オリジナル・ストーリー「蒼き疾風」

 

第30話「地下〜Act5」

 「いや! 怖い!!」

 「どうした、ミサキ。 ミサキ!」

 それまで何事も無かったのに、突然リングを凝視して硬直したまま呟くミサト。

 その肩を抱いて小田島がそっと揺さぶる。

 「あのプラバトラー・・・。 そんな! そんなこと!! 酷いわ・・・。」

 ミサトはそう叫ぶと、カクンと意識を失った。

 「ミサト! 一体、何を見たんだ?」

 そう言って娘を抱きかかえたまま、リングを見た小田島の目に映る1体のプラバトラー。

 それは、今しがたアイアン・ファルコンを文字通り「瞬殺」した隼であった。

 「隼・・・。」

 「う・・・ん。 あ・・・。」

 マサキが呟くのとほぼ同時に、ミサトは意識を取り戻した。

 「ミサト、大丈夫かい? 一体・・・いや、いい。 何か飲み物を持って来よう。」

 小田島は何を見たのか問う事はせずに席を立ち、会場の片隅に設けられたカウンターに向かった。

 「私・・・。」

 小田島が戻るまで、ミサトの様子を見ていたマサキに向かってミサトが顔を上げる。

 「し〜っ。 まだ喋らない方がいい。」

 マサキが制するが、ミサトは話し続ける。

 「私、パパと島村さんがお話している時、何となくあのプラバトラーを見ていたの。 そしたら・・・。」

 「ミサト、これを。」

 ちょうどその時、小田島が席に戻りパック入りのジュースをミサトに手渡す。

 「ありがと。」

 ミサトはジュースを一口含むと、話の続きを始めた。

 その内容は断片的ながら、戦慄すべき内容であった。

 裸電球に照らされた手術台。

 縛り付けられた人。

 麻酔も無しに切り刻まれていく人。

 その映像は、フラッシュの様にミサトの脳裏に浮かんだのだと言う。

 「もう一つ、その映像で印象に残っている事があるの。」

 ミサトは、メモ用紙と鉛筆を小田島に出してもらうと何かを描き始めた。

 「ここがこんな感じで帽子をかぶっていて。 ここはこうなって。 足はこんな靴履いてて。 こうかな?」

 その絵を見て、小田島もマサキも言葉を失った。

 そこに描かれていたのは、紛れも無く旧日本軍の軍服に身を包んだ人間の姿だったのである。

 結局、小田島との間でミサトが見た映像に対する議論を重ねたが結論は出ず、マサキは中途半端な状態で最終予選の舞台に立たねばならなかった。

 相手は、元関取である雷電の『震電』。

 震電は第一次プラレス・ブームの後に、世に送り出された力士タイプのプラバトラーであり、既に市場から姿を消して久しい。

 となると、機体は20年も現役を張っている事になる。

 ちなみにオッズは、6対4で十六夜。

 強敵ドラグノフを破った為に、付けられた評価だった。

 レフェリーのいない、円形リングに立つ十六夜と震電がゴングを待つ。

 そして。

 カンッ。

 何の前触れも無くゴングが乾いた音を立てた。

 その音と同時に飛び出したのは震電。

 間合いも考えず、低い姿勢から両腕を前に突き出して十六夜へと突進してくる。

 「組むな十六夜。」

 十六夜は指示通りに震電との密着を避け、間合いを取る。

 しかし、次の瞬間震電は一段と加速して間合いを詰め、左肩を突き出す。

 「ショルダー・タックル! 速い!!」

 ガシャーン!

 十六夜は、激しい衝撃を胸に受けると同時に弾き飛ばされ、リングを囲む金網に叩きつけられた。

 「つ・・・う・・・。」

 金網の近くに尻餅をついた格好で、頭を振る十六夜。

 「ほほう、まだ動けるか。 十六夜と言ったか。 どうだ、我が角の味は。 古い身体だが、錆び付いてはおらんぞ?」

 のっしのっしと歩みながら、震電が十六夜に近付く。

 「・・・角?」

 「古の昔、相撲は角と呼ばれていた。」

 「ぬ・・・う。」

 ガシャ。

 金網を背に十六夜が立ち上がる。

 「それ、もう一丁!!」

 ガシャアンッ!!

 「ぐはっ!!」

 震電の全体重の乗ったショルダー・タックルと背後の金網が、十六夜を押し潰す。

 2度、3度と立て続けに叩き込まれるショルダー・タックルの衝撃で、金網が外側へと膨らむ。

 「何てえ威力だ。 これじゃ十六夜ってのも・・・。」

 観客の1人が呟く間も、震電のショルダー・タックルは止まらない。

 ガシャ・・・。

 ようやくショルダー・タックルの嵐が止み、反動で床に倒れ込む十六夜。

 「ん? 妙だな。 まだクラッシュせんか。 ならば、これはどうだ?」

 震電は十六夜が倒れているのにも構わず、姿勢を低く構える。

 次いで繰り出される張り手の嵐!

 「フンッ! フンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフン。」

 相手がいようが、いまいが、起きていようが、倒れていようが、全くお構い無し。

 高速で突き出される凄まじい張り手の勢いは、驚くべき事に十六夜の身体を浮かせて金網に釘づけにする。

 「フンッ!!」

 最後に強烈な張り手の一撃を見舞って、2度目の嵐が過ぎ去った。

 「・・・。」

 金網に貼り付けられていた十六夜が、ガクリと膝を突く。

 「ん〜? 何故だ? まだクラッシュせんか。 ならば・・・。」

 そう言って、震電が十六夜に近付く。

 「止むを得ん。 十六夜、MCシステム出力50%・・・。」

 その瞬間、十六夜は両脚を振ってバネだけで飛び起きると、震電が構えるより速く懐に飛び込む。

 「馬鹿め、何を!」

 震電の両腕が、懐に入った十六夜の腰部を掴みにいく。

 いかに素早いプラバトラーだとて、掴めさえすれば投げられる。

 ましてやJr・ヘビーの十六夜など、赤子の手を捻るも同然。

 その心算が震電にはあった。

 事実、何体ものプラバトラーを、その太い両腕で葬り去ってきたのだ。

 「死ねえいっ!」

 震電は十六夜を抱え上げ、そのまま脳天からマットへと打ちつけるつもりであった。

 ギシ。

 だが、その両肘が十六夜の両腕に上へと締め上げられる。

 「ぬ、死にぞこないめ。 貴様ごときのカンヌキ、この震電に通用するものか!」

 しかし、そうは言ったものの十六夜のカンヌキは解けるどころか、ぐいぐいと強さを増してくる。

 「ば・・・馬鹿な! 貴様、その力は尋常では無い!! それに貴様の胸にも、ひび割れ一つ入っておらんでは無いか!! 一体・・・。」

 「・・・すまない。」

 ベキ。

 震電の両肘が、嫌な音を立てて砕けて折れる。

 「ぐ・・・まだだ。 まだ、倒れはせん!」

 両肘から先を失いながら、震電は尚も闘おうと立ち上がる。

 その姿は、FISTのリングで降魔に立ち向かった十六夜の様であった。

 「もう、よせ。」

 十六夜は既に自らのコーナーに戻り、右手を開いて制止しながら静かに言う。

 マサキも、これ以上の試合続行は望まなかった。

 「ならば、止めを差せ!」

 「・・・。」

 「ここのルールなのだ。 『DEAD OR ALIVE』。 わかるな?」

 「・・・承知した。」

 十六夜は顔を上げて答えると、震電に向かって疾走を開始する。

 ギョンギョンギョン・・・。

 加速する十六夜。

 ヒュンヒュンヒュン・・・。

 更に加速する十六夜。

 ヒュヒュヒュ!

 「速い! まるで、青い・・・疾風(かぜ)。」

 観客の1人が、空気を裂いて疾走する十六夜を形容する。

 狙いは一つであった。

 そのリング・ネームである『蒼き疾風』となった十六夜の繰り出した手刀が真空を作り出す。

 まるで本物の刀の様に、研ぎ澄まされた手刀が擦れ違いざまに震電の頸部装甲を切り裂くと、その頸部の電力供給コードただ一本を切断する。

 「見ご・・・ト・・・ダ。」

 十六夜の背後で震電が膝を折り、やがてうつ伏せに倒れた。

 カンカンカン!

 ここで、試合終了のゴングが鳴る。

 結果は十六夜のKO勝ち。

 ウオーン。

 もはや風物詩とも言える光景が、場内で繰り広げられる。

 観客達の叫びが、唸り声となって場内に響き、震電に賭けた者達のチケットが宙を舞う。

 壊れた金網は次の試合の為に、もう交換が始められている。

 喧騒の中、コックピットを後にするマサキの肩を叩く、十六夜に賭けていた観客達。

 その観客達の中から、ザイツェフと同じ様にマサキに近付いて来たのは、雷電であった。

 「『DEAD OR ALIVE』。 この不文律を忘れるな。」

 雷電はそれだけ言うと、擦れ違いざまにマサキの肩を叩いて、観客達の中へと姿を消す。

 叩かれた肩が熱い。

 「・・・。」

 マサキは無言でザイツェフと、そして雷電が叩いて行った肩を押さえる。

 「マサキ・・・闘い方を変えよう。 FISTみたいな闘い方では駄目だと、ドラグノフも震電も教えてくれた。」

 マサキには、十六夜の言っている事が良く判った。

 同じ様に、ザイツェフと雷電に試合を通じて教えられたのだ。

 「わかってるよ、十六夜。 だが、つらい闘いだな。」 

 勝つ度に強敵の想いを心に刻みながら、マサキは降魔との闘いに想いを馳せた。

 内蔵アクセラレータによる脅威的な強さで、12体ものスコルピオンを葬り去った月読。

 そして、作動限界時間の3分を迎え、オーバーヒートにより動けぬ月読を庇うように立ちはだかるZERO−X。

 2人を取り囲む残り8体のスコルピオンが、じりじりと間合いを詰める。

 これでは、ZERO−Xは動けない。

 「ジュンさん、月読の事はいいの。 あなたはあなたの闘いをなさい。」

 その様子を見たアスミは、動けない月読を守る事がZERO−Xの闘いの邪魔になる事を避けねばならないと思った。

 「でも!」

 ジュンは、動けない月読を何としても守りたかった。

 しかし、月読の事を忘れて闘う事が、結果的に月読を守る事になる事を瞬時に悟った。

 「・・・わかった。 ZERO−X! ステルス・モード起動。」

 上半身に羽織ったジャケットの裾が、ロング・コートの様に展開してZERO−Xの足元まで覆い隠す。

 一瞬のゆらめきを残して姿を消したZERO−Xは、側転しながら1体のスコルピオンに接近する。

 タヤマのZECROSSをコピーした男性型のZEROは、これほどしなやかに動けなかった。

 事実、素組みのZECROSSにさえ、敗れる程だったのだ。

 それをSTFにあった、本家タヤマのZECROSSのキットから、大改修を受けて生まれ変わった女性型のZERO−X。

 先程は不覚をとったとは言え、戦闘力は未知数と言えた。

 「ふひゅ!・・・はっ!!」

 鋭い気合と共に、2体のスコルピオンの剥き出しの首関節接合部に的確な打突を決める。

 「ギ!」

 「ガ!」

 「!」

 2体を倒しはしたものの、ジュンはスコルピオンが僅かに反応した気がした。

 ZERO−Xの打突スピードの方が速かった為に正確に決まりはしたが、遅いながらもスコルピオンが回避しようと試みた様に思えたのである。

 「気のせい?」

 言い知れぬ不安が頭を掠める。

 残るは6体。

 横に身を捻ってスコルピオンの肩口へと跳躍するZERO−X。

 だが、そこまでだった。

 即座に別のスコルピオンの振った鋏に、カウンターで叩き落される。

 バチ・・・バチバチ。

 「くう。」

 床に叩きつけられた衝撃でステルス・モードが解け、苦悶の表情を浮かべるZERO−Xが姿を現す。

 「やっぱり熱源センサー!! 見えてるのね!!」

 スコルピオンの使用目的や手段を考えれば、装備していて当然であった。

 床に這いつくばるZERO−Xの背中に、容赦無くスコルピオンの脚が振り下ろされる。

 ガス!

 「がはっ!」

 口から鮮血にも似たオイルを吐き出し、ぐったりとひれ伏すZERO−X。

 万事休す・・・と思ったその時、2体の真紅のプラレスラーがスコルピオンの眼前に立ちはだかった。

 

つづく

 

〜あとがき〜

 冒頭、ミサトの脳裏にフラッシュした映像は、かなりのネタばらし。

 こういうネタを少しずつ散りばめる能力が、私には皆無です。

 伊助くんを見習わないとね。

 何気に、ここの地下の奴っていい奴ばっかり?

 震電の張り手はいつか誰かやると思いつつ、誰もやらないので使いました。

 地下の不文律『DEAD OR ALIVE』があるにしても、潔いのがいいね。

 その点でマサキは、まだまだ甘いですな。

 一方の女性陣は、またもピンチ!

 真紅の2体は、もうわかりましたね。

〜あとがき・2〜

 恒例となった感のある加筆・修正は、決勝トーナメントを先送りして、対震電戦を予選の最後の試合としました。

 後の話との繋がりを考えると、決勝を仕切りなおすのも変な話なので。

 

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