「PURE」12th
――――セレモニー後の控え室。
ニックとファニーの2人が帰り支度をしていると、美雪が現れた。
神妙な面持ちで立ち尽くしている。
しばらく無言の重苦しい空気が流れたが、美雪が先に口を開いた。
「…ごめんなさい」
「えっ?」
2人は美雪の予想外の言葉に戸惑った。
謝られるような心当たりは全く無い。
「私、あなたたちの事、勝手に勘違いして…。 1人で腹を立てて、2人に酷い事を言ってしまったわ。 ごめんなさい」
決勝戦直前の事を言っているらしい。
「いや、別に謝る必要なんか無いぞ。 俺たちには怒られる理由も謝られる理由も何も無い」
「そうよ…、気にしないで」
後ろめたさは無くもないが、とりあえずそういう事にしておく。
「私、あなたたちのプラレスラーを見てて、昔の事思い出してしまって…、それで…」
「昔の事?」
「この場所、憶えてない?。 ニュースで見なかった?」
2人は頭の中で反芻する。
ファニーはまるで心当たりは無かったが、ニックは思い出した。
「…そうか! ××市総合体育館…。 全然気付かなかったよ」
「あの後、改装されてるから…」
何の事か分からないファニーがニックに詰め寄る。
「ねぇ…、何なの?」
「何年前だったかな? プラレスの試合会場で爆発事故があった。 死者も出たんだ」
「それがこの体育館?」
「あぁ」
「知らなかった…。 そんな事が…」
「この話をするのは、業界内でタブー視されてる」
「爆弾テロ? なんでプラレスの会場なの?」
「それは…」
ニックが答えようとしたファニーの当然の疑問に美雪が答える。
「プラレスラーが爆発したの…」
「はぁ? 何でプラレスラーが爆発するのよ、それも死傷者が出るほどの? そんな爆発するような部品は無いはずよ、…普通は」
「事故原因については、確か不明としか報道されてないと思ったが…」
「事故じゃないわ。 あいつは自分の意思で自爆したの」
「プラレスラーが自爆ぅ?!」
「ちょっと待て! そんな話は初耳だ。 それに今“あいつ”って言ったな? お前、その現場にいたのか?!」
「いたわ! いたわよっ!! だって、そいつと戦ってたのは私なのよ!! その時死んだのは…私の親友なのよっ!!!」
美雪は堰を切ったように号泣を始めた。
2人は言葉を失った。
何と声をかけたら良いか皆目見当もつかない。
一見気丈に見えた彼女が、こんな壮絶な過去を背負っていようとは…。
「恭子ちゃんは…プラレスの事なんか何にも解らないのに…、それなのに…私の応援がしたいからって…みんなを誘って…。 私…嬉しかった…。 それなのに…、それなのにっ…!」
しばらく美雪の嗚咽が続く。
「許さない! 私は絶対あいつを許さないっ!! …許さない……、許さない………」
2人はただ黙って見つめるだけだった…。
――――――――――
「はじめは…、プラレスをやめようかとも思った。 でも、やめられなかった…」
落ち着きを取り戻した美雪が静かに語り始めた。
「何より、プラレスが好きだったし…、それに…」
「それに?」
ファニーが優しく声をかける。
「続けていれば、またあいつに会えるんじゃないかって…。 その後はもう夢中だったわ。 いつの間にか代表にまでなってた。 うちのレギュレーションがここまで甘いのは私のせいなの。 こうしとけば、またあいつみたいのが来るんじゃないかって…。 ただし、装甲だけは受付の段階でチェックするけどね」
実は装甲材質など何でも良いのだ。
爆発装甲でさえなければ。
「…もう一度そいつに会ったら…、どうする?」
ニックが真剣な表情で美雪に聞いた。
「“復讐”でもする気か?」
「ばっ…、馬鹿な事言わないでっ!!」
ファニーが慌ててニックを制止する。
「そのプラレスラーは自爆したのよ?! それがどういう事だか…」
「元々、自爆用火薬を搭載していたという事だろう」
ファニーの言葉を途切るようにニックが答える。
ひどく冷静な口調だ。
「プラレスラーに自爆用火薬など必要無い。 ならばそれはプラレスラーではないという事だ。 そいつは軍…」
「やめてっ!!」
ファニーが怒りの表情をニックに向ける。
美雪は対照的に無言だ。
「ファニー…。 お前は純粋で気の優しい女だ、こんな事は思いも付かないだろう。 でも、大抵のプラレス関係者は気付いているよ、プラレスラーの違った利用価値。 本気で研究している所が必ずある。 必ず…」
「そんな…」
「何も戦車を吹っ飛ばそうってんじゃない。 小さい体を利用したスパイ活動、偵察、破壊工作、暗殺…」
「あ…暗殺っ?!」
「今のプラレスラーの性能なら、刃物を持たせりゃ何て事は無い。 奴らにロボット三原則なんて関係無い。 人間よりは見つかりづらいだろうし、仮に見つかってもその場で…」
「自爆」
美雪がニックの言葉に続いた。
その言葉には誰よりも重みがある。
しかしその分ファニーには辛い。
「あ…あなたたち、おかしいわ。 なぜそんな話を真顔で出来るの? 信じられない、おかしいよ! 私は信じない、そんな話。 プラレスラーが人を殺す道具なんて、私は信じないっ!!」
いつの間にかファニーは目を潤ませていた。
それを見たニックはさすがに動揺した。
こんなファニーは見た事が無い。
「すまん、ファニー。 ちょっと言い過ぎた。 お前には刺激が強すぎたかもしれん。 でもな、事実に目を背けちゃいけない。 いま俺たちの目の前に、お前の信じられない物に親友を殺された子がいるんだよっ!!」
ファニーはハッと顔を上げ、美雪の顔を見た。
美雪の表情は穏やかだった。
「ごっ…ごめんなさい。 私、感情的になっちゃって…。 私の方が大人なのに、みっともない…」
急いで頬を流れた涙を拭うファニー。
それを見て美雪は、独り言のように静かに語り始めた。
「私は…、私たちのプラレスラーが許されない事に使用されようとしている事を、誰よりも知っている…。 でも同時に自分の無力さも知っているわ。 私たちがこの事に反対したところで流れは変えられないでしょうね。 もちろん許す気は無いけれど…。 もし、もう1度あいつに会ったとしたら…、会ったとしても何もできないわ。 日本じゃ敵討ちは認められてないもの。 本当は平手の1発でもくれてやりたいけれど…」
「やめておけ。 命の無駄遣いになる」
「解ってるって」
「どうかな? 俺たちに対してあれだけ激昂したんだ。 本人に会ったらどうなるか? 俺はお前が2度とそいつに会わない事を祈ってるよ」
「私の心配してくれるの?」
「死ぬと解っていれば止めるさ」
「それだけ?」
美雪がニックの顔を覗き込む。
「…何だ?」
「何でも無い…」
慌てて目をそらす美雪。
ニックの怪訝な表情を横目に話を続ける。
「確かに初めはあなたたちの…、特にディンキィの性能を見たときは腹が立ったわ。 でも、私の勘違い。 だってお2人さん、楽しそうなんだもの。 あいつとは違う。 プラレスを楽しんでる。 プラレスを愛してるって感じたわ。 だからいいの、私の勘違いで…」
「………」
この言葉はニックには辛かった。
「でも、健太さんの言う通りね。 あいつに会ったら私…」
「ニックだ」
「え?」
ニックが突然その通り名を明かした。
が、美雪には何の事か解らない。
「だっ…、駄目よ! 気持ちは解るけど…」
ファニーが慌ててニックを制止する。
「こんな話を聞かされて、このまま帰れるほど冷血じゃあないぞ」
「でも…」
ファニーはあたふたしていたが、ニックは構わず続けた。
「俺はニック、こいつはファニー。 さすがに本名は明かせないが、こう呼ばれてる。 俺たちはある会社の命令で動いてる。 ちなみにファニーは生粋の日本人だ。 悪かったな、騙して。 でも信じて欲しい。 俺たちは「純粋」にプラレスを追求している。 やり方はちょっと汚いが…」
美雪の表情が曇った。
無言でうつむき、頭の中で考えを巡らせているように見える。
「…すまなかった。 何なら殴ってくれてもいい」
「…そうね。 気に障ったわ」
美雪はうつむいたまま答える。
「けど、殴ったりはしない。 許してあげる。 その代わり…」
「その代わり?」
美雪が顔を上げた。
その表情は、予想に反して笑顔だった。
「携帯かメールアドレス教えてよ」
「は?」
「私、東京行ったこと無いの。 今度案内してくれる?」
美雪が屈託無い笑顔を見せた。
その数時間振りの美雪の笑顔に、ニックの心は動いた。
「…そうだな。 どこでも連れてってやるぞ。 渋谷、青山、六本木。 あ、お台場にするか?」
「素敵…。 でもどんな格好して行けばいいか解らないよ〜」
「プラレスだけじゃなく、ファッションも勉強しとけよ。 俺の横に立てるようにな」
「かぁ〜…。 よくゆーよぉ」
ニックと美雪は笑いながらメモを交換している。
先刻までの重苦しい雰囲気からは想像もつかない光景。
2人の距離は今日が初対面とは思えないほど近づいていた。
しかしニックは、少し離れて立つファニーの微妙な表情には気がつかなかった。
―――――――――
「あっ」
帰り際、駐車場まで見送りに来ていた美雪が突然声を上げた。
「思い出した。 大事な事言い忘れていたわ」
「何だ?」
「お2人は“ゼクロスバスター”という名に聞き覚えは?」
「ゼクロス…バスター?」
ニックとファニーは顔を見合わせた。始めて聞く単語だ。
「私の親戚がね、やっぱりプラレスをやってるの。 九州なんだけど、そっちでは有名らしいわよ」
「…詳しく聞かせてくれ」
ニックの顔が技術者の顔に戻る。
「闖入者よ。 試合に乱入して、タヤマのゼクロスだけを破壊して去って行く謎のプラレスラー。 他のプラレスラーには目もくれないそうよ。 だからそいつ、ゼクロスバスターなんて呼ばれて…。 やだ、ニック…、顔が怖いわ…」
「ゼクロス…バスター(破壊する者)だと…?」
「気をつけてね。 もし出会ったら…、そんな奴やっつけちゃってよ! 乱入なんて許せないっ!」
その美雪の声でニックは我に返った。
「えっ、あ…あぁ。 ま、まーかせとけ! そんな奴、この俺様がけちょんけちょんのぱーだ!」
ニックは高らかに怪気炎を上げたが、心ここにあらずで意味不明な事を言う。
そのニックにファニーが耳打ちをする。
「ニック…、この話…」
「解ってる…」
こんな大変な話がタヤマ本社にも静岡工場にも伝わっていないとは到底思えない。
少なくとも上の人間は知っていて、なおかつ緘口令が敷かれていると考えるのが妥当だろう。
「ニック、これから静岡でしょう? 上司さんに聞いてみたら?」
「もちろんそのつもり…って、おいっ! 今なんだって?」
考え事をしていたニックは、美雪の誘導尋問に引っかかった。
「ニック…、馬鹿…」
ファニーが手で顔を覆う。
「美雪…。 何で?」
「あなたのプラレスラー「ZU」でしょう? 解るわよ。 だからこの話をしたんじゃない」
「………」
「今の話、無かった事にするわ。 それじゃお2人さん、またね。 ニック、東京でデート楽しみにしてるから♪」
美雪は大きく手を振りながら体育館へ走っていった。
「おいっ! 誰もデートなんて言ってないぞ!!」
「同じ事よ」
ファニーが不機嫌に言った。
「なに怒ってんだ?」
「そんな事どーだっていいわ。 それよりさっきの話、どう思う?」
「解らん。 とりあえず主任に訊いてみる。 何か知っている筈だ」
「そうね」
「ゼクロスバスターだと? ふざけた野郎だ…」
「それと、ニック。 あの子とあんまり仲良くしないほうがいいわ」
それを聞いて、ニックの顔がいつもの顔に戻る。
「なんだ、ファニー。 ヤキモチだったのか?」
「ばっ…バカッ! 違うわよ!!」
「わかってるよ。 早く車乗れよ」
「…馬鹿……」
この時ニックは忘れていた。
ファニーの、社内で「ニュータイプ」とあだ名される程の直感力…。
―――――――――――
バキッ!!
不快な響きが会場にこだまする。
リング中央に立つプラレスラーの右手に、もう1機のプラレスラーの引き千切られた右腕が握られている。
そこへ2機目のレフェリーが投入される。
「あなたの行動は…」
レフェリーの警告は一瞬だった。
レフェリーの首が宙を舞う。
「き…貴様が…、“ゼクロスバスター”かっ?!」
片腕をもぎ取られた満身創痍のプラレスラー「ゼファードMKV ZX」が問いただす。
「…違ウナ。 “ゼクロスバスター”デハナイ…」
「なに?」
「オマエハ、安物カ? ソレトモ…」
「貴様…、何者だ…? なぜこんな事を…?」
「オレノ使命ハ、タダ1ツ “報復”…」
to be NEXT
ChapterV 「ZEPHERED BUSTER」
※註「ロボット三原則」
1.ロボットは人間に害を成してはならない。
2.ロボットは人間の命令に服従する。
3.ロボットは自己防衛する権利を有する。
(上記3項は1>2>3の順で優先される。)
と一般には言われているが筆者も詳しくは知らない。
それ以前に、誰が決めたんだろう、これ?
〜あとがき〜
やっと第2章おわりました〜。
この12話を読んで第2章のタイトルなど思い出して頂けたなら、作家冥利に尽きるというものです。
初めに「プラレスの試合はほとんど無い」と言った割には、予想より長くなってしまいました。
実はこの試合は余興です。
内容や結果が多少変わってもストーリーには何の影響もありません。
このお話はあくまでもプラレスラーの“開発者”のお話です。
その為に聞き慣れない名詞を羅列してみたりしましたが、これがいっぱいいっぱいです。
技術的なツッコミはご勘弁下さい。
技術者らしい会話をしたかった、ただそれだけです。
ディンキィが強すぎるという意見を頂いております。
実はこれ、筆者の“狙い”通りです。
今後の展開上、ディンキィは強くなければいかんのです。
その事を読者に刷り込む為の「大暴れ」でした。
なぜディンキィがこれ程高性能なのかという理由は、実はあえて伏せております。
今は突出してしまっているディンキィの、通常はリミッターをかけねばならない程の性能が、いずれ必要になる時が来ます。
その時、全てを公表します。
全身ラバーコーティングには理由があります。
ただ、そのせいでゼファードの影が薄いです(涙)。
これは、うっぴーも強いからなんですが、筆者の力量不足ですね。
反省材料です。
これでほぼ必要なネタ振りは完了です(登場人物はもう1人いますが、ネタは既に1話で振ってあります。登場は第4章)。
次章から本題に入ります。
共に「報復」を誓う1人と1機。
今は全く接点の無い2者がどう絡むのか?
その時、ニックとファニーは?
そして美雪は…。
プラレス技術は何に転用されるべきなのか?
転用そのものをも許さないのか?
プラレスの未来は?
語りたい事が多すぎて全てを伝えられないかもしれません。
この先、相当長いですが、最後までお付き合い頂ける方が1人でもいらっしゃる事を願うばかりです。
2001年 春 泪橋