オリジナル・ストーリー「蒼き疾風」

 

第27話「地下〜Act2」

 「あ・・・。 あああ、あれはっ!(唾) ばばば、ばかなっ!!(唾)」

 これまで主催者席の一つを陣取って談笑し、御満悦だった一人の男が飛び上がった。

 いわゆる三拍子揃った、この男の名は中村という。

 中村は、JPWA副会長の弟にして常務という立場を利用し、地下ガレージ・プラレス開催の為に、この場所を提供していた。

 もちろん、狡猾な中村が無償でそんな事をするはずも無く、見返りに開催で得られた莫大な収入の何割かを得ると同時に、JPWAの人材発掘の場として、地下ガレージ・プラレスを利用しているのである。

 そんな中村の前に、今しがた姿を見せた男の取り出した青いプラレスラー・・・あれは、FISTの十六夜に間違い無い。

 「FISTの刺客か!?(唾) 早く知らせねばっ!!(唾)」

 中村は自身としては密かに、しかし椅子につまづき、人にぶつかるほど派手に席を立つと、階上のオフィスに向かった。

 「くくく・・・。 ここの恐ろしさを教える人と教えられる人と、どちらが偉いか!! それは、教えられる人ですっ!!(唾)」

 中村は、強がってはみても自分の言っている事が意味不明である事も判らぬ程、動揺していた。 

 ―――同刻、リング・サイドの一等席にあたるBOX席―――

 「あのプラバトラー・・・強い・・・。」

 リングに姿を見せた十六夜を見て、ぽつりと呟いたのは栗色のウェーブがかった髪の少女であった。

 「ん〜? どれどれ。 ほうほう、あの青い方のプラバトラーか? ミサト。」

 少女をミサトと呼びながら、温和な微笑みを浮かべてリングを見たのは、バーバリーの三つ揃いの上着だけを脱いで、Yシャツにベスト姿の紳士然とした男である。

 「うん! もしかしたら、パパの捜してるプラバトラーに勝てるかもしれないよ? ねぇ、ねぇ、パパぁ〜。 今夜は、あのプラバトラーと組みたいの。 い〜い?」

 パパと呼ばれた男、小田島は、こういう時のミサトの上目遣いに弱かった。

 子供ならではの、欲しいモノをねだる術を心得た表情だ。

 とは言え、小田島は単に娘に甘いだけの男では無い。

 ミサトの生まれついてのカンの良さ。

 その特別な力を、全面的に信用しているのである。

 ミサト自身にしてみれば、「何となく良い事が起こる予感」「何となく悪い事が起こる予感」と言ったレベルの認識でしか無いが、そのカンの様なモノが外れた事は一度も無かった。

 「OK、ミサト。 もし、あの青いプラバトラーが勝ち残ったら、ミサトの好きな様にすると良い。」

 自分なりに十六夜を見定めてから、温和な表情を娘に向ける小田島。

 「やったあ♪ だから、パパだ〜い好きっ! (Chu!)」

 娘のKissを頬に受け、相好を崩す小田島。

 しかし、すぐに険しい表情を浮かべる。

 (・・・ミサトのカンが外れた事は無い。 が、本当にアレは現れるのだろうか・・・)

 チュイイイイ・・・ン。

 セット・アップを終えた十六夜が、静かに佇む。

 その反対側では、十六夜にとって初戦の相手である「ドラグノフ(DRAGUNOV)」がセット・アップを終えようとしていた。

 華美な装飾の無いスタイルは、鍛え上げられた兵士を彷彿とさせる。

 「ドラグノフ」のオーナーの名は「ザイツェフ」と言った。

 明るい金髪に碧い瞳、精悍な顔立ちをした男であった。

 (ザイツェフにドラグノフ・・・。 ロシア製なのか?)

 グレーを基調とした、寒冷地迷彩を施されているドラグノフを見て、マサキは思った。

 確かに、その胸に『赤い星』のマークでも付けたら、よく似合うことだろう。

 この予選のオッズは、『7対3』で地下常連のドラグノフ。

 だが、例え相手が誰であろうと、マサキと十六夜に迷いは無かった。

 両者が円形リングの両端で試合開始の合図を待ち、静かに佇む。

 カンッ。

 試合開始を告げる、乾いたゴングの音が響いた。

 その音と同時に飛び出す両者。

 一直線に歩み寄るドラグノフに対して、十六夜は反時計回りにフットワークで迎え撃つ。

 間合いに入った瞬間、姿勢を低くしてタックルに入ろうとするドラグノフ。

 しかし、十六夜は掴ませない。

 瞬間、足の止まったドラグノフに、十六夜が上から切り落とす様な右のロー。

 綺麗に入ったかに見えた右のローを、左脚を軽く上げて確実にガードするドラグノフ。

 十六夜、間髪入れずドラグノフの左脚が下りる前に、右のハイ・キック。

 ドラグノフ、これを読んでいたのか両腕でガード。

 そのまま左腕で右脚を掴むと、右腕で十六夜の左脚を狙いながら前に出る。

 右脚を担がれたまま、片脚で後退する十六夜。

 左脚を掴まれて引き倒されたら、そして掴まれなくともバランスを崩して転倒すれば、ドラグノフの行動からマウント・ポジションを取られるのは目に見えていた。

 十六夜は左脚一本で、トントンと後退しながらリズムを合わせると、右脚を掴まれたまま左に身をひねって回転する。

 十六夜の左脚を刈る為に、前に出ていたドラグノフの頭部。

 その左コメカミに、回転に合わせて下から伸び上がって来た十六夜の左カカトがヒットする。

 その衝撃で、ガッチリと掴んでいた十六夜の右脚を放し、ニ・三歩後退するドラグノフに、素早く近付く十六夜。

 ゴオッ!

 瞬間、ドラグノフの右腕に備え付けられたエア・ノズルと思しき部分から青白い炎が白煙とともに噴き出す。

 「ぬう!」

 咄嗟に手の甲を炎に向けて、顔面をガードしながら後ろに跳ぶ十六夜。

 「いいぞ! 今まで、こいつに焼かれて無事だった野郎は数える程しかいねえっ! これで、ドラグノフの勝ちだ!」

 有り金をドラグノフに賭けているであろう観客が、歓喜の声を上げる。

 その声に応える様に、ドラグノフの炎の噴出は続く。

 ―――同刻、東京・多摩ニュータウン―――

 カタ・・・。

 「?」

 薄暗い店内で、地下に潜入したマサキの無事を願っていたアスミは、微かな物音が聞こえた気がして顔を上げた。

 子供達はとうに眠っている。

 義父のコウゾウも、マサキの作業場にいる。

 居候のジュンも、客間でZEROの修復に勤しんでいるはずだ。

 「・・・。」

 アスミは黙って月読を取り出すと、そっと床に立たせてセット・アップした。

 何故、月読をセット・アップするのか?

 アスミの直感が告げているのだ。

 『何かがいる!』

 と。

 その時、店内と廊下を隔てたドアが開く。

 ハッと振り向いたアスミの目に映ったのは、ジュンであった。

 「フゥ・・・ジュンさんか。 ビックリしたわ。」

 ホッとして胸を撫で下ろすアスミ。

 「何か・・・嫌な予感がして・・・。」

 ジュンは、改修の終わったばかりのZEROを手に、薄暗い店内に鋭い視線を向けながら答える。

 「あなたも・・・。」

 アスミは、自分と同じ様に『何か』の存在を感じ取ったジュンから目を離し、同じ様に店内に視線を戻す。

 その時。

 キ・・・カサカサカサ・・・。

 今度は、ハッキリと聞こえた。

 月読は迷う事無く、音のした方向に向かって走る。

 「気をつけて・・・。」

 ジュンは押し殺した声で言うと、自らも『ZERO−X』をセット・アップする。

 やがて、出入口に達した月読の擬似網膜が、そのガラス扉を映し出す。

 「あ・・・。」

 月読から送られてくる画像をモニターしていたアスミが、息を呑む。

 確かに掛けたはずの鍵が、開いていたのだ。

 その画像を見て、アスミは思い出した様にカウンターだけでなく店内全ての照明スイッチに手を伸ばした。

 

つづく

 

〜あとがき〜

 今回も色々なキャラ登場。

 中村氏は、ピーの『黒き帝王』に登場する、JPWAのナカムラ氏の弟にあたります。

 小田島氏とミサトちゃんは、秘密。

 ザイツェフは、WWU当時に実在した旧ソ連の伝説的スナイパーから名前と雰囲気を拝借。

 ジュード・ロー主演の映画『スターリングラード』観ましょう!

 『ハムナプトラ』に出ていたレイチェル・ワイズも出てるし、ドイツの老スナイパーとの攻防もあるし、スナイパーものとしても傑作。

 ドラグノフは、旧ソ連のスナイパー・ライフルから名前を拝借。

 その姿は『レッド・ブル』のシュワルツェネッガーあるいは『バイオハザード2』のTです。

 

※DORAGUNOV

 旧ソ連で1960年代後半に完成したとされる東側を代表するスナイパー・ライフル。

 ベトナムでの試験運用中に、西側に捕獲されてその存在が明らかになった。

 当時から極めて完成度が高く、現在でもほとんどその姿を変えずに世界各国で使用されているという。

 AK47アサルト・ライフルに似たフォルムを持ち、高い耐久性と対候性を誇る。

 また、スナイパー・ライフルとしては軽量(約4.3kg)に作られているのが特徴で、長期間に渡って単独行動を行うのに好都合な仕様となっている。

 

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