスミはそっと閉じていた瞼を開く。
「今ごろになって、またあの男が現れるなんて・・・でも、大丈夫ね。」
隣で眠るマサキの寝顔に、あの時のマサキの横顔が重なる。
「この人なら、どんな困難でもきっと何とかしてくれるわ。そう・・・信じているんですもの。」
その寝顔を見つめながら、アスミは再び眠りにつくのであった。
つづく
〜あとがき〜
ピースケの協力を得て、クライマックスを少々変更。