「PURE」8th
ニックは憤慨した。
「なっ…なんだこいつっっ!ファニーっっっ!!」
「ちょっ…とちょっと待ってよー…」
ファニーはディンキィから情報が送られてくるディスプレイを睨みつけながらニックに言った。
「あんた、目が悪くなったんじゃないの?」
「なに?」
「あの宙返りを見たら、体格の割に見が軽いことに気が付かなきゃ…」
「うぐぅ…」
ニックは言葉を詰まらせた。
ファニーの指摘通り、ニックの油断なのだ。
「しっ…しかし、あのスピードは…」
「それは認めるわ。おそらくあの体勢が曲者ね。予備動作無しでジャンプしてくるわ、それも凄い脚力で」
腕力で無く脚力のもの凄いレスラーというのは、あまり前例がない。
「それに…、解ってると思うけど腕力も凄いわよ。あの長い腕は伊達じゃないわ。油断しないで」
「解ってる!」
そう話してる間も、うっぴーはぴょんぴょん飛び跳ねている。
スーパーヘビー級とは思えない身の軽さだ。
EXIVはそれを捕まえられないでいる。
EXIVは基本的にテクニシャンで、小手先の器用さが身上である。
素早く移動するような設計ではない。
うっぴーは飛び跳ねながらも、先刻のような不意打ちを狙ってEXIVの隙を伺っている。
そしてEXIVもまた、それを待っている。
こちらから捕まえられない以上、向こうから仕掛けてくるのを待つしかない。
しばらく2機の鬼ごっこが続く。
傍から見たら滑稽な光景だが、実はギリギリの攻防が続いている。
その間、ディンキィはリングサイドからうっぴーの動きを凝視している。
そのデータは逐一ファニーに届けられている。
それを見てファニーは思わず唸る。
「すごいわ…あの娘、天才かも…」
ニックは脇見できる状況ではないので、声だけで答える。
「どういう事だ?」
「モーターの選択、ギア比の選択、重量配分。これ偶然には出ないわよ。こんなセッティング、どうして思いつくのかしら?」
「・・・他に解ったことは?」
「ベースはイタチの「ティテュオス8000」。イタチ電機製OS、音声認識装備」
「ティテュオス(註1)…、それも8000か…!。なんとなく納得…」
イタチ製作所は大手である。女性型Jrヘビーからスーパーヘビーまで、フルラインナップを誇る。
その中で「ティテュオス」はスーパーヘビー級、「8000型」は最新型である。
典型的パワーファイターで、その性能は残念ながらタヤマのゼクロスUを上回ると言わざるを得ない。
ティテュオスの名に恥じぬ高性能機である。
「くそっ!以外に金かかってるなっ!」
「装甲材質はFRP、ABS、アクリル樹脂、スチロール樹脂、要所にはハニカムコンポジット構造。(註2) 装甲強度、胸121、頭部143、肩155、ただし、胸はバイティングアングル(註3)が強いので、正面からでは150以上」
「…あんな形のプラスーツは売ってないよなぁ」
「売ってても誰も買わないでしょうね」
「手作業(ハンドメイド)でハニカムとは…。スーパーカミオカンデの光電子増倍管(光電子増倍管(註4)並みの職人技だ…」
ニックの表情が徐々に暗くなっていくのも気に留めず、ファニーは続ける。
「モーター、凄いわよ〜。両肩と両太腿に1基ずつ、驚かないでね、540乗っけてるわ」
「げっ!」
タブチ製RE540モーター。
市販のモーターとしては最大である。
タヤマでも1/10RC等に使用している。
幼児用電動乗用カーの動力として使用され、体重15kgの子供を乗せて走行できる。
プラレスラーに搭載するには、あまりにもオーバースケールである。
「ばかな!そんな重たいもん4つも乗っけて動ける訳無いぞ!」
「動いてるわよ、ぴょんぴょんと」
「………」
「これ早く静岡に持って帰って分析したいわぁ…」
ニックの縦線の入った表情とは裏腹に、ファニーは関心しきりである。
「…バッテリーは?何使ってる?540を4つも動かすには相当の出力が要るはずだ」
「さすがね!よく気が付いたわ♪」
「オレをバカにしてるのか?1700mAhでも足りないはずだ。ニッケル水素3000mAhか?」
「ぶーっ、残念、ハズレ。実はそんなに大きなバッテリー、どこにも無いわ」
「は?」
「大きなバッテリーは重量的に無理ね。小さいバッテリーをいろんな所に置いてる。多分、重量配分も考えてのことね。形状、発熱量、X線透過量から考えて、おそらくリチウム電池だろうってディンキィは言ってる」
「ばかなっ!コイン電池で動いてるって言うのか!」
「直列すれば出力的には何とかなるかなぁ…RCみたいに高回転回す物じゃないし、低いギア比なら…」
「あれが低いギア比か?」
飛び跳ねるうっぴーを指差す。
「う〜ん」
腕を組んで頭を傾げるファニー。
「…なるほど、天才か。そんな事誰も考えつかん…。バッテリーが無い分、重いモーターを乗せられる。しかしっ!」
「そう通り!稼働時間は長くて10分て所ね」
「タッグマッチ専用のセッティングだな。つーことはタッチさせなけりゃいいわけだ」
「いえ、タッチさせましょ♪」
ニックがガクッとコケる。
「何で!」
「正体不明のもう1機が見たいわ。エプロンに立てない体型だって言ってたわよね。この分だととんでもないくせ者かも♪」
「…了〜解…」
ニックは諦めたように首を振る。
ファニーは「情報収集」が仕事なのだ。
「ただしっ!このままタッチはさせない!こっちにも意地がある!一発食らわせてからだ!!」
「がんばってね♪」
ニックの真剣な顔にファニーが笑顔を送る。
EXIVもニック同様、いい加減焦れてきた。
「(いつまでもこんな事に付き合ってられん!)」
ちょっと仕掛けてみる事にした。
ロープの上をぴょんぴょん飛び跳ねるうっぴーに、かなり無謀な延髄斬り!
もちろん空を切り、マットへ大の字に落下するEXIV。
わざとらしく後頭部を押さえて見せる。
「(さぁこい!ボディプレスか?ヒップドロップか?自爆させてグラウンドに持ち込んでやる!)」
そこへ、うっぴーが突っ込んで…来ない…。
コーナーポストの上にちょこんと座ってこっちを見ている。
「…見た目と違って利口らしい…」
「うきっ」
諦めてむくっと起き上がるEXIV。
それを見ていたディンキィが顔を押さえながら呟く。
「カッコ悪ぅ…」
「うるさいっ!」
リングの向こうから美雪がニックに声をかける。
「残念ね、みえみえよ」
「悪かったな。でもこんなオニゴッコでお客さんが納得するのかい?代表者さんよ」
「…そうね。さっきみたいな隙はもう見せてもらえそうも無いし、真面目にやりましょっか!」
美雪がそう言うのと同時にうっぴーが「ばんっ」とコーナーを蹴り、腕を振り上げEXIVへ一直線!
しかしEXIV、今回は見ていた。
そのうっぴーをアームホイップで投げる!
うっぴーは背中からマットに落下するが見事な受身をとり、すぐに自ら対角線に走る。
再びコーナーを「ばんっ!」と蹴ると、EXIVへ向けフライングボディアタック!
EXIV、そのうっぴーの頭を鷲掴みにしてフェイスバスター!更にマットに転がるうっぴーにエルボードロップ。
うっぴー避ける。
先に起き上がりうっぴーもエルボードロップ。
EXIV避ける。
EXIVエルボードロップ。
うっぴー避ける!
2機同時に「ばっ!」と起き上がり、止まる。
「こっ…こいつっっ…!」
EXIV、唸る。
「うき〜〜…」
うっぴーも唸る。
その時、
「EXIV!」
EXIVの背後からディンキィの声がかかる。
背中のサブモニターで見ると、ディンキィがタッチロープを握って手を出している。
正面のうっぴーは動かない。
その首が「くいっ」とディンキィの方を指す。
「タッチしろ」と言っているのだ。
「くっ…」
そのうっぴーの動きはひどく屈辱的だったが、ディンキィには逆らえない。
ニックの希望通り一発は食らわしたところだし、
「ふん…まぁ、いいだろう」
ディンキィの手をパーンと叩く。
「まかせた」
「まかされた♪」
ディンキィは「ふわっ」とトップロープを超えてリングに降り立つと、
「面白いデータが取れそうだわ♪」
くすっと笑った。
第8話 完
註1:「ティテュオス」
ギリシャ神話の巨人の名。神々とも戦ったという悪者。
註2:「FRP」
ガラス繊維強化プラスチック。弾力性、耐熱性が高く軽量だが、衝撃や荷重にはそんなに強くない。
「ABS」
アクリロニトリル、ブタジエン、スチレン、の合成樹脂。熱、薬品に耐性があり、衝撃には非常に強い。
「アクリル樹脂」
アクリル板。プラ板よりちょっと堅い。
「スチロール樹脂」
普通のプラスチックの事。軽量で加工が容易なのが特徴。熱や衝撃、薬品には弱い。
「ハニカムコンポジット」
筆者の造語。ハニカムとは、空間を固体で埋めずに板や筒を使用した重量(費用)軽減策。
縦方向にのみ固体と変わらぬ強度を持ち、空間には色々な利用法がある。
ダンボールの断面がハニカム構造。コンポジットとは複合装甲の事。
一枚の装甲に複数の素材が使用されている物を言う。
註3:「バイティングアングル」
日本語で避弾経始。
攻撃が装甲に命中する進入角が浅い事。またはその角度の事。
角度が小さいと表面を滑るように弾かれてしまう。
註4:「スーパーカミオカンデの光電子増倍管」
岐阜県にある陽子崩壊観測施設の名。
この施設には光電子増倍管という直径50pガラス球が11200個設置されているが、
これはすべて職人さんが口吹きで作ったらしい。
日本が世界に誇る職人技に拍手!