オリジナル・ストーリー「蒼き疾風」

 

第36話「地下〜Act11」

 「十六夜! セットアップだ!!」

 マサキがCTR+ALT+Sキーを同時に押下すると、PCカードスロットの十六夜専用発信機から、十六夜の受信機にテラビットの転送速度で「セットアップ」の命令を記述したプログラムが伝えられる。

 プログラムの内容は非常にシンプルだが膨大なデータ量で構成され、一つの動作毎に各関節に割り振られたコード+角度+スピードが全関節に対して1行に記述されており、複雑な動作になればなるほど、記述された行が増えていく仕組みだ。

 それを受信した十六夜は、メモリーに蓄えられたプログラムに記述された命令を、1行目から順序良く実行していくのだ。

 AASCも同様に処理されているが、基本動作のプログラムをROMとして持っている点が異なる点と言えよう。

 このAASC以外のプログラムの記述こそ、各モデラーの個性がプラレスラーに反映される要因であり、腕の見せ所でもあるのだ。

 今回、マサキが十六夜のOSを調整(!)したのもこの為で、以前のステッピング・モーター用をベースに組み立てられたプログラムを、更にMCシステム用に改良したのである。

 セットアップ・プログラムを終え、佇む十六夜の前で、アイアン・ビーストもセットアップ終了を告げる咆哮をあげる。

 「うう! 何時見ても、でかい!!」

 そびえる様に立つアイアン・ビーストを見て、観客の一人が感嘆の声を上げる。

 Jr・ヘビーである十六夜と比較するのだから、余計にアイアン・ビーストが大きく感じられるのであろう。

 背丈は、タイラント以上であろうか。

 「ウッ!ハー! そんなちっちぇ〜プラバトラー、軽く一捻りよ! ハー!!」

 奇怪な緑のペイントに彩られたビーストが叫ぶ。

 マサキは、PCのモニターに別ウインドウを開き、アイアン・ビーストの経歴を表示する。

 「コイツは凄いな。 負けも多いが、勝った試合は全て相手が作動不能・・・と。 極め技は・・・ベア・ハッグばかりだな。」 

 カン。

 ギョム・・・シュン!

 トーナメント第4試合の開始を告げるゴングが鳴ると同時に、瞬発力を活かしてアイアン・ビーストの懐に飛び込む十六夜。

 「ムウ!」

 何の予備動作も無く、瞬時に目前に迫る十六夜を認め、アイアン・ビーストが反射的に両腕を伸ばす。

 「ガー!!」

 その両腕に十六夜は無く、素早く背後に回り込んだ十六夜の気配に、アイアン・ビーストが雄叫びをあげて、振り向きざまの右裏拳を見舞う。

 この巨体を背後から投げんと組み付いていた十六夜であったが、止むを得ずアイアン・ビーストの右拳を両掌で受け止め、威力を相殺すべく左に跳躍する。

 ギョム。

 裏拳のダメージは皆無と見るや、素早く両脚をマットに着け、両掌で掴んだアイアン・ビーストの右腕を反時計方向に捻り上げる。

 「ヌ・・・ガッ!」

 ギシリ・・・。

 悲鳴を上げるアイアン・ビーストの右腕。

 いかにプラバトラーと言えど、人間と同じ様に可動限界は存在する。

 確かにパーツだけで考えれば、360度回転も可能であろうが、そんな事をすれば内蔵されたパーツや配線が捻じ切れてしまうだろう。

 背後で右腕を捻り上げる十六夜を感じながら、アイアン・ビーストは己の右肩を左掌で叩く。

 直後、アイアン・ビーストはその巨体からは信じられない柔軟性で、右肩を軸に前方宙返りをやってのけ、右腕を掴んでいた十六夜の左腕を左掌で掴むと、アーム・ブリーカーの体勢に入る。

 「ムン!」

 アイアン・ビーストの両腕が強引に十六夜を宙に浮かせ、一気にその肩口に十六夜の左肘を乗せる。

 しかし!

 ズドォン!

 十六夜の関節が砕ける音を確信して技に入ったアイアン・ビーストは、自らの頚部に滑り込んでくる青い物体と、次いで己の右腕が右側に大きく開かれていくのを感じ、戦慄した瞬間、マットに仰向けに倒れていた。

 「バ・・・バカナ! コノ俺サマガ・・・。」

 変型の跳び付き逆十字。

 左腕クラッシュ必至の状況で、十六夜もまた攻撃に転じていたのである。

 あの瞬間、頚部に滑り込んできたのは、十六夜の左脚だったのだ。

 完全に極まった逆十字によって、再度悲鳴を上げ始めるアイアン・ビーストの右腕。

 バチッ!!

 その瞬間、弾かれた様にマットを転がりながらアイアン・ビーストから離れる十六夜。

 「何? 何があったんだ!」

 十六夜の状態をPCに表示する様々なウインドウの中に、異常な数値を示すグラフがあった。

 「これは!」

 マサキが食い入る様に見つめるのは、電圧表示である。

 「グフウ・・・。」

 ゆらりと立ち上がり、マットに尻餅をついた状態の十六夜に近づくアイアン・ビースト。

 「く・・・。」

 何故か四肢に力が入らず、立ち上がる事さえままならない十六夜。

 「ホウ、マダ動ケルトハナ。」

 アイアン・ビーストは、動けぬ十六夜を掴むと、膂力にモノを言わせてその巨大な胸に十六夜を抱く。

 「しまった!! ベア・ハッグがくるぞ、十六夜!!」

 作動不能箇所の原因を探しながら、その合間を縫って脱出を試みさせる。

 「フン!」

 バチバチ!!

 「うがあああああああああああああ!」

 悶絶の叫びを上げる十六夜。

 「十六夜!!」

 異常な数値を刻々と示す十六夜の状態モニター。

 アイアン・ビーストの武器は、大容量バッテリーからの放電による電撃であった。

 十六夜はMCシステムを用いる為、外部からの影響を受けない様に完全な絶縁防磁シールドを備えているが、これ程の大電流は想定外である。

 ガシャ!!

 ダラリと四肢を伸ばし、微動だにしない十六夜の右腕を掴み、アイアン・ビーストは子供がオモチャを投げつけるかの様に、2度、3度と金網へと叩きつける。

 「ガー!!!」

 マットに崩れ落ちる十六夜を尻目に、雄叫びを上げてガッツポーズで観客にアピールするアイアン・ビースト。

 ヴー!!

 観客のブーイングにも丁寧な会釈をして応える余裕すら見せている。

 轟!!

 と、そのブーイングが歓声に変わる。

 ガッツ・ポーズで上げた両腕をゆっくりと下ろしながら、アイアン・ビーストが振り向く。

 そのカメラ・アイに映ったのは、懐から迫り来る十六夜の右拳であった。

 グワキーン!!

 派手な衝撃音と共に十六夜の昇竜拳が炸裂し、アイアン・ビーストの巨体がマットから浮き上がる。

 ガクガクと膝をつき、下顎にヒビを入れられながらも辛うじて転倒を免れたアイアン・ビースト。

 「キ・・・貴様。 動ケヌハズデハ?」

 当然の問いである。

 アイアン・ビーストの電撃は、これまで何体ものプラバトラーをクラッシュに追い込んで来た。

 ほとんどのプラバトラーが、過電流によるバッテリー・オーバーロードやモーターの焼き付き、CPUのショートによって再起不能となっているのだ。

 20年も前に作られたとは言え、アイアン・ビーストにはトロール型としての誇りがあった。

 「生憎だが・・・。」

 十六夜は、それだけ言うと膝立ちになったアイアン・ビーストの頭部に手を掛けて引き寄せ、両大腿部に挟み込む。

 バチッ!

 再度、電撃を見舞うアイアン・ビースト。

 しかし、同じ技が通じるはずも無く、瞬時に復旧する十六夜。

 「それは、効かない。」

 そう言って、十六夜は自身の倍以上もある胴体に両腕を回す。

 「ナ・・・マサカ! コノ、俺ヲ!?」

 そのまさかであった。

 「うおおおおおりゃあ!」

 気合一閃、十六夜の膂力によって、アイアン・ビーストの巨体が逆さまに宙に浮く。

 「十六夜! ライガーボムだ!!」

 マサキの指がキーボードを叩くと、十六夜はアイアン・ビーストもろとも宙に跳んだ。

 やがて、上死点に達した十六夜は、両膝裏をアイアン・ビーストの両脇から両腕に掛けて落下する。

 ドゴン!

 鈍い音と共にマットが砕け、十六夜が離れたと同時に仰向けに倒れるアイアン・ビースト。

 その衝撃によって、アイアン・ビーストの身体がスパークする。

 バチ・・・バチバチ。

 破損した回路によって勝手に電撃が放たれ、次いでアイアン・ビーストは青白い光を放ち・・・やがて沈黙した。

 「お疲れさん、よく頑張ったな。」

 勝利を手に、戻って来た十六夜に語り掛けるマサキ。

 リングの反対側では、ビーストに賭けていた観客とビーストの間で小競り合いをしている様だ。

 「それにしても・・・危なかった。」

 ほっと息をつくマサキ。

 十六夜は、絶縁防磁シールドを装備しているのは先に述べたが、MCシステムの構造上の理由で消磁機能も持っている。

 アイアン・ビーストの電撃で、MCシステムのシリンダー内に強力な磁界が形成されていた為、作動不能に陥りはしたが、これに気付いて全身の消磁を行った為に、危機を脱する事が出来たのであった。

 ギョウン。

 十六夜と共にリングを後にしたマサキは、聞き覚えのある駆動音に思わずリングを振り返る。

 そこには、次の試合でアレックスと対戦する、降魔ことディアボロスの姿があった。

 「十六夜・・・。 ナカナカ楽シマセテクレル。 ダガ、次ハドウカナ?」

 砕け散ったリングの破片を弄ぶディアボロスが十六夜を挑発する。

 「何とでも言え! プラレスを貴様らのいい様に利用させはしない!」

 マサキの肩口で、そう言って食い下がる十六夜に、ディアボロスが破片を投げてよこす。

 パシ。

 その破片を受け止めて、片手で難なく砕く十六夜。

 「フ・・・。 楽シミニシテイルゾ! フハハハハハハハ!」

 笑い声を残して、リングの反対側へと歩み去るディアボロスの姿をかき消す様に、リングの交換作業が開始される。

 内に秘めた闘志を胸に、その場を後にするマサキと十六夜。

 だが、ディアボロスとの対戦の前に、未知の強敵が立ちはだかっている事を忘れてはならないのだ。

 次の相手は、謎多きプラバトラー・隼であった。

 「これで、現在皆さんが置かれている状況は、おおよそ御理解頂けたと思いますが・・・」

 「ちょっと待ってよ。 始まりはライナスさんの言う通りかもしれない・・・そうかもしれないけど・・・。 でも! プラレスが、兵器開発の為のモノだなんて思わない!」

 ライナスの口から語られた事実に、異を唱えたのはコウである。

 「この前、父さんは言ってた。 どんなモノでも、全ては使う人間次第なんだって。 僕は絶対に雷牙を兵器なんかにするもんか!!」

 幼いながら、的を得たその理屈にライナスは言葉も無い。

 「全くその通りじゃな。 料理に使うのに欠かせない包丁も、使い方次第で凶器になるし、今乗っておる車だとて、一瞬にして人の命を奪う凶器足り得るのじゃからのう。  昔から言うでは無いか、『ある時は正義の味方、ある時は悪魔の手先、敵に渡すな大事なリモコン』とな。」

 「それは鉄人。」

 とマニアなジュンの突っ込み。

 「おお! ナイスな突っ込みじゃな。 ところで、ライナス。 何度も聞いて済まぬが、ぬしらが『疾風』を知っておる理由を聞かせてもらっておらんぞ?」

 コウゾウは、ライナスに向き直って尋ねた。

 「おっと、そうでしたね。 理由は簡単。 よくある話で恐縮ですが、我々ノースラップとロッキードには、お互いに買収したスパイが潜り込み合っているのです。」

 「お約束〜。」

 とジュンが横やりを入れるが、ライナスは気にした様子も無く続ける。

 「このドミニオンも、ロッキード内部に潜り込ませたエージェントによってもたらされたデータを基に、ディアボロスに対抗できるメカ・バトラーを目指して開発したのですが・・・。」

 「及ばなかった?」

 「比較試験の初戦は惨敗でした。 私のプライベート・プラレスラーである『クフィル』より、ドミニオンの能力は数段優れていたのにも関らず・・・です。」

 ライナスの顔に兵器開発者では無く、一介のモデラーとしての悔しさが滲む。

 「どうにも行き詰まった状況の中、先程お話ししたエージェントから新たな情報がもたらされました。 ロッキード・チームが躍起になって探しているモノがあると・・・。」

 「!!」

 全員の脳裏に『疾風』の文字が浮かんだであろう事を、その表情から確かめる様に一呼吸置いて、ライナスが続ける。

 「そうです。 それが、『隼』の製作者である牛神氏が最も恐れ、懸念していたと言うコード・ネーム『HAYATE』だったのです。」

 「なんと・・・。 やはり、出所は牛神であったか。」

 先程から、ライナスが何度か口にしている牛神の名に、コウゾウは思い当たる節があるのか、一人納得した様に頷く。

 「いずれにせよ、『隼』ある所に『HAYATE』ありとまで言われる者こそが、『隼』と直系の末裔である『ディアボロス』を倒し得る存在である事だけが判った我々は、多くのプラレスラーの中から『HAYATE』である可能性の高いプラレスラーをリストアップし、ロッキード・チームより先に『HAYATE』を探し出し、その技術を獲得すべく手を尽くした・・・と言う訳なのです。」

 「多少の犠牲を払っても?」

 とアスミが手を止めて、鋭い視線を投げかける。

 「荒っぽいやり方であった事は、認めます。 ロッキード・チームがタカダに委託して作られたと言う陸戦兵器『ONIGUMO』の設計を基に、東京マルタで製作されたのが『スコルピオン』なのですが。 どうにも、製作担当者がマニア・・・いや、これは言い訳ですね。 申し訳無かった。」

 ライナスが素直に非を認め、頭を下げた頃、一同を乗せたトレーラーは国立府中ICから中央自動車道に乗り入れていた。

 「そうであったか・・・。 さて皆、これから話す儂の話も聞いてもらいたい。 あれは、大東亜戦争・・・いや太平洋戦争も末期の事じゃった。」

 しばらくの沈黙の後、前に歩み出たコウゾウが、自らの経験を静かに語り始める。

 「日本は・・・途方も無い数の戦死者を出し、疲弊し切っておった。 そんな時、一人の帝国陸軍大将によって、恐るべき計画が立案されたのじゃ。」

 コウゾウの険しい語り口に、固唾を飲んで聞き入る一同。

 「それまでも、陸軍内部では様々な新兵器が立案されておったよ。 『鉄人計画』、『鉄甲機計画』、『超人機計画』、『海底軍艦計画』・・・等、数え上げればキリが無い程じゃ。」

 「それって! TVでやってた特撮とかアニメの話じゃなかったの!?」

 とマニアなジュンが驚きの声を上げる。

 「事実は小説より奇なり・・・。 実際に試作までいった計画もあったようじゃが・・・。 ともかく、その中の一つこそが『機人兵計画』だったのじゃ。」

 コウゾウの話に黙って目を閉じ、聞き入るライナス。

 「そもそも、この計画は戦地で負傷した兵の手足を機械に置き換えるモノで、今で言うサイボーグ手術みたいなモノじゃった。 しかし・・・。」

 そこまで話終えたコウゾウの顔が曇る。

 固唾を飲んで見守る一同。

 「本当の計画は、機械で出来たボディに負傷兵の脳を移植するモノであったのじゃ。 それも、発案者である牛神が意のままに操る為の・・・な。 人体の構造を細部まで研究し、そのボディを人工的に創り上げる為に、数多くの捕虜が犠牲になったと聞いておるよ・・・。」

 苦い表情でコウゾウが静かに語る。

 「そして、その悪魔の如き計画を立案した陸軍大将の名は、牛神イチロウ・・・。」

 「牛神って、まさか!!」

 「そうじゃ・・・。 現代科学技術の粋を結集し、『隼』を蘇らせた男。 その父親が牛神イチロウじゃ。」

 コウゾウが、これまで誰にも話した事の無い戦時下の話に、一同は戦慄を隠し切れなかった。

 

つづく

 

〜あとがき〜

 自分的プラレスも、いよいよ核心に迫ってまいりました。

 『全てのモノは使う人間次第である』、今回の話でコウがマサキから教えられ、ライナスに伝えた言葉こそ、この物語の根底にあるテーマの一つだったりします。

 何故、人間規格の計画が1/6スケール(原作第1巻では、なんとも微妙な1/5スケールと3四郎が持っている箱に書いてあるので悩みますな)になるかと言う点は次回以降に。

 次回もネタばらしです。

 

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