第35話「地下〜Act10」
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第1試合のディアボロスの様な派手さは無いものの、相手の得意技をもってして2回戦進出を決めて見せた隼が、静かにリングを降りる。
通常のヘビー級プラレスラーやプラバトラーとさほど変わらぬ体型でありながら、ディアボロスと同様に人を寄せ付けぬ雰囲気が漂う。
そのせいか、盛り上がるはずの勝利者への激励も少なかった。
オーナーである牛神の、心に秘めた闘志がギガビットのパルスに形を変えて、パートナーである隼に伝わっているせいであろうか。
牛神の元へと戻った隼がその肩に飛び乗ると、牛神は自らのクライアント席へと姿を消す。
やがて、場内は賭けを主体とした地下ガレージ・プラレス特有の、煙草の紫煙と喧騒の入り混じった独特の雰囲気に包まれていった。
しばらくして、第3試合の開始を告げるコールが響き渡ると、場内の観客からどよめきの声が上がった。
第3試合のカードは『アレックス』対『デス・ドラグーン』。
FISTのサマーカップに出場していたはずの、仲プラの看板を背負ったプラレスラーと、地下と最も似ている「何でもあり」のファイトが身上のプラレスラー同士の対戦である。
地下にあっても、一部のハンドメイド・プラバトラーを除いて、出場してくるプラバトラーの中には、市販のキット・プラレスラーを地下用に改造して挑んでくる者もいる。
そうした者にとって、日本におけるプラレス創生期に第1回プラレス大会の中心的役割を担った仲プラの看板は憧れに近いものがあるのだろう。
今もって、その仲プラの特別会員達のレベルは高く、その一人である矢口とアレックスの能力は計り知れなかった。
両者が金網に囲まれた円形リングに姿を現すと、会場内の観客達のボルテージが上がっていく。
やがて、波が引く様に静まり返った場内に、試合開始を告げるゴングが響き渡った。
キュイイイイイイイッ!
その足元から、リングを削り取らんばかりの金属音と、摩擦によって生じた火花を飛び散らせて、デス・ドラグーンがアレックス目掛けてダッシュする。
タカダのMTシリーズに共通して与えられているローラーダッシュ機構だ。
足裏の滑走用車輪をコイルとし、リングに生じる磁気を利用して滑走するこの機構は、一種のリニア・モーターと言えよう。
瞬く間にアレックスへと接近したデス・ドラグーンが、その左腕に取り付けられた盾を前方に突き出す。
盾の先端から、鋭く光るパイル・バンカーがアレックスに狙いを定めていた。
一撃必殺。
その言葉が最も相応しいデス・ドラグーンのパイル・バンカーが、電光を発して射出される。
「一撃で決めさせてもらう・・・。」
デス・ドラグーンのオーナーであるロウが呟く。
対してアレックスのオーナー矢口は目を閉じたままだ。
腕を組み、微動だにしないアレックスの目前に、電光石火の勢いで迫るデス・ドラグーンのパイル・バンカー。
ズァッ!
その切先がアレックスを刺し貫いたと、誰もが確信した瞬間、アレックスは目にも止まらぬ速さで、デス・ドラグーンの頭上へと跳躍していた。
ストローク一杯まで伸び切り、スプリングの力で元の位置にリセットされるパイル・バンカー。
ビュウン・・・。
アレックスの姿を探して、デス・ドラグーンの頭部バイザーに取り付けられたセンサーが光る。
そのセンサーが、空中で身を翻して迫り来るアレックスを捕捉する。
片腕に4基づつ、両腕で計8基の姿勢制御ホバーと、背中に取り付けられた4基の大口径メインホバーを全開噴射させて、アレックスはパイル・バンカー発射の反動によって一瞬の隙ができたデス・ドラグーン目掛けて急降下してきたのだ。
空中で加速しながら急降下したアレックスは、さらに両腕の姿勢制御ホバーを利用して回転しながらデス・ドラグーンへと迫る。
両腕を伸ばして揃えた空中姿勢は、第1試合のディアボロスを彷彿とさせるが、この試合で見せるシャープな動きは、古いプラレス・ファンの記憶の中にある、あるプラレスラーの姿と重なり合った。
「あれは・・・。 まるで、エル・・・。」
そう呟いた観客の声が、たちまち会場の歓声にかき消された。
アレックスの両手刀がドリルと化して、デス・ドラグーンの目前に迫った瞬間であった。
デス・ドラグーンのボディが、アレックスの落下速度より速く沈み込み、次いで落下点から完全に姿を消したのである。
目標を見失い、マットを削りながら着地するアレックス。
膝立ちの姿勢から、立ち上がりながら振り向いたアレックスの前方で、デス・ドラグーンもまた奇妙な姿勢から立ち上がろうとしていた。
「降着・・・。」
デス・ドラグーンは、タカダのMTならではの『降着』と呼ばれる姿勢を取ったまま、後方にローラーダッシュしたのである。
ガシャコン・・・。
膝のシリンダーが伸縮し、デス・ドラグーンのボディが元の位置に復帰する。
キュイイイイイ!
そのボディが完全に元の位置に戻るのを待たず、デス・ドラグーンは円形リングの外周に沿って、反時計周りに滑走を始める。
ギャリイン!!
ほぼ半周し、ロウの座るコックピットの正面まで来た時、デス・ドラグーンは左脚のターンピックをマットに打ち込み、直角に方向を変える。
その正面には、両手を腰に当てて、真っ直ぐにデス・ドラグーンを見据えているアレックスがいた。
ゴウン・・・。
その時である。
デス・ドラグーンの人間で言えばフクラハギに該当する装甲板が跳ね上がり、内部からノズルの付いた補助車輪が姿を現す。
ジェット・ローラーダッシュ機構であった。
数秒の間を置いてノズルから噴射される炎は、ジェットというよりロケットと言った趣である。
それは、十六夜が予選で対戦したドラグノフの両腕に取り付けられたモノと同種のモノであろうか。
更なる加速を得て、瞬く間にアレックスへと迫るデス・ドラグーン。
対するアレックスに目を移した観客は、その目を疑った。
あろうことか、アレックスは自ら金網に跳び、その反動とエア・ノズルの推力をもってデス・ドラグーンに向かって飛翔していたのである。
両者の相対速度では、並みのプラバトラーならばクラッシュは必至、こうした闘いに慣れているデス・ドラグーンに一日の長があろう。
これまでの試合では、グラウンド主体の攻撃を仕掛けてきたアレックスが、この試合2度目の空中殺法を試みる理由は何であろうか。
ギイイイインッ!
ほぼリングの中央で激突する両者。
ギュル・・・スタ。
予想通り、デス・ドラグーンにはじき飛ばされたアレックスであったが、器用に身を捻ってマットに着地する。
異変は、リング中央で停止したデス・ドラグーンに起きた。
ゴトリ・・・。
前方に突き出された左腕から、半円形の盾がパイル・バンカーごとマットに音を立てて落下する。
アレックスの狙いは、これであった。
脅威的な破壊力を持つパイル・バンカーを装備したデス・ドラグーンに対して、うかつな接近戦は死を意味する。
それ故に、己の制御し得る速度と、デス・ドラグーンの滑走速度を利用して、デス・ドラグーンの必殺兵器たるパイル・バンカーが内蔵された、盾の取り付け部分を破壊したのであった。
元来、タカダのMTシリーズは、構造上の理由からプラレスラーやプラバトラー程の柔軟性は有していない。
その為、組み合っての投げ技も立ち技もレパートリーは限られている。
それを補う為に装備されたのが、両腕の前腕に設けられたアーム・パンチであり、アイアン・クローであり、パイル・バンカーなのである。
パイル・バンカーを失った現在、デス・ドラグーンに残された戦力は限られている。
しかし、それでもロウは諦めていなかった。
一歩一歩、アレックスに歩み寄るデス・ドラグーンが、間合いに入る。
アレックスと組み合う瞬間、デス・ドラグーンの右肘から先が電磁コイルによって伸縮し、アーム・パンチ機構を利用してアレックスの後頭部に手をかけて引き戻す。
ガッ!
そして、そのままココナッツ・クラッシュに持ち込むデス・ドラグーン。
ビシイッ!
マスクにヒビを入れられながらもマットには倒れず、前方宙返りで難なく着地するアレックス。
「!」
その瞬間である。
アレックスは恐るべき速さでデス・ドラグーンの背後に立つと、間髪入れずにデス・ドラグーンの箱を組み合わせた様な上体に腕を回して、後方へと投げ落とす。
ズドオン!
リングを揺らしてマットに大の字になるデス・ドラグーン。
「まだまだあっ!」
ロウの叫びと共に起き上がろうとする、デス・ドラグーンのセンサーに映る天井の照明。
「ブブ・・・?」
その照明の中に割って入る影が、デス・ドラグーンの最後に『見た』光景となった。
間髪入れず、デス・ドラグーンの喉元に叩き込まれたアレックスのギロチン・ドロップが、センサーの取り付けられた頭部のバイザーを刈り落としたのだ。
成す術も無いデス・ドラグーンの頭部に空いた覗き窓に手を掛けて、強引に立たせるアレックス。
その腕にデス・ドラグーンの頭部を抱え、得意のジャンピング・ネックブリーカー。
ガシャア・・・。
「・・・。」
マットにうつ伏せて横たわるデス・ドラグーン。
立ち上がったアレックスは、腕に抱えたままのデス・ドラグーンの頭部をマットに落とし、悠然とリングを後にするのであった。
2
「島村さん、いよいよですね。」
第3試合の様子をVIP席で観戦していた小田島が、調整に没頭するマサキに声を掛ける。
「ふう・・・間に合ったか。」
マサキは、OSの操作系における無駄を省く作業を終え、顔を上げる。
「アレックス×デス・ドラグーン戦は・・・アレックスの勝ちですか。 アレックスの闘い振りはどうでした? グラウンドが得意な様ですが。」
その言葉に小田島はかぶりを振る。
「とんでもないプラバトラーですよ、あれは。 グラウンドどころか、全てにおいて無駄が無く、且つスピードもある。 まるで、かつてのウラカンを見ている様でしたよ。 もっともフィニッシュは違いましたがね。」
「ウラカン・・・。」
マサキの脳裏に疑念が浮かぶ。
実際に目にする機会は無かったが、今から20年前に開催されたプラリンピアにおいて、F型(最終型)ウラカンが出場していたと言う。
しかし、それを最後に目撃された例は報告されていないはずである。
「アレックスが何であれ、次の試合に勝たない事には。」
その疑念を打ち消すかの様にそう言うと、マサキはPCを閉じて立ち上がる。
無言で小田島に頷いて、リングに向かうマサキ。
シュタ。
そして、その肩に飛び乗る十六夜。
「そうですね・・・。 では、お願いします!」
小田島も気持ちを切り替える様にして、マサキをVIP席から送り出すのであった。
―――――
もう何度目になるのだろうと思いながら、マサキは目の前のリングを見つめて足を進めていた。
スタミナには自信があったが、会場の雰囲気に呑まれているのか、体力の消耗は以外に激しい。
大体、今は何時なんだろう。
そう思って、左腕にはめた愛用のG−SHOCK・DW5000を見ても、それ程時間が経っている訳では無いのだが、ひどく長い時間ここにいる様な、そんな気がしていた。
派手な壊し合いが続く地下の試合ペースは思ったよりも速く、夜の開催と相まって時間感覚を狂わされているのかも知れない。
そんな事を考えながらリングに近づくと、リングを取り囲んでいた観客達の何人かが、それに気付いて道を空ける。
そうして観客達が左右に分かれて出来た道に足を踏み入れると、両側に様々な面持ちの観客の姿が目に入った。
何を考えているのかわからない、無表情な者。
じっと、こちらを見据えている者。
何かを叫びながら肩を叩く者。
強引に握手をしてくる者。
明らかにFISTとは異なる客層である。
疲労のせいか、ここまで来るのがひどくゆっくりと感じられたが、リングを取り囲む金網に設けられた出入口をくぐり抜け、ようやく見慣れたコックピットへと辿り着くと、マサキの感覚はいつも以上に研ぎ澄まされていた。
いつもの様にコックピットにPCをセットし、着座するマサキ。
その肩口から十六夜が跳躍し、マットに降り立つ。
間も無くトーナメントの第4試合、相手は予選で姿を消したアイアン・ファルコンのタッグ・パートナーでもあるアイアン・ビースト。
そのアイアン・ビーストが、十六夜の対面にその巨大な姿を現した。
3
モニターに映し出された映像は、何の変哲も無いプラレスラーの設計図であった。
「これが・・・『HAYATE』なの?」
トレーラー内の空いているテーブルを勝手に陣取って、月読の焼き付いたパーツを交換していたアスミが問う。
何となく十六夜の設計図に似ている様な気もするが、その設計図はマサキのPCのハードディスクに記録されたモノで、彼らがハッキングでもしない限り入手は不可能なはずである。
何より決定的に異なる点は、今見ている設計図がモニター越しでも古びた印象である事だ。
「いいえ。 これは・・・」
ライナスがアスミの問いに答えようとした瞬間、コウゾウが拳を握り締めて呟いた。
「これは・・・『隼』。」
その呟きに、全員がコウゾウを振り返る。
「その通りです。 我々は古い慣例に従って、『オスカー』と呼んでいますがね。 そして、この『隼』こそ、モデラーが自作したハンドメイド・プラレスラーを除く、各メーカー製プラレスラーの原点中の原点なのです。」
「ええ〜っ!?」
コウゾウを除く全員が驚きの声を上げる。
到底信じられない様な話であった為、ライナスの言葉を即座に理解する事は不可能であった。
「古くから、我々の祖国に限らず、各国においても、軍主導によって人型兵器開発計画が秘密裏に行われていました。」
ライナスは全員の顔を見回してから、そう切り出した。
「米国の主な開発施設は、主にニューメキシコ州の砂漠地帯に存在するのですが、一般には公表しておらず、そんな施設は存在しないと政府も発表しています。」
その言葉にジュンが反応を示す。
「もしかして・・・ロズウェルのエリア51?」
ライナスはジュンの言葉に頷きながら、話を続ける。
「その通りです。 そして、そこで開発された人型兵器は、制御技術が未熟だったこともあってか暴走を繰り返しては人目に触れ、宇宙人目撃談となって噂が広まったのです。 それ以後、1980年代に入って、日本の牛神と言う一人の技術者からマイクロ・ウェポンたる『隼』の技術がもたらされるまで、フル・スケールの人型兵器開発は自粛されたのです・・・。」
「・・・。」
ライナスの話に、言葉も出ない一同。
「『隼』の技術は画期的なモノでした。 1/6スケールであれば暴走しても施設外で人目に触れる危険性も減り、万が一人目に触れても新しい玩具であると言えば、目撃者の目を欺く事が可能だからです。 そして、何と言っても当時成し得なかった二足歩行技術に、開発者達は感嘆したのです。 そして・・・。」
「そして?」
「『隼』を元に、米国で開発されたマイクロ・ウェポンは、開発したロッキードによって『X−80』と名付けられ、『隼』との徹底的な比較検証試験が行われました。 その最終試験は、あろうことか『隼』との格闘戦です。 言わば史上初のプラレスが行われた訳ですが、現在ほど技の研究がなされていなかった当時の事、そのプラレスは壮絶な殴り合いに終始したと聞いています。」
「は〜・・・。 もう、何が何だか・・・。」
あまりにも突拍子も無い話であると同時に、あまりにも膨大な情報量のせいで、コウやユウは言うに及ばず、アスミもジュンも頭の整理がおぼつかない。
そこで、ライナスは一区切り置いて続ける。
「そして、その最終試験の勝者は『X−80』でした。 敗れた『隼』が、その後どうなったのかは判明していません。 ですが、おそらくロッキードの開発チームは、『隼』の技術を利用するだけ利用して、利用価値が無くなったと同時に捨てたのでしょう。」
「じゃあ、その牛神って言う技術者も?」
ジュンの問いに、ライナスが頷く。
「その後、どうなったのか・・・。 我々の情報網を持ってしても判明しませんでした。」
「そんな・・・。」
口に両手を当てて、絶句するジュン。
「こうして人型兵器開発の基盤を得た米国、そしてロッキード社は『X−80』を発展させると同時に、デチューン・バージョンを新しいホビーとして米国内に広め、プラレスの基礎を築いたのです。 目的はもちろん『X−80』に利用できる新たな技術の開発にあります。」
そこまで話終えたライナスは、水差しからコップに水を移して口に含む。
そして、再度操作卓を操作し、異なる映像を映し出した。
「そうしてフィードバックされた技術の粋を集めて完成したのが、この『X−2000』と呼ばれるモデルで、1983年代当時、エレクトロニクス技術先進国であった日本の各メーカーにサンプル素体として配布され、現在に至る日本のプラレスの原型になったと言われています。 もちろん、目的は更なる技術革新である事は、言うまでもありません。」
「そ・・・そんな・・・。 そんな事って・・・。」
誰もが耳を疑わずにいられなかった。
それ程、ライナスの口から語られる話は、驚愕すべき事柄であったのだ。
つづく
〜あとがき〜
またまた、自分的プラレス解釈爆発。
しかも、いつもの話より長いし。
もう、ばりばりネタばらしてますね。
原作では世界的なプラレス創生のエピソードなんか無かったので、勝手に考えたのですが、どうにも途方も無い話になってしまいました。
次回もネタばらしです。