オリジナル・ストーリー「蒼き疾風」

 

第29話「地下〜Act4」

 試合前に十六夜を指名してくるクライアントとは、一体何者なのか?

 脳裏に様々な人物像を思い浮かべながら、マサキはVIP席へと足を踏み入れた。

 「こんばんわ♪」

 「はう!」

 そのクライアントに会った途端、マサキは軽い眩暈を感じてコメカミを押さえる。

 厳つい顔ばかり思い浮かべていたマサキの予想は、完全に裏切られた格好だ。

 しかも、軽く小首まで傾げてニッコリ微笑んでいる!

 その微笑みの主、マサキと十六夜のクライアントは、栗色のウェーブがかった髪の少女であった。

 「こここ、こんばんわ・・・。」

 マサキは、明らかに動揺している。

 「ヒヒヒ・・・。 それじゃ、せいぜい頑張んな。 ヒヒヒ・・・。」

 セムシはそう言うと、マサキの肩をポンと叩いて、姿を消した。

 「ふう・・・。 君がクライアントなのかい?」

 マサキは気を取り直して、少女に話し掛ける。

 「はい♪ 私の名前は小田島ミサトって言います。 あなたのプラバトラー・・・十六夜を一目見て判ったの。 それで、今夜はあなた達と組みたいってパパにお願いしたんです。」

 小田島ミサトと名乗る少女に一体何が判ったのか、マサキにはさっぱり判らなかったが、今夜のクライアントはこの少女に間違い無さそうだ。

 「それで、君の・・・その、パパは?」

 「今、大事なお話があって、席を外しています。」

 「そう。」

 「あ。 気が付かなくて、ごめんなさい。 立ってるのも何ですから、こちらに・・・。」

 ミサトは自分の隣のソファをポンポン叩く。

 「はいはい。」

 マサキはミサトの父親が戻るまで、言われるままに座って待つ事にした。

 「あの・・・。 十六夜、見せてもらっていいですか?」

 おずおずと尋ねるミサトに、マサキは温和な微笑を向けて頷くと、PCから十六夜を取り出す。

 コトリ・・・。

 テーブルの上に置かれた十六夜を、色んな角度から眺めるミサト。

 「通常モードで動かしてみよう。」

 マサキのPCから、十六夜に内蔵されたAASCに通常モードの命令が伝えられる。

 十六夜の全身が稼動状態に入り、各関節が安定した姿勢を保つ。

 「わぁ♪」

 無邪気に喜ぶミサト。

 「あ・・・。」

 しかし、ふと気になったのか、そっと十六夜の両手を持ち上げ、先程の闘いで焼け爛れたはずの前腕をくまなく観察する。

 「少し煤けているみたいだけど、あの炎にも耐えるなんて・・・何で出来ているんだろう。」

 十六夜の装甲材質が判らなかったとみえ、ミサトは眉根を寄せて、考え込んでいる。

 「何を考え込んでいるんだい? ミサト。」 

 「あ! パパ。」

 そこへ現れたのは、温和な微笑みを浮かべた紳士然とした男であった。 

 「島村さんですね? 小田島です。 今夜はよろしくお願いします。」

 ミサトにパパと呼ばれた男は、マサキに右手を差し出す。

 「島村です、よろしく。」

 地下のクライアントと呼ばれる人物達の一人としては好印象を抱きながら、マサキは小田島と握手を交わした。

 小田島はテーブルを挟んだ向かいの席に座ると、先程ミサトがしたのと同じ様に十六夜を眺める。

 「なるほど、これはミサトが考え込むわけだ。 ステンレスやチタン、アルミニウム合金でも無い。 例えるなら・・・そう、抜き身の日本刀の様な迫力を感じます。」

 (ぎくっ!)

 十六夜の印象を語る小田島の観察眼の鋭さに、マサキは驚いた。

 「ん? どうかされましたか?」

 「いえ、何でもありません。 それより、これからコイツのチェックをしたいのですが、構いませんか?」

 「ええ! もちろん、結構です。」

 今夜のクライアントである小田島に了解を得ると、マサキはおもむろに十六夜の前腕表面装甲を拭っていく。

 「素敵・・・綺麗な深みのある青。」

 黒い煤が拭き取られ、下から一点の曇りの無い青い装甲が姿を現すと、傍らでテーブルの端にあごを乗せ、その様子を興味深げに見つめていたミサトが呟く。

 「褒めてくれて、どうもありがとう。 こいつも喜んでるよ。」

 チュイイ・・・。

 マサキの言葉と同時に、十六夜がミサトを見下ろしコクリと頷く。

 「すご〜い♪」

 十六夜の動作に喜ぶミサトを見て、マサキも小田島も相好を崩す。

 「今夜はよろしくね♪」

 ミサトは人差し指で十六夜と握手すると、マサキに向かって頷いた。

 「では。」

 マサキもそれに応えて頷くと、手際良く表面装甲の煤を全て取り除き、念入りにチェックしていく。

 「異常は無し・・・と。 ところで小田島さん。」

 全てのチェックを終えると、マサキは小田島に向かって尋ねる。

 「はい?」

 「最初に言っておかねばならない事があります。 私は、あるプラレス・・・いや、プラバトラーを探し出す為にここに来ました。」

 マサキは迷ったが、真の理由を伝えておいた方が良いと感じ、小田島に打ち明ける事にした。

 「『降魔』・・・ですね?」

 「これは・・・御存知でしたか。」

 「はい。 実を言うと、私達も事情があってアレを追っているのですよ。」

 「事情?」

 「今は言えません・・・が、いずれお話します。 ところで、島村さんは何故アレがここにいると?」

 「降魔の出現ポイントは東京に限定されています。 そして地下出身となれば、その数は限られてくる。」

 マサキはこれまでの出現ポイントから予測した考えを伝えた。

 「だが、地下は他にもあります。 今夜現れなければ・・・どうします?」

 「その時は、全ての地下に潜入するつもりです。」

 「気の遠くなる話ですな。 ところで・・・アレを見つけてどうするのです?」

 「わかりません。 しかし、何故かそうせねばならないと感じるのです。」

 実際、その通りだった。

 今にして考えれば、初めて十六夜の設計図を手にした時から、何かが変わったとも思える。

 「運命・・・。」

 「わかりません。 小田島さんはどうなのです? 何故ここに?」

 「私? これは・・・到底信じてもらえないでしょうが、娘のミサトのカンです。」

 「カン・・・ですか。」

 「はい。 これまで娘のカンは外れた事がありません。 その娘が、今夜はここに現れると言っているのです。 そして、あなた達が現れた途端に、娘があなた達と組みたいとも言った。 これも、偶然とは思えません。」

 小田島はあえてカンと言っているが、それは予知能力に間違い無い。

 そして彼自身は、その能力を信頼しているのがマサキには判った。

 「判りました。 私も娘さんの能力を信頼します。」

 「ありがとう、島村さん。 私もあなた達を出来る限りバックアップしますよ。」

 無言で再度握手を交わす2人。

 しかし、それは先程の儀礼的な握手では無い。

 ともに共通の目標を持った者同士の固い握手であった。

 金網に囲まれた円形リングに目を移すと、次の試合が始まると同時に決着が付こうとしていた。

 試合開始と同時に、赤系の奇怪なペイントを施された、マッシブなプラバトラー『アイアン・ファルコン』が、銀色の格子状の仮面、黒い全身に金の縁取りのついた青い胸当てと肩当てが目を引くプラバトラー『隼』に突っ込んで行く。

 それまで腕組みをしていた隼が、ジャンプしてからのカカト落しを見舞う。

 鋭い切っ先の付いた隼のカカトがアイアン・ファルコンの肩口に突き刺さると、アイアン・ファルコンは一瞬震え、隼が離れた時には微動だにしなかった。

 「あぎゃ〜! ファルコン〜!!」

 プラバトラーと同様の奇怪なペイントを施した、巨体のモデラー・ファルコンが叫ぶ。

 アイアン・ファルコンは、隼が離れると同時に直立姿勢のままマットに倒れた。

 「また・・・。 また、カカト落し一発で・・・。」

 アイアン・ファルコンは、『ドラグノフ』と同じく地下常連のプラバトラーであるが、今夜も昨夜に続き、対隼戦で二度目の敗北を喫した。

 「ふう・・・。 この程度の連中、相手にするのも忌々しい。」

 ファルコンの反対側のコックピットで、隼のオーナーである牛神が呟く。

 「な! でけえ口叩きやがって! あのプラバトラーがいたら、てめえの優勝は無かったどころか・・・。」

 「ほう。 ならば、そのプラバトラーを早く呼んで来るんだな。 俺は、そいつに用がある。」

 ファルコンの言葉に、牛神の眼がギラリと光る。

 「なにい! ばっ、馬鹿野郎!! あんな恐ろしい野郎を呼ぶ馬鹿がいるかってんだ!! ・・・て、用?」

 「そう・・・用がある。 その為に俺はここにいる。」

 「てめえ・・・。 そのプラバトラーを潰されてえのか?」

 「貴様には判らん。 貴様だけでは無い、誰にもな。」

 何かを思い出しながら、牛神は遠い目で言う。

 「ふん。 あのプラバトラーはこの地下のマスター・バトラーよ。 最近は表にも出てるらしいが、今夜はここに現れる・・・そんな予感がしてならねえ。」

 赤系のペイントに覆われているが、ファルコンは明らかに青ざめた表情であった。

 「びびってるのか? たかがプラバトラーに。」

 「こう見えても、俺とアイアン・ファルコンは誇り高き地下の戦士だ。 例え敗れても逃げはせん! 闘うとなれば全力を尽くす。 だが、あいつは・・・あいつだけは何かが違う。 あいつはただのプラバトラーじゃねえ。 見ろ!」

 そう言って、ファルコンは顔のペイントを拭う。

 その下から現れた、顔面の中央を横に走る傷跡。

 「その傷は・・・。」

 「アイアン・ファルコンと弟分のアイアン・ビーストが、文字通り目の前で真っ二つにされた時に出来た傷だ。」

 傷跡をポリポリと人差し指で掻きながら、ファルコンが言う。

 「そこまでして、何故ここにいる?」

 「表のルールに縛られた闘いは、俺には合わん。 それに、さっきも言ったろ? 俺達は自分の誇りの為にここにいる。」

 ファルコンの男の顔が、そこにあった。

 「・・・。 先程は失礼な事を言った。」

 牛神は素直に非礼を詫びた。  

 「構わん。 だが、忘れるな! 何日かかろうと、必ずてめえのプラバトラーを倒してやる! おい!ビースト!!」

 「おおよ! ファルコン!!」

 奇怪なペイントに塗りたくられた男達は立ち上がり、マッスル・ポーズをとる。

 そして、同時に雄叫びをあげる。

 「俺達のバトラーはっ! 鋼鉄製だっ!!」

 しかし、やはり聞いている者はいなかった。

 ―――同刻、東京・多摩ニュータウン―――

 「全く・・・やり方がヤラシイわね。 きっとコイツら作った奴って、部屋の壁一面に何本もビデオ・テープがあったりするんじゃないのかしらね〜。」

 アスミがうつむき加減で呟く。

 「どうしよ〜、アスミさん。」

 思わぬ劣勢にジュンがアスミに頼る。

 「・・・。」

 「アスミさ〜ん。」

 「もう怒った・・・。」

 「アスミ・・・さ・・・ん?」

 ジュンはアスミの表情が変化した事に気付いた。

 そう、アスミはキレたのだ。

 「月読! 用意は良くて? あの日、あの時、鬼蜘蛛から救ってもらった時から、あなたの精神も身体も十六夜のモノなの。 誰にも汚す事は出来ない!」 

 アスミの指が凄まじい速さでキーボードを走る!

 それまで苦悶の表情を浮かべていた月読が、赤熱した胸部に照らされて凄まじい笑みを浮かべる。

 その時、アスミは思い出していた。

 10年前の事を。

 ―――――

 父の勤めるテイオウ・グループの技術を結集して創られた、試作プラレスラーのうちの一体である月読。

 対鬼蜘蛛戦での敗北は、月読が弱かったからでは無い。

 試合後、月読の修理をしていたマサキが、月読の内部に眠る回路を見つけてくれた。

 それは、誰もが思い付きそうな、しかし、誰も搭載していない回路だった。

 そして、その後マサキは言った。

 「月読は、ろくなメインテナンスもされていなかったよ・・・。」

 まるで自分のプラレスラーの事であるかの様に、哀しげに話すマサキにアスミは驚いた。

 「わ、私・・・機械には弱くて・・・その、メンなんとかなんて、した事無かった。 ・・・ごめんなさい。」

 その時、アスミは悟ったのだ。

 今日の敗北は、自分自身の月読に対する知識の無さ、そして自分の操作が未熟だったせいだと。

 「謝らなくてもいいんだ。 それを責めるつもりも権利も俺には無い。 けど、これからもプラレスを続けるなら・・・その・・・君さえよければ、一緒にやらないか?」

 「え!?」

 アスミは思わず聞き返していた。

 これまで出会った男達は、自分の事ばかりで、アスミに思いやりを持って接してくれた男は皆無だったからだ。

 もっとも、マサキにはアスミを口説いている自覚は無い。

 ただ、放っておけず口にしたセリフだった。

 しかし、アスミの心は既に傾いていた。

 (この人となら・・・。)

 「い、い、いや。 放っておけなくて。」

 「♪」

 アスミの心は決まった。

 次の瞬間、アスミは無言でマサキの胸に飛び込んでいた。

 ―――――

 以来、アスミはマサキと行動を共にし、プラレスの知識を吸収し、その操作も上達した。

 月読に内蔵されていた回路は、これまで十六夜とのスパーリングで使った事はあったが、公式試合では封印していた。

 普段は作動しないその回路、それを起動した月読が動けるのは3分。

 ヒュン・・・。

 「ギ!?・・・。」

 抜け出せるはずの無い獲物が消えたと認識する間も無く、月読を捕らえていた3体のスコルピオンの頭部が消え失せる。

 時間にして1秒と経っていないであろう、その間に起こった出来事はこうだ。

 赤紫の光に包まれた月読は、左右の2体に捕らえられた両脚をほんの少しだけ捻って出来た空間をすり抜けると、自由になった両脚をスコルピオンの腕に巻きつけてへし折り、完全に自由の身となったのである。

 月読はへし折ったスコルピオンの腕と共に、床へと落下したが、その腕が乾いた音を立てる前に床を蹴り、空中を駆け上る様に腕をへし折られた事にも気付いていないスコルピオンの肩口に乗り、その頭部をもぎ取る。

 そして、舞う様に側転すると次々と同じ様にスコルピオンの頭部をもぎ取っていったのである。

 ゴキン・・・。

 「きゃん!」

 次いで、ZERO−Xを捕獲していた3体の頭部も消え失せ、ZERO−Xは自由の身となって床にぺたんと尻もちを突く。

 ヒュン・・・。

 その時、ZERO−Xは見た。

 赤紫の光に包まれた月読がZERO−Xに微笑んだ後、次々とスコルピオンを倒していく様を。

 「アスミさん! あれは?」

 「月読に最初から搭載されていたアクセラレータよ。」

 「アクセラレータって・・・あの、PCのCPUに付ける?」

 「それのプラレスラー用ってとこかしらね。 月読の処理能力を上げて、それに連動して各関節のモーターも限界まで進角するわ。」

 「す・・・すごい・・・。」 

 「父の作よ。 でもね、欠点があるの。 進角したモーターの要求電流を満たす為に、ほとんどバッテリー直結になるから消費量は半端じゃないし、モーターも焼き付くし、配線もボロボロになるのよ。 その為の3分リミッターね。」

 「じゃあ・・・3分経ったら。」

 「あとは頼むわね。」

 圧倒的な力の前に為す術も無く、12体が作動不能に陥る。

 シュウン・・・。

 「あら残念。 あと少しなのに。」

 残り8体となった時、3分が経っていた。

 アスミのPCにオーバー・ヒートの表示が明滅する。

 倒したスコルピオンの胴体に片脚を乗せ、その頭部を手にした月読が立ち尽くしていた。

 

つづく

 

〜あとがき〜

 ミサトのイメージは『ハリ・ポタ』のハーマイオニーことエマ・ワトソンでお願いします。

 そして、やっと出番が来た『隼』は、仮面ライダーナイト・サバイブな感じです。

 やられ役のファルコンは、すぐ消える予定でしたが、何かいい奴になってしまいました。

 何と言っても、今回は貞操の危機にあった月読が大活躍。

 その月読に内蔵されたアクセラレータの感じは、懐かしいレイズナーのV−MAXがヒントになっています。

 誰もが思い付きそうで、誰も搭載していない回路ですよね。

 なぜか『チャーリーズ・エンジェルズ(邦題はエンジェルだけど、原題は複数形)』の闘いのシーン観て思い付いたんですが、『マトリックス』の冒頭におけるキャリー・アン・モスの蹴りみたいな、ああいう映像、現在の私には文章表現無理ですね。

 月読の超高速攻撃をあんな感じに表現できる様になったら、書き直します。

  

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