「PURE」17th
机に肘を付き、ぼ〜っと空を見つめる「楢塚美雪」。
初めてニックと出会った日と比べて、幾分綺麗になったように思う。
その美雪の前には解体中のうっぴーがたたずむ。
その作業の手は完全に止まってしまっている。
「………、ん?」
ふと、うっぴーと目(?)が合う美雪。
「ああっ!。ごっ、ごめんなさい、うっぴー」
慌てて作業を再開する美雪。
しかし、しばらくすると再び手が止まる。
「………はぁ…」
今、美雪の頭の中は1つの事でいっぱいだ。
そのため大切なうっぴーの修理もおぼつかない。
「…ニック……」
ぽつりと呟く。
「なんで、なんでこんなに、私…」
手に持った部品がするりと指の間をすり抜け、机の上に転がる。
「ごめんね、うっぴー。早くこっちのセッティングも完成させないといけないのに…」
美雪は机を離れると、窓から外を眺める。
「………あ、雨」
窓ガラスにポツポツと雨が当たり始めた。
「ニック…。今、何してるの?…。私の事なんて忘れてしまった…?。…逢いたい…。逢って、話がしたい…。こんな私の事…受け止めて…欲しい…。こんな…私…」
雨が激しさを増した。
―――
バキッ!
ニックのZU「メルクリウス」のニールキックが相手の顔面にカウンター気味にヒットした。
「よしっ!。うまいぞ、エディ!」
観客席で見守るニックが思わず声を出す。
膝の上にはパソコンが乗り、その影に“いつもと少し違う”EXIVがちらっと見える。
顔面にニールキックを受けた相手、鎧武者風の外観を持つ「毘沙門(ビシャモン)」は、大きく体勢を崩した。
「勝機!」
エディは素早くメルクリウスを毘沙門に向けた。
が、唐突に体勢を立て直した毘沙門が、目前のメルクリウスめがけて太い上腕を水平に振る。
ショートレンジラリアット!。
しかし、エディのキーボード操作とメルクリウスの反射速度が勝った。
エディが「フッ」と短く息を吐きながら数カ所のキーを弾くと、メルクリウスは毘沙門の腕をくぐってかわし、横から毘沙門に抱きついた。
その右手は首、左手は腰に巻きついている。
観客席が「おおおっ!」という歓声で揺れた。
この体勢から繰り出される技は1つしかない。
毘沙門の体が浮いた。
メルクリウスの「裏投げ」、2機分の全体重を乗せて後頭部からマットに叩きつけられる毘沙門。
勝負はあったかに見えた。
動かない毘沙門。
メルクリウスはその毘沙門の髪を鷲掴みにし、無理矢理立たせる。
観客席の歓声は途切れない。
次の技がフィニッシュだと観客も分かっているのだ。
そして、メルクリウスは観客全員が予想した通りの技を仕掛ける。
弧を描く毘沙門の体。
美しいメルクリウスのブリッジ。
ノーザンライトスープレックスホールド!!。
レフェリーの声がかき消されそうな歓声の中でカウントが入る。
「1…2…ス…」
カウント2.9。
歓声が喚声に変わる。
会場を震わす観客のストンピング。
エディの行動は早かった。
メルクリウスは素早く立ち上がり再度無理矢理毘沙門を起こすと、今度は毘沙門の背後へ回った。
喚声が止む間もなかった。
フルネルソンから間髪入れず高速ドラゴンスープレックスホールド!!。
もはや毘沙門にはフォールを返す意志は感じられなかった。
ピクリとも動かないままカウント3が入った。
会場は今日一番の盛り上がりとなった。
エディは立ち上がり手を振って観客に応えた。
「終わったか…」
胸を撫で下ろすニック。
「今日も無駄に終わったな」
膝に乗るEXIVに向って言った。
『ハイ』
短く音声で答えるEXIV。
ニックはパソコンのモニターをチェックしながら言った。
「うわぁ〜。お前やっぱ、待機でもバッテリー食うな〜」
『………』
「…これで、良しっと。電源切るぞー」
『…ハイ』
いつも通り口数の少ないEXIVだった。
ファニーはニックとは離れ、2階席最上部の通路にいた。
周囲を注意しながら、手すりに両手を乗せ試合を眺めていた。
その両手の間の手すりにディンキィが座っていた。
「…綺麗に決めたわね。エディ」
『サスガデスネ』
ディンキィも音声で答える。
「でも、もっと驚きなのはニックのセッティング能力ね。今の、EXIVと見間違う程だったわ」
『ソーデスネ』
ディンキィの言語回路はゼファードと比べてかなり優秀だ。
「アナライザー」と称されるディンキィが見間違いなどするはずがない。
ファニーと冗談を言い合える程に発達しているのだ。
ファニーが積極的にプログラムを組んで導入した結果だ。
逆にニックはあまり興味が無いらしい。
「ノーザンからドラゴン…。いかにもニックよね。メルクリウスはスープレックスいくつ装備してるのかしら?」
『フロント、サイド、ダブルアーム、ジャーマン、フィッシャーマンズ、タイガー、ノーザンライト、ドラゴン、ノ8種デス』
「8個か…。充分よね。そう考えるとEXIVの14は異常よね」
『ソレガ、先ノ改修デ15種ニ増強サレタソウデス』
「うっそ?!。それってひょっとして…」
『ハイ。「ジニアス」ト私以外ニハ性能的ニ無理ト判断サレタ、伝家ノ宝刀…』
「“ゼファードスープレックス”…。こりゃあEXIVの性能、かなりのものね…」
『ハイ…』
ファニーとディンキィが並んで観客席のニックに顔を向けた。
ニックはちょうどEXIVをケースにしまったところだ。
「さっ、私たちも帰ろ帰ろ。ホテルに着いたら早速あなたのメモリーの観客の顔の照合よ」
『デモ、外ハ雷雨デスヨ』
「えっ!。まだ?」
『天気予報ヲ照会中。接続シマス。ダウンロードシテイマス。終了シマシタ。気象庁、正午発表ノ本日ノ天気予報、○○県南部、雨、所ニヨリ雷ヲトモナッテ激シク降ルデショウ。午後6時迄ノ降水確率、80%』
「ちゃあ〜…。朝より激しいのね」
『御愁傷サマデス』
ディンキィが笑ったように見えた。
『索敵モードカラ、スリープモードニ移行シマス。オペレーションヲ終了シマスカ?』
「うん。電源も落としちゃって」
ディンキィは手すりから降りると、自らファニーの足元のケースに歩みより、「ぺたん」と女の子座りをした。
『シャットダウンシマス。オツカレサマデシタ
―――
「きゃっ!」
ファニーが雷光に身を縮める。
しばらくして地面を揺らすような雷鳴が轟く。
3人は体育館の正面入り口を入ったロビーで立ち尽くしていた。
周りに人影は無い。
「もう…。雷だけはいまだにダメ」
外の景色を睨みつけながら言うファニー。
それを隣で見ていたニックは、
「以外だ…。怖い物あったんだな」
「人を何だと思ってるの?。人並みにあるわよ。地震、雷、火事、親父」
「好物は?」
「巨人、大鵬、卵焼き♪」
「何歳なんだ、お前は?」
「はいはい、漫才はそのくらいにして」
エディが2人の会話に割って入った。
「そろそろ諦めて帰らんか?。もう誰も残っとらんぞ。それにこの雷雨、どんどん強くなってるような気がする」
「そーだな。いつまでもファニーに付き合ってられん」
「ちょ、ちょっとお〜…」
「安心しろ、ファニー。光ってから音がするまでの秒数を数えるんだ」
「私は小学生か?。音速は1気圧セ氏0度で秒速331m、±1度につき±60cm。言われるまでもないわ」
「わかってるじゃないか」
「それでもだめなのよぉ〜〜〜…」
顔を見合わせて苦笑するニックとエディ。
その時、激しい雷光が一瞬の内に数回瞬いた。
聞こえるはずの無い「バチッ!」という音が聞こえた。
「ひゃっ!!」
思わずニックの胸に飛び付くファニー。
そして大地を震わす轟音。
「こっ…こんな中、帰れないよ〜〜〜〜」
嵐は、すぐそこまで近づいていた。
すぐそこまで…。
to be next.
※註
「メルクリウス」
ローマ神話のマーキュリーの事。
マーキュリーは熟練技巧を司る神。
職業、商売の他、格闘技やスポーツの神でもある。
中には盗みなんてのもあったりするが…。
「毘沙門」
格闘ゲーネタ。
カプコンのヴァンパイアのビシャモンそのまんま。
「世露死苦(よろしく)」みたいなダサイ名前を考えてて思い付いてしまいました。
こんなやられキャラにはもったいない、いい名です。
〜あとがき〜
タクシー呼んで帰ればいいじゃん、というツッコミは無しね。
話が止まっちゃう。
ま、経費が下りないって事で。
【APPENDIX】