オリジナル・ストーリー「蒼き疾風」

 

 

第8話「開幕」

 東京・JR総武線・水道橋駅。

 新宿方面からの下り電車がホームにすべり込み、普段よりも多くの乗客がホームに吐き出される。

 そうして集まってきた人々の列は、最後尾の駅前から神田川を渡る水道橋を経て、交差点の向こうに見える東京ドームまで続いていた。

 周辺道路とて例外ではなく、駐車場への入庫待ちの車が係員に誘導されて列を作っている。

 その東京ドーム・プリズムホールに直結する立体駐車場に、タイヤを鳴らして潜り込んできた1台の黒いステップワゴンがようやく空きスペースを見付けて停止する。

 「ふう・・・やっと入れたね、父さん。」

 「ああ、やっぱり電車にすれば良かったのかもな〜。」

 「パパ! ママ! おにーちゃん! 早く早く!! もう受付け始まってるよー。」

 「パパ、コウ、ユウ! 忘れ物ないわね!? 走るわよ!!」

 「わー!! ママ、待ってー。 肝心のPC忘れてるよう!!」

 「あら、いけない。」

 ようやく準備を終えて、あわただしく走る4人が向かうのは、『FIST』恒例の季節イベントの1つである「サマー・カップ」の受付けであった。

 年に4回開催される、季節イベントの大会期間は実に2週間に及ぶ。

 最初の1週間で各ステージの最終ランキング確定。

 次の1週間でセカンド・ステージからファースト・ステージ選出2機。

 サード・ステージからセカンド・ステージ選出4機の昇格試合が行われるのだ。

 各ステージでランキングを争ってきたモデラーにとって、次のオータム・カップまでの所属ステージが決定される重要な大会なのであるが、今大会の最大の関心は、なんといっても『FIST』最高位の『KOF(KING OF FIST)』の座の行方であろう。

 これまで宮城ユーリの『ガイア』がその座を守り抜いてきたのであるが、突如として失踪した為に空位となっているのである。

 この為、挑戦権のあるファースト・ステージでは、これまでもその座をめぐって激しい闘いが繰り広げられていたが、ついに決着をつける時がやってきたのだ。

 「間に合ったあ! エントリーしているファーストの十六夜、セカンドの月読、それから・・・サードの雷牙とワルキューレの受付けお願いします。」

 ようやく受付けにやってきた4人を代表して、マサキが4枚の登録カードをスタッフの女の子に手渡す。

 「それではエントリーの確認をいたしますので、少々お待ち下さい」

 登録カードを笑顔で受け取った女の子が、順番にカードをカード・リーダーに読み取らせる。

 「島村様ですね、エントリー確認しました。この後は開会式までプリズム・ホール内でお待ちになって下さい。 こちらが今大会のパンフレットと先程お預かりした登録カードです」

 エントリー内容が確認されると、B4サイズのパンフレットと登録カードが手渡される。

 「ありがとう。 さてと、コウ、ユウ、今のうちに機体の最終チェックしとくか?」

 「うん、一応慣らしは済んでるけど、まだパーツの合いが硬いから・・・な、ユウ?」

 「う・・・(キョロキョロ)・・・ん。」

 「なにキョロキョロしてんだ? ユウ。」

 「うん、あのね、ヒナちゃん来てないかな〜と思って。」

 4人がプリズム・ホール内に入ると、ホール内は参加モデラー達の熱気とプラレスラーから発せられる独特の電子臭が漂っている。

 「うわー、いつもながらすごいなー。 いやでも緊張しちゃうよ。」

 と、FISTの大会に何度か出場し、雰囲気にも慣れてきているはずのコウも興奮を隠せないようである。

 「・・・。 ヒナちゃんどこにいるんだろ・・・あ! いた! ヒナちゃーん。」

 先程からホール内をキョロキョロと見回していたユウがヒナを見つけて駆け出す。

 ドンッ!

 「きゃ! あいたた・・・。」

 「あらあら、大丈夫?」

 ヒナを見失うまいと、前をよく見ていなかったユウが1人の女性にぶつかって尻もちをつく。

 「あの・・・本当にすみませんでした。」

 「いいのよ♪ 私こそ、ぼーっとしてたから。」

 「それじゃ、失礼します。」

 「どうも、ご丁寧に♪ じゃね!」 

 助け起こしてくれた女性の笑顔に、ユウは深々とおじぎをすると、その場を後にする。

 「ふうん・・・FISTには、あんな娘もいるのね。」

 そう言いながら、黒いPCを左手に下げた女性もホールの奥へと歩き去るのだった。

 「ヒナちゃあん! あ・・・こんにちわ! ヒナちゃんのお父さん、お母さん。」

 「ユウちゃん! 遅かったから心配したよう。」

 ようやくヒナの元へとやってきたユウが、傍らに立つT−REXとヒナのお母さんを見つけてペコリとおじぎをする。

 「こんにちは、ユウちゃん。」

 「う・・・ぐ!」

 と言葉にならない呻き声をあげたのは、あさっての方ばかり見ていた為「ちゃんとご挨拶なさい」とばかりに、ヒナのお母さんが放ったエルボーが脇腹にクリーン・ヒットしたT−REXである。

 「私も間に合わないかと思ったよう・・・。 あ!そうだ!! ヒナちゃんのおかげでワルキューレの修理間に合ったんだよ〜。 改めて紹介するね! ワルキューレ!!」

 ユウの呼びかけに応じて、真紅のプラレスラーがユウの肩に飛び乗る。

 「わぁ♪ やっぱりヴァルのスペア使うと似るね!! まるでヴァルの姉妹が出来たみたい!! ほら!・・・ヴァルキリー!!」

 ヒナが呼ぶと、純白の戦女神がユウのワルキューレと同じように、ヒナの肩に飛び乗った。

 「お互いがんばろーね!!」

 「うん!!」

 そんな2人を見ながら、ヒナのお母さんが優しく微笑む。

 T−REXはというと、簡易テーブルに置かれた荷物をあさり、ヒナのおやつのシュークリームをほおばっていた・・・。

 

つづく

 

〜あとがき〜

 2〜3話で壊れたワルキューレが復活。

 以前の展開とは、少し異なってヒナも協力してくれたことにしました。

 

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