第34話「地下〜Act9」
1
降魔=ディアボロス。
言われてみれば、確かに先程のリング上で、コ・コンガが降魔を「ディアボロス」と呼んでいた。
小田島が続ける。
「AURA−FIGHTERは、中世をモチーフとしたディオラマを舞台に、AURA−FIGHTER同士の実剣による戦闘を想定しています。 我々がゲーム・マスターとなって様々なシナリオを作り、プレイヤーに提供していく。 例えるならば、多人数参加型RPGの立体版とでも言いましょうか。」
AURA−FIGHTER。
それは、中世に似た壮大な異世界を舞台に繰り広げられる、画期的な冒険物語であった。
しかし、TV放映当時の日本には、その後のRPGブーム以降に常識となった、中世と剣と魔法の世界観が定着していなかったのだ。
それに加えて、作り手側も壮大な世界を創造しておきながら、全てを活かし切れず、最後は現代の地上を舞台に終焉を迎える結果となったのである。
言ってみれば、その誕生が早すぎたのだ。
その主役であるAURA−FIGHTERを操っての剣劇!
AURAの部分を、どの様に表現するのかが疑問ではあるが、RPGの新しいカタチになり得る事は、容易に想像できた。
「このAURA−FIGHTERプロジェクトを最初に持ちかけて来たのは、海外でのゲーム開発大手企業として有名なEA社でした。 EA社はご存知の様に、ネットワーク・ゲームの様々なノウハウを持っています。」
「EA社ですか。 意外と言えば意外ですが・・・。 何故、AURA−FIGHTERなんです?」
「我々にとっても意外な申し出でした。 しかし、彼らが言うには物語後半の地上に出たAURA−FIGHTERの無敵ぶりが気に入ったと言う事でした。 それはともかく、ヴァンダイとしてもネットワーク・ゲームのノウハウを得る絶好の機会でしたので、共同で開発に従事する事にしたのですが・・・。」
「『ディアボロス』が奪われてしまった・・・?」
「ええ。 時を同じくして姿を消した、EA社のメンバーと共に。」
「では、EA社が?」
「念の為、我々も内部調査をしてから、EA社に問い合わせました。 しかし、我々の前に現れた社員は在籍していなかった。」
「最初から『ディアボロス』を完成させる事だけが、目当てだったんですね。」
「ええ。 そうだと思います。 『ディアボロス』の開発にあたって、彼らEA社員を名乗るメンバーは『ディアボロス』のベースとなった素体を始め、ありとあらゆる部分まで提供してきましたから。 彼らの提供する技術は目を見張るものでしたよ。」
「それ程の技術がありながら、何故ヴァンダイに?」
「何でも、かつて放映された『AURA−FIGHTER』の地上編が気に入ったらしく、これを再現できるのは、GUN−DOLLで培った装甲の連動と、高い成型技術を持つヴァンダイ以外に無いと思ったらしいのです。」
「それって・・・地上に出たAURA−FIGHTERには現代兵器が通用しないと言う、言わば無敵状態だった頃の話ですか!?」
「よく知ってますね! そこまで再現するのは、逆立ちしても無理でしたが、代わりにGUN−DOLLのサイコミュ再現の為に考案試作されていた、擬似脳波誘導技術を搭載しています。」
「ののの、脳波誘導!?」
「と言っても擬似ですよ。 手間がかかり過ぎる為に、まだ万人向けの量産機に採用できるレベルにはありません。 簡単に説明しますと、操縦者が対象・・・この場合は『ディアボロス』に対して命令を思考します。 それによって生じる脳波パターンをサンプリングし、実際の命令とをリンクさせる。 この作業は、全ての動作に対して行わねばなりません。」
「なるほど・・・。 我々が使用しているキーボードからの命令方式ならば、プログラムの起動方法をユーザー毎に構築できますから、それさえ覚えれば、基本的に誰でも使えてしまう。 しかし、脳波パターンは個人毎に異なる。 そこが、手間のかかる所以ですね。」
「その通りです。 ですから、操縦者に応じたチューニングが不可欠になるので手間がかかりますが、オーナーとして登録された操縦者以外は操作できない事になりますから、セキュリティ面では画期的とも言えますし、何よりも完成させてしまえば、複雑なキー操作無しに、考えただけでプラレスラーを動かす事が可能になる訳ですから、それこそ様々なキャラクターモノに応用がきくのです。」
「ふうむ・・・。」
マサキはそこまで聞いて、ある疑問が脳裏に浮かんだ。
開発には、当然動作テストも行われるだろう。
では、そのテストでオーナー登録された操縦者とは、誰の事か?
「小田島さん、操縦者としてオーナー登録されたのは誰です?」
「クリス・ブラッカイマーと名乗る女性です。 偽名かどうかは、その後の調査でも判明しないのですが、起動テスト毎に採取してあった、彼女の脳波パターンに乱れは見受けられませんでした。 おそらく本名か、もしも偽名であれば、よほど意志の強い女性であろうと言うのが、我々の見解です。」
「何故、そのクリスと言う女性が?」
「開発に携わった全てのメンバーの脳波パターンを測定した結果から選ばれました。 最も安定していて、はっきりとした明確なパターンを記録できたのが、彼女だったのです。」
「クリス・ブラッカイマー・・・。 何故、そして、何の為に・・・。」
「それは我々も知りたい事の一つです。 その為にも『ディアボロス』を取り戻さねばならないのですが・・・先程お話しした通り、セキュリティが万全である上、命令の送受信も高度な暗号化処理に守られている為に、ハッキングを試みましたが失敗に終わっているのです。 そこで、ヴァンダイとしては『ディアボロス』を無傷で取り返す事を諦め、経験あるモデラー・・・しかも、ルールに保護された表ではなく、何でもアリの修羅場を潜り抜けてきた、裏のプラバトラーと闘わせ、作動不能に陥った所を回収させてもらう事にしたのです。」
「責任重大って事ですね・・・。」
つまりは、十六夜を利用しているのだと、本音を語る小田島に苦笑しながら、マサキは、もう一つの疑問について尋ねた。
「ところで小田島さん。 こうした事には、プランは2つ用意するのが常だと思うのですが・・・試作型は『ディアボロス』1機だけですか?」
マサキの問いに、今度は小田島がニヤリと笑いながら答える。
「う! さすがに鋭いですね。 実は、『ディアボロス』と同時に開発していた、もう1機のAURA−FIGHTERがあります。 その名を『サー・ナイト』。 『ディアボロス』の対極に位置するAURA−FIGHTERです。」
「やはり、2プランありましたね? オーナー登録された操縦者は・・・。」
そこまで聞きかけて、なんとなくマサキは『サー・ナイト』の操縦者に気が付いた。
「・・・ミサトちゃん!?」
「その通り。 クリスと同じ様に良好な脳波パターンを計測したのが、私の娘であるミサトだったのです。 あの子の特異な能力を持ってすれば、『サー・ナイト』とミサトのシンクロが、『ディアボロス』とクリス女史のそれよりも良好であるのは自明の理でした。 ですが、ミサトは幼い。 精神疲労度が高くなり過ぎて、高熱を出して寝込んだ事もあるのです。 ですから、出来れば使いたくない。 もし使うのであっても、ここ一番にしか使いたくないと言うのが、実の父親としての身勝手な本音です。」
マサキには、小田島の気持ちは本当によく判った。
同じ立場だったら、きっと同じ様に考えただろう。
「小田島さん。」
「はい?」
「私も十六夜も、決してミサトちゃん達を使わねばならない状態にはしないつもりです。 試合までの間に、少々OSやプログラムの設定ファイルをいじりますので、1試合前になったら声を掛けて頂けますか?」
「島村さん・・・。 わかりました。 よろしくお願いします。」
小田島は、正直驚いていた。
あまりにも身勝手な物言いに、腹を立てられても仕方が無いと、腹をくくっていたのだ。
しかし、マサキは娘の為に、自ら進んで利用されようとしている。
自責の念もある。
だが、今となっては後戻りする事はできなかった。
2
その頃、金網に囲まれた円形リング内では、第1試合で焼け爛れたリングの交換作業終了と共に、第2試合が開始されようとしていた。
第2試合のカードは、『隼』対『エル・マタドーレ』。
この試合のオッズは、4対6で常連のマタドーレ有利となっているが、どちらが勝っても、次に当たるのは降魔である。
交換作業中に一息入れた観客達が吐き出す煙草の紫煙が、モヤの様にリングに漂う中、真新しい床材を踏みしめて対峙する両者。
ダダッ!
そのモヤを切り裂いて、先に仕掛けたのはマタドーレである。
右腕に取り付けられたクローが、照明を反射して鈍く光る。
「ヒョオエ〜!!」
妖しげな奇声を発して、頭上に振りかざしたクローを振り回すマタドーレ。
「・・・。」
無言のまま、これを左右に身を捻りながら、バックステップを踏んで避ける隼であったが、やがて金網まで追い詰められてしまう。
クローが掠めた時に出来たのであろう傷跡。
それは、まるでフィニッシュ・ブローを叩き込む場所にマーキングしているのかの様に、隼のボディに×印に刻まれていた。
「ヒョオ・・・。」
マタドーレが、必殺のフィニッシュ・ブローを叩き込む為、間合いを取る。
「串刺しにしちまえ〜!!」
観客のダミ声が響く。
「オオオオオオオオオー!!!」
その瞬間、隼が身を震わせて雄叫びを上げるや、マタドーレの視界から姿を消す。
反射的に見上げたマタドーレの瞳(カメラアイ)に映る、隼のヒール・クロー。
それは、マタドーレと同じく常連のアイアン・ファルコンを、一撃の下に葬り去っている。
「ヌウ!!」
間一髪、これも反射的にバック転しながら、ヒール・クローの直撃を避けるマタドーレ。
ズガッ!!
マタドーレの元いた位置、交換されたばかりのリングに突き立つ、隼のヒール・クロー。
これを回避したマタドーレもさることながら、驚くべきは隼の柔軟性であろうか。
どんな関節構造になっているのか、隼の両脚はリングに対して一直線に開脚して伸び、俗に言う一本橋でリングに接地しているのである。
突き立ったヒール・クローを認めたマタドーレは、勝機とばかりに金網を蜘蛛のごとくよじ登る。
瞬速で、その頂きに達したマタドーレが何の躊躇も無く、隼に向かってダイブする。
「ヒョ!?」
しかし、マタドーレは視界に隼を捕らえる事は出来なかった。
マタドーレがダイブした瞬間、リングを蹴って跳躍した隼の両腕が、背後からマタドーレの両腕を絡め取り、その首の後ろで組み合わされたからだ。
空中落下式ドラゴン・スープレックス。
マタドーレの必殺技だった。
驚愕の表情を浮かべるマタドーレの耳元に、隼が囁く。
「あばよ・・・。」
スローモーションを見ているかの様に、ゆっくりと天地が逆転して行く。
そして次の瞬間、マタドーレを襲う衝撃。
やがて、光を失ったマタドーレの瞳は、天井に吊るされた照明を映すのみであった。
3
戸口のガラス越しに、今しがた停車した、黒いトレーラーの姿が見て取れた。
ドミニオンが口を開く。
「ご同行願えますか? もちろん、全員で結構です。」
アスミの心を見透かしたかの様に、ドミニオンが付け加える。
危険に巻き込みたくは無いが、ここに残して行くのも不安だった。
「では、まいるとするかの。」
コウゾウの言葉を合図に、各自がそれぞれのプラレスラーをPCに格納する。
アスミは陳列棚から、月読の交換用モーターをケースごと引っ掴んで、皆の後を追う。
表に出ると、ニュータウン通りに停車した巨大なトレーラーの後部ドアが、静かに開く。
次いで、低いモーター音とともに足場がせり出し、アスファルトの路面に接地すると、ドミニオンは先頭に立って全員を招き入れた。
「ほう・・・。」
先んじて足を踏み入れたコウゾウの口から、思わず感嘆の声が漏れる。
淡いブルーの照明に照らし出された空間は、無骨なコンテナ型の外観とは異なって、むしろ潜水艦や空母の艦橋内に近い様相を呈している。
「しばらくお待ち下さい。」
ドミニオンが奥へ消え、代わりに奥から1人の男が姿を現した。
「ようこそ。 私が責任者のライナス・マコーミックです。」
若そうに見えるが口髭を生やし、実年齢不詳のライナスと名乗る男は、コウゾウ達に向かって右手を差し出しながら言う。
「ドミニオンから話は聞いたと思いますが、いかがでしょう。 協力して頂けますか?」
「話によっては・・・な。 それより、わしらを何処へ連れて行くつもりじゃ?」
ライナスの問いには答えず、コウゾウが逆に尋ねる。
「これからJPWAプラレス・スクエア・ガーデンに向かいます。」
「なんと!」
「そこには降魔・・・、ディアボロスがいるのね?」
今度はコウゾウに代わって、アスミがライナスに問う。
「答えはYESです。 そして、我々の欲する十六夜も。」
「ええ、その通りよ。 今夜、夫と十六夜はそこにいます。 でも、何で十六夜が・・・その『HAYATE』なの?」
その問いかけにライナスが答えようとした時、コウゾウが静かにそれを制した。
「ライナスとやら・・・。 何故、ぬしらは『疾風』の名を知っておる?」
「・・・いいでしょう。 質問にお答えする為にも、こちらへ。 時間があまりありませんので、JPWAのプラレス・スクエア・ガーデンに向かいながらで構いませんか?」
やや思案した後、ライナスはこう言って全員を奥へと招く。
「よかろう。」
コウゾウを先頭に、全員が奥の仕切りの中へと進む。
最後にライナスが入ると、それを合図にトレーラーが静かに走り出す。
「これを御覧下さい。」
ライナスはそう言うと、操作卓のキーボードを叩き、一つの映像をモニターに映し出した。
つづく
〜あとがき〜
ようやく第2試合や、ヴァンダイの次なる目論見とか書き終えました。
しかし、随分と長い事、間が空いてしまいましたね。
加筆&修正作業なんかしてたら、書く時間が無くなって困ります。
もっとも、その間にポケモンやったり、GCやったり、しまいにはスーファミまで引っ張り出して
遊んでたりもするんですが(汗
「ゼルダの伝説〜神々のトライフォース」をGBA版発売記念に、スーファミ版を中古で買ってきて
やり始めました(笑)
ファミコン版では挫折したけど、これも「風のタクト」と付録の「時のオカリナ」のおかげですな。
しかし、スーファミソフトって面白いの多いよね〜。
なんか、今時のソフトより新鮮な感じがして、ハマってますわ。
ところで、誰かスーファミの「ステルス」ってソフト知ってる人いない?
ベトナム戦争時の特殊部隊を描いたSLGなんだけど、マニアックさが堪らないゲームなのです。