オリジナル・ストーリー「PURE」

 

「PURE」7th

 

 数年前のとある試合会場。

 中学生ぐらいだろうか?まだあどけなさの残る楢塚美雪がそこにいた。

 リング下からリングを見上げている。

 美雪のプラレスラー『うっぴー』と対峙している相手のプラレスラーは・・・でかい!

 全高は50センチ近い。 スーパーヘビー級のうっぴーすら子供に見える巨大さだ。

 頭部らしきものが見当たらないが、元々無いデザインらしい。

 胸の装甲がタイルのように分かれているのが気にかかる。

 装甲強度的にメリットがあるとは思えないからだ。

 この試合はすぐに中断された。巨大なプラレスラーは全くルールを守らない。反則負けだ。

 ところが巨大なプラレスラーは止まらない。操縦者は故障という。

 係員が操縦者のパソコンの電源を落とす。止まらない。

 既にリング上では3体のレフェリーが大破している。

 いつの間にやら操縦者の姿が見当たらない。

 やむを得ず、参加者全員のプラレスラーで制止を試みる。しかし、止められない。

 巨大なプラレスラーが背中と脚部のノズルから赤い炎を噴き出して飛翔する信じられない光景。

 打撃を加えると金属音が反響した。犠牲者は増える。

 1機はスレッジハンマー1発で叩き潰された。1機はバックブローで観客席後ろの外壁に叩きつけられた。

 1機は頭部を鷲掴みにされ、そのまま鶏卵のように握り潰された。

 そんな中でうっぴーが果敢にショルダータックルを仕掛けた。

 その瞬間、2機の間の空間が爆発した。

 うっぴーはコーナーポストに叩きつけられて、そこで機能停止した。

 巨大なプラレスラーは何事も無かったようにその場に立っている。

 会場の全員が戦慄した。

 『リアクティブアーマー(反応式指向性爆発装甲)』(註)だ。

 目の前の物体はプラレスラーではなかった。

 この世に存在してはいけない物だった。

 参加者はその存在に怒りを覚え、残りのプラレスラーが一斉にそいつに飛びかかった。

 新たに数機が犠牲になったが、遂にそいつを取り押さえた瞬間、悪夢が起こった。

 

 いきなりそいつが自爆したのだ。リングには穴が開き、プラレスラーは1機もいなくなった。

 さらに続けて観客席で爆発が起こる。飛びこんだ手足や、スカート等の部品が2次爆発したのだ。

 しかも装甲の下にはベアリング(小さな円い金属球=散弾)が仕込まれており、被害を甚大にした。

 美雪は恐る恐る体を起こした。

 周りにいた者は血だらけで倒れている。まだ幼い美雪の体も全身傷だらけだ。

 額から流れる血も気に留めず、茫然と周囲を眺めている。

 その時、後ろの客席から悲鳴が上がった。美雪はその声に聞き覚えがある。

 友人が数名観戦に来ていた。

 後ろを振り向き、その光景を目撃した美雪は、卒倒した。

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 「許さないっ!あなた達が何者か知らないけれど、絶対に許さないっっ!」

 美雪はそう言い捨ててリングを降りた。ニックとファニーは当惑していた。

 確かに自分達は正体不明だろうが、そこまで激昂する理由が解らない。

 2人は美雪の過去を知らない。

 美雪も2人があの事件にと関係しているとは思っていない。

 しかしなぜか怒りが込み上げてくる。美雪の直感が2人の素性を何となく感知している。

 自分の団体を使って、何か実験のような事をしている。

 それはあの悪夢の主と同じではないのか?

 静かな怒りが美雪の体を充満する。

 

 決勝戦が始まる。先発はニックのEXIVと美雪の「うっぴー」。

 しかし美雪のパートナーが見当たらない。もう1機のプラレスラーも見当たらない。

 この試合はタッグマッチのはずだ。

 ニックがリングの反対側へ声をかける。

 「おいっ!1機で戦うつもりか?」

 「安心して。ちゃんといるわ」

 「どこに?」

 「下に」

 「はぁ?」

 「…控室でモニター見てなかったのね。大した余裕だわ」

 「………」

 「もう1機はリングサイドに立てない体型なので下で待機しています。 ちゃんとタッチロープくわえてるわよ」

 「くわえてる?」

 「…見てのお楽しみにしましょう」

 「オーナーはどうした?まさかそいつも立てないんで寝てるってんじゃないだろうな」

 「まさか!私が2機を操縦します」

 「はぁ?そんなんありか?」

 「うちではね。格闘ゲームのタッグマッチと大差無いわ」

 「そうかぁ?かなり大変だと思うが…」

 「本人の自由です」

 団体の責任者がOKと言うんだからOKだろう。飛び入りが口を挟める事じゃない。

 ちなみに、ファニーは2人の会話に全く参加せず、モニターに釘付けになっている。

 既にディンキィが分析に入っているのだ。

 「無駄話は終わりにして始めましょう。レフェリー!」

 美雪が強引に試合を開始する。レフェリーロボ「ナンシー」が試合開始を合図する。

 ゴングと同時にニックがファニーに声をかける。

 「EXIVで探りを入れる。解析を頼む」

 ファニーが無言でニックにウィンクを送る。

 美雪の「うっぴー」はスーパーヘビー級だ。

 しかし両手を地に付いた状態が基本姿勢らしく、その全高はEXIVより低い。

 その外観を一言で言えば「猿」だ。「きっきっ」という人にも聞こえる音声をあげている。

 ゴングが鳴ったにもかかわらず、うっぴーは向かってくる様子が無い。

 その場でぴょんぴょん飛び跳ね、たまに宙返りなど交えている。

 まるで曲芸だ。

 構えていたEXIVは呆れたように一瞬緊張を解く。

 「だめっっっ!!」

 ディンキィとファニーが同時に声を上げたが、もう間に合わない。

 垂直に飛び跳ねていたうっぴーが一転、一直線にEXIVに向かってジャンプした。

 もの凄いスピード!

 「速…!」

 驚きの声も言い終えずに、モロにドロップキックを受けた。

 もの凄いスピードと、もの凄い全身のバネと、もの凄い足の大きさだ。

 間違い無く世界に通用するドロップキックだった。

 EXIVは一気にロープまで吹っ飛ばされ、着地する間もなく反動でうっぴーの待つリング中央へ。

 そしてカウンターのパワースラム!そのままフォール。

 なんとかカウント2で返す。

 試合開始1分未満で聞くカウント2。

 ニックがこの仕事を始めて以来最大の屈辱…。

 

第7話  完

 

註:『リアクティブアーマー』について

 1990年8月2日、イラクのクウェート侵攻から始まった湾岸戦争。

 アメリカ海兵隊のM60A3戦車が装備していたのが『リアクティブアーマー』。

 始めて実戦で効果が証明された。敵の砲弾に対して装甲側が化学反応する事で威力を半減させる。

 徹甲弾よりはHEAT(成形炸薬弾)やHESH(粘着榴弾)等の化学反応弾に効果が高い。

 砲弾の種類に関しては説明が長くなるので割愛。

 筆者のいい加減な記憶に誤りがあったらご指摘を。

 今回、本文で使用した物は実は火薬を使用した信管式で、地雷に近い。

 実はリアクティブアーマーと全然違うが、この名が一番しっくり来るので、そう呼ぶ事にした。

 そのせいで誤解が生じていたらごめんなさい。

 

 

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