オリジナル・ストーリー「蒼き疾風」

 

 

第16話「狙撃」

 多摩市中部を流れる乞田川。

 春ともなれば桜が咲き乱れる、その川沿いの並木道をマサキは全力で疾走っていた。

 家までの距離は直線距離にして、300m足らずだというのに、やけに遠く感じられる。

 (くっそう!・・・迂闊だった。)

 何故、自分が公園にいることがわかったのか?

 サマーカップ初日の降魔の乱入、つい先程の蠍型可変プラレスラーとの遭遇、そして鬼蜘蛛の出現・・・。

 1日の内に色々な事が起き過ぎた。

 結果、その事がマサキの判断力を削いだと言える。

 瞬間、様々な事が頭の中をよぎる・・・組織のこと・・・尾行の可能性・・・そして、家族のこと。

 思いが家族のことに至った時、マサキの全身の毛は逆立ち、考えるより速く両足はアスファルトを蹴っていた。

 (頼む・・・。 アスミ!コウ!ユウ!無事でいてくれっ!)

 川沿いの道から鎌倉街道を駆け抜けると、やがて多摩ニュータウン通りに面したSTFの店舗を兼ねた自宅が右側に見えてくる。

 辺りは静かだった・・・。

 店舗の前の駐車スペースには、黒のステップ・ワゴンが止められているだけで、怪しい所は無い。

 マサキはそっと店舗の入り口を兼ねたガラス扉に手をかける。

 ガチャ・・・。

 鍵は出掛けにマサキが施錠したまま、力強い抵抗を示した。

 マサキの不安が安堵へと変わる。 

 「ふう・・・。 ん?」

 安堵のため息をつく、マサキのその手に赤い光点が浮かぶ。

 「!!」

 プシュッ!!ピシッ!

 間一髪、その光点の正体に気付いたマサキがバックステップを踏み、そのまま迷わず入り口脇に置かれたコンクリート製のプランターに飛び込む。

 (レーザー・ポインター・・・狙撃か? 実弾ではないようだが。)

 その手のあった辺りを見るとガラスに小さなヒビが入っているが貫通はしていないようだ。

 間違いなく実弾では無い、となると考えられるのはBB弾。

 プシュプシュプシュッ!カンカンカン。

 「くうっ!」

 身を潜めたプランターにBB弾が叩き込まれる。

 ガラスにヒビが入るということは、規定の1ジュールを超えた改造を施してあるということを示している。

 そして、狙撃銃でありながら連発のきく銃・・・東京マルタのPSG−1以外には考えられなかった。

 (悪質なヤツめ! どこだ?)

 マサキはプランターの陰で十六夜を起動しながら、ジーンズのポケットからマールボロ・ライト・メンソールを1本取り出し、愛用のZippoで火を点ける。

 「こんなことに、使いたくはないんだが・・・。」

 起動を終えた十六夜をプランターの陰に忍ばせ、タバコをふかすマサキ。

 「十六夜・・・見えるか?」

 十六夜は、マサキのタバコの煙で浮かび上がった赤い光の照射元を追う。

 相手がスナイパーならば、狙撃ポイントから動かないはずだ。

 十六夜のカメラ・アイからの画像解析が進む。

 その照射元は・・・ニュータウン通りをはさんで、斜め向かいにある閉店した「靴のカクトミ」の屋上であった。

 マサキはジーンズの尻ポケットから携帯を取り出す。

 トゥルルルル・・・カチャ。

 「はい・・・。」

 「アスミか?」

 「パパ? どこにいるのよ。」

 「家の前・・・BB弾で狙撃されてる。」

 「ええ! 怪我は? 誰に?」

 「落ち着け! 手を狙ってきたようだが怪我は無い。 それよりも、アスミ。 狙撃の腕はなまってないよな?」

 「ええ。 まあ、パパに散々サバイバル・ゲーム、連れて行かれたから。」

 「よし。 じゃあ、反撃頼む。 目標はカクトミの屋上、距離は・・・30mってとこか? 目潰しにペイント弾で頼む。」

 「わかった! まってて!!」

 ガチャ。

 アスミを待つ間、プランターに生えている常緑樹の枝を折り、振ってみる。

 プシュ!ピシ!

 (まだ、狙ってやがるな。 目的を果たすまでやる気・・・半ばヤケってわけか?)

 しばらくして、明かりが消えたままの2階の窓が音も無く5cm程開くと、黒い銃身がそっと表れる。

 アスミのスナイパー・ライフル、M40だ。

 ボルト・アクションのオーソドックスなスナイパー・ライフルだが、マサキの薦めでこれにしたのだ。

 そのスリングの基部や銃身にはモスグリーンに染められた布が巻かれ、少々雑に扱っても物音がしないように工夫されている。

 「カクトミの屋上・・・いた・・・。」

 上部に据え付けられた、これもダット・サイトや光学式ではないオーソドックスなスコープを覗きながらアスミが呟く。

 30mとはいえ、この距離でのわずかな手ぶれが着弾点では、大きな狂いとなる。

 頭の中にマサキの口癖が思い浮かぶ。

 「わかってるわよ・・・ワン・ショット、ワン・キルでしょ・・・。」

 カクトミの屋上にいるスナイパーは、マサキに集中していて微動だにせず、アスミに気付いていない。

 (はぁ・・・はぁ・・・は!)  

 リズムを合わせて、息を止める。

 アスミの集中力が増し、周りの音が消えた。

 先程までの手ぶれが消え、アスミは優しく人差し指と親指とで挟み込むようにしながら引き金を絞る・・・。

 プシュ!

 アスミのレミントンから圧縮された空気圧によって、押し出されたペイント弾が銃身を走る。

 バレル途中上部に設けられた小さなゴムの効果で上向きの回転が与えられ、銃身を飛び出す。

 軽くホップしながらニュータウン通りを貫き・・・命中!!

 突然、スコープに付着したペイントの為に視界を奪われたスナイパーが、慌てて身を隠す。

 「パパ!今よ!!」

 「よっしゃ!」

 ガラス窓からのアスミの声を聞いて、マサキはプランターを飛び出した。

 

つづく

 

註)

 ・PSG−1(H&K/PSG−1)

  1972年に起きた「ミュンヘンオリンピック選手村占拠事件」

  この事件における、人質全員死亡という悲惨な結末をもとに、ドイツの警察特殊部隊「GSG−9(ゲー・エス・ゲー・9)」が、銃器メーカーである「H&K(ヘッケラー&コック)」に要請して開発された狙撃銃。

  微調整式の引き金、ストック(銃床)、グリップ(銃把)を持ち、なんと銃身はフル・フローティング・ブル・バレル(バレルとストックの間に接点が無い=命中精度が高い)。

  7.62_NATO弾を5連、または20連マガジンに装填して連射が可能。

  実銃の重量は、なんと8kgもある!エアガンでも4.3kg・・・保持するのが大変と思いきや、意外にも精密狙撃に向いている。

  ちなみにエアガンの価格は¥54,800円で、とっても手が出ません。

 ・M40(レミントン700改/M40−A1)

  レミントン700を改造した、こだわりを持つ米軍海兵隊のベテランスナイパー御用達の狙撃銃。

  7.62_NATO弾を使用する、ボルト・アクション型。

  映画「山猫は眠らない」でトム・べレンジャー演じる海兵隊曹長が愛用しているので、興味のある方はどうぞ。

 

〜あとがき〜

 今回は、サバイバル・ゲーム。

 それもスナイパーの恐怖が何故かテーマです。

 ことごとく十六夜に勝てない敵が、保険として配置したスナイパーにモデラーの命である手を狙わせる。

 そうまでして、勝ちたいのか!?って感じが出ればいいんですが。

 

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