オリジナル・ストーリー「蒼き疾風」

 

第26話「地下〜Act1」

 サマー・カップ3日目。

 前2日の乱入騒ぎは何だったのか?

 万全の準備を整えていたFIST側が拍子抜けする程、この日は何も起こらなかった。

 もっとも、観客や大会参加モデラーの一部には、再び乱入者が現れるのではないか?と期待する向きもあったようであるが。

 FIST側のより厳しい警備体制が功を奏したのか、それともすでにFISTに対する興味を失ったのか、この日の大会は盛況のうちに幕を閉じる・・・。

 「なんか拍子抜け〜。」

 とプラレスラー・雷牙をPCにしまい込みながらコウが漏らす。

 同じ様に帰り支度を整えるユウもまた、同感であった。

 「今日は、お父さん達の出番無かったから。 ・・・じゃないかなあ。」

 その2人の傍らで、お弁当箱やら水筒をトートバッグに詰め込んでいるアスミが答える。

 「何も無い方がいいのよ。」

 「だってさ・・・。」

 と2人。

 「いいこと? 2人とも。 あなた達が何とかしたいって思う事は、母さんもよく判ってるつもり。 でもね、あなた達がどうにか出来る相手では無いのよ・・・。 判るでしょう? それとも、あなた達のパパは、あなた達より弱かったかしら?」 

 真剣な眼差しで、しかし最後の方は微笑んで、はやる子供達を諭すアスミ。

 その様子を満足気に見守るのは、2人の祖父・コウゾウである。

 昨夜から、島村家の居候となっているジュンは、店番をしながらZEROの修復に取り組んでいる。

 「さ、2人とも。 支度が済んだら帰りましょ。 今日は2人とも順当に勝ったことだし、帰りにドッキリ・ディディーでパパにハンバーグでも奢ってもらいましょうね。」 

 「やったあ!」

 声を合わせて喜ぶ2人。

 ただでさえ小遣いの少ない父に、それはあんまりというものである・・・。

 その頃、当の父はFISTのコミッショナーと共にいた。

 「・・・ええ。 ですから、しばらくはFISTに奴等が現れる事もないと思います。」

 「しかし・・・。 君が欠場するのは痛いな。 繰り返しになって悪いが、地下専門になる気は無いんだね? 島村君。」

 「はい。 K.O.Fの座に興味が無いわけではありませんから。 今回の一件が片付いたら、復帰させて頂きます。」

 「決意は固いようだね・・・。 うむ。 よし、わかった。 しかし、出来るだけ早く戻ってきてくれたまえよ?」

 「どうも。 では、後の事はよろしくお願いします。」

 「うむ。 あ、島村君。 その・・・私が、こんな事を言うのも何だが・・・頼んだぞ。 私とてこう見えても、かつてのプラレスラー達に憧れた者の一人なのだ。 プラレスを戦争の道具にしたくない気持ちは、同じだ。」

 「わかってますよ、コミッショナー。 でなければ、私はFISTに在籍してません。」 

 そう言うと、コミッショナーの部屋を辞するマサキであった。

 非合法な賭け試合を主とする、地下ガレージ・プラレス。

 その性格上、その開催は不定期であるはずなのだが、JPWAやFISTといった表の団体の興行日の夜に行われている事は、今や公然の秘密であった。

 ここ臨海副都心にある、通称:プラレス・スクエア・ガーデンも主な会場のひとつである。

 JPWAの本拠地たるこの地で、夜な夜な裏のプラレス大会が行われていようとは、JPWA関係者も夢にも思うまい。

 表向きは別の目的で使用する事になっているか、さもなければJPWA関係者に協力者がいると言う事か!?

 ブアッ、バババババ・・・ボン・ボン・・・ボン・・・。

 今にも止まりそうな、微妙な排気音を響かせて駐車場に滑り込むスカイライン2000GT改(KGC10型)。

 「プラレス・スクエア・ガーデン・・・。 懐かしいな。」 

 懐かしそうに巨大な建造物を見上げるのは、父・コウゾウの乗ってきたスカイラインに十六夜とPCを積み込んだマサキだった。

 食事を終えて車に乗った途端、例に漏れず眠ってしまった子供達をアスミと父・コウゾウに任せ、単身ここへやって来たのである。

 「ふう。 よし、行くか。」

 十六夜の格納されたPCを下げ、車を後にする。

 よく見ると、駐車場内にはマサキの乗ってきたスカイラインの他にも車が駐車されており、巨大な駐車場の端には、トレーラーの姿も見受けられる。

 「公然の秘密とは、よく言ったもんだ。」

 半ば呆れながら、駐車車両の間を縫っていくマサキ。

 正面出入口に近づくと、入り口の両脇を固めるようにして、人相の悪い、屈強そうな黒服の男達が行く手を阻んだ。

 「・・・参加者か?・・・。」

 男達は、マサキの手にしたPCを認めると、そう問う。

 「そうだ。 飛び入りだが入れてくれるかね?」

 マサキが答えると、男達の一人が何時の間にか取り出した携帯で、誰かに連絡を取っている。

 「・・・ええ。 飛び入りだそうで・・・。 ええ・・・はい。 わかりました。」

 その掌と比べると、まるで玩具の様にしか見えない携帯を、胸ポケットにしまい込みながら男が振り向く。

 「OK。 クライアントから許可が出た。」

 男はそれだけ言うと、左右に分かれ、元いた場所に仁王立ちとなった。

 (ひえ〜。 生きて帰れるんか?)

 マサキは、男達の守る出入口を抜けて簡単な事務手続きだけを済ますと、選手控え室と書かれた部屋の扉を開けた。

 通常行われるプラレスラーの検査は無い。

 何でもアリの地下にとって、検査など無用なのだ。

 ギッ・・・。

 そっと開けたつもりが、思わぬ蝶番の軋み音が響く。

 「あ、やべ。」

 瞬間、控え室にいた何十人もの目がマサキに注がれる。

 しかし、それも一瞬の事で、すぐに何事も無かったかのように元に戻る。

 メンテナンスに没頭する者、目を閉じて腕組みをする者、中には何故か両手に握ったダンベルを上下させている者までいる。

 (こうして見ると、ここの風景は表も裏も変わらんな。)

 マサキは周りを見回して、空いていた壁際の一角の床に腰を下ろす。

 すると、ちょうど斜め前のテーブル席にいる男達のガナリ声が耳に入ってきた。

 「くそ! 今夜こそ、あの野郎をぶっ潰してやる!」

 「おうとも! 今夜こそ、ただじゃ帰さねえぜえ!」

 「やるか! ビースト!!」

 「やらいでかっ! ファルコン!!」

 奇怪なペイントに塗りたくられた男達は、椅子とテーブルの上に立ち上がり、マッスル・ポーズをとる。

 そして、同時に雄叫びをあげる。

 「俺達のバトラーはっ! 鋼鉄製だっ!!」

 と。

 「・・・・・・。」

 しかし、聞いている者は誰もいなかった・・・。

 時間が経つにつれ、マサキの後からやって来たモデラーも増え、出番が来て出て行ったモデラーの居た場所を埋めて行く。

 「・・・出番だ・・・。 島村! いないのか?」

 控え室に入ってきた男が、名前を呼ぶ。

 「あ・・・俺だ。」

 マサキは、ハッとして床から立ち上がり、男の元へと歩み寄る。

 「あんたが島村か・・・いいだろう。 俺はセムシと呼ばれている。 俺について来な。」

 背丈がマサキの半分にも満たないセムシと言う男の後に続いて、マサキは廊下を進む。

 「おい・・・。 何でモデラーどもが控え室に帰ってこねえか、判るかい?」

 リングへの通用口に差し掛かった所で、セムシは唐突に尋ねて来た。

 「いや・・・。」

 「それはな・・・。 負けた奴は、そいつに張ってた野郎どもに連れ出されて、フクロにされるからさ。 中には黒塗りの、いかにもその筋って車に乗せられて行っちまった奴もいたっけなあ・・・。 おっと、こいつは忠告だぜえ? せいぜい頑張んな。 ひゃ〜はっはっ!」

 「・・・なるほど。 で?勝った奴はどうなんだ?」

 「何!? おめえさん勝つつもりけえ・・・。 飛び入りの分際でなあ・・・ブツブツ。」

 セムシは、意外とでも言いたげに呟く。

 「忠告ついでに教えてくれよ。」

 「万に一つの可能性も無いだろうが・・・まあいいか。 これから行われる試合は、予選なのさ。 何度か予選を行って、最終的に8人のモデラーを選び出す為のな。」

 「ふむ。 で?」

 「慌てなさんな。 その予選に勝ち残った8人には、それぞれにクライアントと呼ばれる連中がつくことになる。 つまり、8人のモデラーはクライアントどもの持ち駒って訳さ。 クライアントはてめえの持ち駒に金を賭け、勝てば相手の金をごっそり頂くって寸法さ。」

 「いつまで持ち駒なんだ?」

 「表向きは、公平を期す為に今夜限り・・・てルールになってる。 中には、知らん顔して契約してる奴もいるようだがね。 ひえっひえっひえ。」

 「基本的な考えは競馬だな。 そのクライアント以外の観客はいるのか?」

 「もちろんいる。 おめえさんの言う通り、競馬みたいなもんさ。 観客どもは、試合前のオッズを参考に投票券を買い、オッズに従って配当を得るって訳だ・・・おっと、着いたぜ。 まあ、せいぜい頑張るこった。」

 「ありがとよ。 参考になった。」

 「は! よせやい。」

 マサキが礼を言うと、セムシは手を払うように振って、通用口の脇から観客席へと消えた。

 「(スゥ〜)・・・よし!」

 臍下に気を溜めるように深呼吸してから、マサキは通用口から会場内へと足を踏み入れた。

 会場内に足を踏み入れた途端、目に飛び込んできたのは、一段高い場所に設けられた、高さ1m程の金網に囲まれた単なる円形のリングが一つだけで、ロープや支柱のある見慣れたメカ・リングは、そこには無かった。

 マサキが感じた違和感はそれだけでは無い。

 何より、広いはずのプラレス・スクエア・ガーデンが、こんなに狭い訳が無いのだ。

 遥かな昔、父と訪れた時は、今の5倍以上の広さを有していたはずである。

 「!」

 不信に思ったマサキであったが、思い当たる節があった。

 (トレーニング・ルーム・・・か?)

 そう。

 ここは、広大なメイン会場の階下に幾つか設けられているトレーニング・ルームの一つであった。

 トレーニング・ルームの広さは、およそ学校の体育館の半分程度だろうが、中にどれだけの人数がいるのか見当もつかない。

 観客達の輪はリングを取り囲む金網から通用口近くにまで及び、その観客達も、訳の判らない歓声や怒号を上げる者、投票券を掴んで無表情に見つめる者、表情は様々だ。

 マサキが円形リングの入り口に辿り着くと、円形リングを取り囲む観客達の頭越しに、幾つかのBOX席が壁際に設けられているのが見て取れた。

 おそらく、セムシが言っていたクライアントの為のVIP席なのだろう。

 これらのVIP席は、一般客の立ち入りを制限するフェンスを境に、リングと同じ様に一段高い場所に設置されている。

 観客達でごった返すこちら側と比べると、全くの別世界であった。

 (は〜・・・。 何だか、すごい世界だな・・・。)

 半ば雰囲気に圧倒されるマサキを、円形リングの入り口で金網扉を開けて待っている男が手招く。

 「・・・こっちだ・・・。」

 その男に言われるまま、マサキはリングの中に入り、リング両端の一段高い所に設けられたコックピットの片方に腰を下ろす。

 手にしたPCをコックピットにセットして十六夜を取り出すと、いつものようにセット・アップの準備を整えていく・・・。

 (これが・・・地下か。)

 

つづく

 

〜あとがき〜

 地下のダークな雰囲気が出るといいのですが。

 本編では名前だけだった地下ガレージプラレス。

 これは一例を挙げたに過ぎず、もっと別の体制で開催される場合もあるでしょう。

 雰囲気としては、木村●也が出ていた某富●通のFMVのCM(^_^;)

 JPWAの本拠地たる、プラレス・スクエア・ガーデンを利用しているのにも訳があります。

 ファルコンとビーストは懐かしい(?)あの2人です・・・て、青の騎士にもこんな奴いたな。

〜あとがき・2〜

 地下の会場の配置やディティールがはっきりしなかったので、加筆・修正を行いました。

 少しは判りやすくなった?

 

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