第38話「地下〜Act13」
1
依然としてリング周囲に張り巡らされた金網に群がる観客達に、勝利のアピールを続けるディアボロス。
「クックック・・・。」
だが、そんなディアボロスを嘲る様に見つめる者から漏れる、含み笑い。
「ヌ!?」
観客達の歓声に混じった、微かな嘲笑の声をディアボロスは聞き逃さなかった。
アレックスの頭部を掴み、頭上に掲げた右腕をゆっくりと下ろしながら、笑い声のした方向に向き直るディアボロス。
それはちょうど、矢口の着座しているコックピットの方向であった。
「何故笑ウ? 貴様ハ何者ダ?」
ディアボロスは俯いて唇を噛み締めている矢口では無く、その後方、リングの周囲に張り巡らされた金網の向こう側にいる、別の何者かに向かって問う。
「フッハハハハハ!」
今度は含み笑いでなく、完全に笑い声を上げている。
「ヌウ! 何ガオカシイ!! 姿ヲ現セ!」
リング中央で左手を握り締めた後、その人差し指を笑い声の主の方向に向けながらディアボロスが咆える。
「・・・いいだろう。」
声の主がそう言うと、その周囲にいた観客達が左右に分かれて道が開く。
ズア!・・・ギョムン。
次いで、声の主は恐るべき跳躍力をもって飛翔し、矢口とディアボロスの間に着地する。
「バ・・・馬鹿ナ・・・。 デハ・・・コイツハ・・・“あれっくす”ハ・・・。」
ディアボロスはマットに仰向けになったままのアレックスを見、次いで右手に掴んだままのアレックスの頭部を見る。
「滑稽すぎて笑いが止まらんぜ・・・。 この俺様に似せて仲プラが創ったアレックスごときを葬っただけで、俺様を倒した気になっているオメデタイ奴め!」
両手を腰に当て、俯き加減のマスクから冷徹な眼差しを向ける1体のプラレスラー。
アレックスに似てはいるが、その威風堂々たる姿、そして貫禄。
その姿こそ、古くからのプラレス・ファンの脳裏に刻まれたウラカンそのものであった。
半ば伝説と化した究極の闘技者。
数多の戦場にその影を見たとの噂が絶えない、戦闘マシーン。
それまで座って見ていた古いファンが、思わず立ち上がる。
そして、観客達の間に巻き起こったウラカン・コールが、場内を包み込む。
「ま・・・待づんだ、二人どぼ(汗)」
収拾の付かなくなりそうな事態に、慌てて中村の操るコ・コンガが両者の間に割って入る。
当の中村は、スペシャル・マッチとでも称して荒稼ぎするつもりなのか、右往左往して手筈を整えている様子だ。
「安倍・・・止すんだ。」
既にコックピットを後にした矢口が、先程観客達が左右に分かれた場所まで歩を進めながら言う。
「矢口・・・。 頼む、俺にやらせてくれ!」
安倍と呼ばれた男は、床にPCを置き、片膝立ちの姿勢のまま、目前で立ち止まった矢口の顔を見上げて答える。
「気持ちは判る・・・私とて、あのディアボロスともう一度やりたい気持ちはある。」
「ならば!」
「ダメだ!」
「何故!」
安倍は思わず立ち上がる。
「我々は、名誉ある仲プラの特別会員だ・・・。 あの日、プラリンピアのリング上に置き去られたウラカン、トロール、グールの3体を回収、分析し、戦闘兵器では無いホビー・ユースにこだわった究極のプラレスラーを創り上げようと、共に誓った志を忘れたのか? ディアボロスを倒すのは、あくまでも我々が創り上げたプラレスラーでなければならんのだ・・・判るな?」
「・・・。」
安倍は、矢口の言葉に天を仰ぐ様に顔を上げ、次いでリング上に佇むディアボロスを見つめる。
「ふう・・・。 判ったよ、矢口。 俺達、仲プラの特別会員がウラカンを使う訳にはいかないもんな・・・。 よおし!もう一度、研究室に戻ってアレックスを一から創り直すとするか!」
張り詰めた気持ちを吐き出す様に息をつき、元の穏やかな表情に戻る安部。
「ああ。 仲プラには今も発展し続けるMフレームやSフレーム、Lフレームを筆頭に沢山のプラレスラーがあるんだ。 今回の敗戦をバネに練り直せば、きっと素晴らしい理想のプラレスラーが誕生するハズさ。 20年前の彼等に負けない位のな。」
そう言って安倍の肩を叩く矢口。
「そうと決まったら長居は無用♪ 戻るんだウラカン! すまんが、そいつとの決着はおあずけだ。」
安倍の指が目にも止まらぬ速さでキーボードの上を走る。
その指令を受けて、リング上でディアボロスを威圧的に見つめていたウラカンは、両手を開き肩をすくめて頭を振った。
「フン・・・。 全く・・・俺様のオーナーは、どいつもこいつも俺様の力をマトモに使おうとしねえ。 誇り高きアステカの戦士も地に落ちたものだな。」
そう溜息混じりに愚痴をこぼすと、ウラカンは無防備にディアボロスに背を向ける。
「アディオス、ディアボロス。 命拾いしたな。」
背を向けたまま、ウラカンはディアボロスに言い放つと、何の躊躇も無く安倍の元へと跳躍した。
その刹那、場内に沸き起こる観客達のブーイング。
「マ・・・待テ! 逃ゲルノカ、“うらかん”!!」
リングに残されたディアボロスが我に返って叫ぶが、足早に立ち去った矢口達には聞こえる筈も無かった。
「オ・・・オノレ・・・。 コノ俺ガ恐怖シタト言ウノカ? 数多ノ“うらかん”ヲ葬リ去ッテ来タ、コノ俺ガ・・・。」
ワナワナと怒りに身体を震わせながら、ディアボロスが呟く。
直後、凄まじい雄叫びを上げて、右手に掴んだアレックスの頭部を砕いて捨てると、凄まじい噴射炎を上げてリングを後にしたのである。
結局、中村が右往左往して画策したスペシャル・マッチも水泡に帰した為、再度トーナメント戦が続行される運びとなったが、次のカードは『十六夜×隼』戦・・・。
これが、因縁の対決である事を、本人達が知る由も無かった。
2
マサキがコックピットについた時、既に反対側のコックピットには牛神サブロウが目を閉じて腕組みをしたまま待っていた。
この試合に勝った方が、決勝に駒を進める事が出来るのだ。
いやがうえにも高まる緊張感が、二人を包んでいる。
観客達も、先程の興奮も冷めないままであったが、リング上に立つ両者を固唾を飲んで見守っていた。
先程までの喧騒は鳴りを潜め、シンと静まり返る場内。
「十六夜・・・セットアップ!」
「行けい・・・隼!」
ほぼ同時に両者のコントロール・プログラムが、そのメモリーからCPUに流れ込み、これも同時にファイティング・ポーズを取る十六夜と隼。
ゴングと同時に隼に向かって疾走を開始する十六夜。
同じく、十六夜に向かって隼も走る。
「フンッ!」
一瞬にして、互いの間合いが詰まった瞬間、隼がマットを蹴って跳躍し、右脚を頭上まで振り上げ、そして振り下ろす。
ジャンプしての踵落とし!
アイアン・ファルコンを試合開始と同時に葬り去った技である。
「!!」
その踵から生えた、鋭利な刃状の突起物を見て取った十六夜が、振り下ろされる踵を寸前でかわして、右斜め前方に自ら飛んで転がる。
ズギャッ!
目標を失い、マットを砕く隼の踵。
初撃はかわしたものの、マットに転がった反動を利用して膝立ちの姿勢から立ち上がったばかりの十六夜に、隼が前に出ながら、膝から伸びる右ロー、素早いターンでの左後ろ回し、そして回転の勢いを活かした、これも膝から伸びる右ハイを連続で叩き込む。
対する十六夜は、左脚を僅かに上げ、左腕で頭部をガードしつつ後退する。
「こいつは・・・蹴り技主体のプラバトラーか!」
後退する十六夜の動きに合わせ、隼がガードの隙を突いた左前蹴りを放つ。
ゴオ!
「ぬう!」
チュィン!
咄嗟に上体を仰け反らせた十六夜の額をかすめ、隼の左脚はなおも上昇する。
完全に伸び切った隼の左脚を掴まんと、十六夜が前に出る。
「迂闊だぞ・・・。」
隼が呟きと同時に、伸ばした左脚を十六夜の右肩に叩き込む。
「ガハッ!」
思わぬ衝撃に上体を折った十六夜の目前に迫る、隼の右脚!
「な・・・!?」
ガキィーン!!
隼のサマー・ソルト・キックが十六夜を下から突き上げ、弾き飛ばす。
空中で1回転し、マットに倒れる十六夜。
「く・・・。」
そこへ、隼が両脚を大きく開いて、駄目押しの踵落とし!
その姿は、体操選手の一本橋を彷彿とさせる見事なモノだ。
マサキのPCに表示される、隼のコンビネーションの衝撃は凄まじいモノであった。
一撃でクラッシュに追い込まれても不思議は無い。
まだ起き上がれぬ十六夜を尻目に、踵を返す隼。
既に勝敗は決したと言わんばかりである。
その時、場内に沸き起こるどよめき。
「?」
牛神の元へ歩み始めようとした隼が、その足を止める。
観客のどよめきと同時に背後に感じた気配を察して、ゆっくりと振り返る。
そこには、クラッシュに追い込んだはずの十六夜の姿があった。
これまでの経験から、この技を受けて立ち上がってきた相手は皆無だった。
驚愕の表情を浮かべる隼。
「貴様・・・化け物か・・・。」
隼は、そう呟くと怪鳥の様な奇声を発して、十六夜に向かってダッシュする。
間合いに入った瞬間に繰り出される、隼の横蹴りが的確に十六夜を捉える。
ドン!
成す術も無く、背後の金網近くまで吹き飛ばされる十六夜。
今度こそ決まった。
隼はもちろん、観客の誰もがそう確信した次の瞬間。
「オオオオオオオ・・・。」
腹の底から搾り出すかの様な気合いと共に、ゆらりと十六夜が立ち上がったのである。
「きえええええええい!」
その姿に驚愕しながらも、隼は裂帛の雄叫びをあげて、十六夜の元へと走る。
「フンッ!」
気合と共に、十六夜の間合いより遠くから繰り出される、隼の蹴りによるコンビネーション。
そして、先程と同じ様に十六夜の頭上へと伸びる、隼の左脚。
「・・・。」
無言のまま、これも先程と同じ様に前に出る十六夜。
「馬鹿め!!」
隼が叫びながら、その踵を恐るべき速度で十六夜に振り下ろす。
シュン・・・。
その瞬間、目の前の十六夜が残像と化して、姿を消す。
次いで、隼の顎に叩き込まれる十六夜の掌打の連打。
「!!」
仰け反る隼に、追い討ちの浴びせ蹴りを見舞う十六夜。
その衝撃で、隼の額にヒビが入る。
「ば・・・馬鹿な! 俺のセラミック製のプラスーツを砕くとは・・・。」
「隼!」
牛神は十六夜のタフさに驚愕しながら、キーボードに指を走らせる。
そのコマンドによって、隼が右前蹴りを放つ。
それに反応し、腕を十字に組んでガードする十六夜。
だが、すぐに隼の右脚は引き戻される。
右前蹴りのフェイントによる、その一瞬の隙を突いた隼が、十六夜の左腕を掴んで金網へのハンマー・スルー。
ガシャア!
身を捻り、背後から金網に叩きつけられる十六夜。
ガッ!!
十六夜の身体を駆け上がっての、隼のサマー・ソルト・キックが十六夜の顔面に炸裂する。
その衝撃に、十六夜の顔が上を向き、カメラアイに天井の照明が映り込む。
そこへ、隼が十六夜の前方から組み付き、ブレーン・バスターを見舞う。
しかし、十六夜は何とか上死点で身を捻って、隼の背後に降り立つと、その胴に両腕を回す。
「ぬう!」
しかし、今度は隼が左に身を捻って、左のエルボーを十六夜の顔面に見舞う。
ガスッ!
エルボーが顔面にヒットした瞬間、体を入れ替えて背後から十六夜の胴に両腕を回す隼。
ガッ!
その両腕がロックされる前に、前方に飛び出し、カンガルー・キックを見舞う十六夜。
そのまま前転し、立ち上がりながら振り向いた十六夜の目の前に迫る、隼の右ラリアット。
ブン!
「ちいっ!」
寸前で身を沈めてかわした十六夜に、振り向きながら左の裏拳を見舞う隼。
これも身を沈めてかわす十六夜。
その伸びた左腕を、一瞬の隙を突いて掴んだ十六夜が逆ネジ方向に捻り上げる。
「ぬ・・・がっ!」
左肩を叩いてタイミングを計り、左肩を軸に器用に側転した隼が十六夜の左腕を掴む。
そして、先程の十六夜と同じ様に、十六夜の左腕を逆ネジ方向に捻り上げる。
「むう!」
十六夜は、左腕が捻り上げられると同時に、前方に飛びながら前転して起き上がる。
そして、間髪入れずに前方宙返りし、左腕を掴む隼の腕を外すと同時に、得意のローリング・ソバットを見舞う。
ズドン!
高度と威力のあるローリング・ソバットは、隼の胸部に的確にヒットし、隼は胸部を押さえてよろよろと後退する。
「今だ!!」
勝機とみるや、マサキの指が瞬時にキーボードの上を走る。
そのコマンドを受けた十六夜は金網へと跳躍し、その反動と脚部の屈伸を利用し、隼へと跳躍した。
3
「その後、竹之内は軍内部によって戦死扱いとされ、やがて終戦を迎えたのじゃ。 そして、儂は故郷に帰った。 竹之内に託された『疾風』の設計図と共にな。」
「その・・・『機人兵計画』と牛神大将は、どうなったのですか?」
ライナスがコウゾウに問う。
「うむ。 結局は、終戦によって牛神の計画も実現することは無く、牛神自身の行方も闇の中・・・。」
「ちょっと待って! お義父さん・・・さっき『疾風』の設計図を持ち帰ったって言いましたよね? それって・・・まさか・・・。」
コウゾウの言葉を思い出し、アスミの顔色が変わる。
「・・・アスミさんの考えている通りじゃ。 儂はその設計図を基に『疾風』を完成させようとした。 万が一にも牛神が生き延びた時の為に。」
「じゃあ・・・あの人は、何も知らずに『十六夜』として『疾風』を!? ・・・何て事・・・。」
青ざめた顔を両手で覆って、俯くアスミ。
「スマン・・・とは思っておるよ・・・。 言い訳になるやも知れんが、倅は母方の血が濃かったのかのう・・・成長するにつれ、竹之内とよう似て来おってな。 機械好きな所もそっくりじゃった・・・。 そんな倅が、『疾風』に入れ込んで行くのを止められなんだ。 無論、倅は『十六夜』と名付けた『疾風』の素性等、知る由も無い。」
そう言いながら、俯いたコウゾウの両眼から涙が溢れて、頬を伝う。
コウゾウの脳裏に、幼いマサキの表情が浮かんでは消えていた。
「では・・・やはり、我々が捜し求めていた『HAYATE』は、『十六夜』なんですね?」
「うむ・・・。」
ライナスの言葉に、コウゾウが頷く。
その時、コウがアスミに語りかけた。
「かあさん・・・おじいちゃんを責めちゃダメだよ。 とうさんは、とうさんの意思で『十六夜』を創ったんだ。 それに、今だってとうさんは『隼』の血を受け継ぐ『降魔』と闘いに行ってるんじゃないか。 『十六夜』の素性が『疾風』って言う兵器だったとしても、とうさんは使い方を誤ったりしないよ。 だって、僕等のとうさんだもの。」
そこまで一気に言い終えたコウを、アスミはしゃがみこんでギュッと抱き締めた。
「そう・・・そうね。 私達のパパだものね。」
「うん!」
アスミは立ち上がり、コウゾウに向き直って言った。
「お義父さん・・・取り乱してしまってスミマセン。 コウの言う通りですわ。 仮に、あの人の創り上げた『十六夜』が『疾風』で無かったとしても、きっとあの人は同じ様に『降魔』と闘う道を選んだでしょう。」
「アスミさん・・・。」
「よおし! そうと決まったら、パパ達をサポートする為に、私達も頑張らないとね!」
そう言いながら、アスミは子供達の肩に手を置く。
「こうなった以上、無論あなた達にも協力して頂きますわよ! よろしくて?ライナスさん。」
「あ・・・は・・・ハイ。」
ノーとは言えない雰囲気の、迫力あるアスミに言われ、ライナスは頷く事しか出来なかった。
つづく
〜あとがき〜
さてさて、一気に38話を書き上げてしまいました。
ウラカン・・・いいよなあ。
アレックスは、ウラカンを解析した結果を基に、仲プラによって創られたホビーユースです。
ロドリゲスの創り上げたウラカンには、彼独特のノウハウがあるでしょうから、仲プラの特別会員たる2人と言えども簡単には再現できないでしょうが、今回の反省を基に創り上げられたアレックスが、一般にリリースされたら大ニュースになるんでしょうね〜。
あそこでウラカンを使わなかった辺りに、モデラーの意地を感じてもらえると嬉しいですが・・・どうでしょう。
〜あとがき・2〜
2の隼×十六夜戦の冒頭を書き直しました。