オリジナル・ストーリー「PURE」

 

「PURE」18th

 

 「しかし、メルクリウスの性能、たいしたもんだ!」

 エディがニックに言った。

 3人は長い廊下の中ほどのベンチに並んで座っていた。

 相変わらず、雷鳴は止む気配は無かった。

 「ホントね。私も感心したわ」

 「EXIVのセッティングをコピーしただけさ」

 ニックがさらりと言う。

 「そーなの?」

 「ああ。でも1つ判った事がある」

 「なになに?」

 興味津々のファニー。

 「EXIVの、ZUの限界を超えた性能は偶然の産物「ワン オブ サウザンド」だと思ってた。でも、そうじゃなかった。メルクリウスもEXIVに近い性能を出せたという事は、このセッティングはZU全機に応用できる。ZUにはまだまだ改良の余地がある」

 「へぇ…」

 「でも、そのセッティングもニックだからこそ発見できたと俺は思うな」

 エディが真面目な顔で言う。

 「よせよ」

 苦笑するニック。

 「あら、謙遜?。あなたはその才能を買われて、破格の待遇で雇われてるのよ。当然だと思うわ」

 「それを言うなら、お前もそうだろう?」

 ニックがファニーに顔を近づけて言う。

 「う…。それはそうなんだけど…」

 「2人はいいよ。充分会社に貢献してる…」

 エディがぼそりとつぶやく。

 「…俺は…会社の役に立ってるのかな…?」

 「エディ…。なに言ってんだ?」

 エディの表情はいつになく神妙だった。

 エディは今回、ニックがわずか数週間でメルクリウスをここまで仕上げたのを目の当たりにして、自分の才能の限界を感じてしまった。

 「エディ…。そんな事言わないで。あなたらしくないわ…」

 「ウチの会社には不必要な人間など居ない。ZXの開発は必要だし、ZXはお前じゃなきゃだめだ。それは主任も解ってる」

 「そうかな…?」

 「エディ…」

 「…………」

 しばし、無言の重苦しい時間が過ぎた。

 実は3人はこの長旅でかなり疲弊していた。

 無理矢理明るさを装っていたのだ。

 その疲れが一気に噴き出したような感じだった。

 「…飲み物でも買ってくるか」

 ニックが立ち上がる。

 「あ、私、紅茶、温かいの。エディは?」

 ファニーが場を盛り上げようと明るい声を出す。

 「………」

 「エディ?」

 「…コーヒー。甘いの」

 「くすっ。了解♪。ニック、甘いコーヒー探して…」

 ファニーはニックの顔を見た途端、息を呑んだ。

 ファニーも初めて見る険しい表情のニック。

 意気消沈していたエディもこの異変に気が付いた。

 「ニック、どうした?」

 「エディ。メルクリウスを立ち上げろ」

 「え?」

 エディは意味がわからなかったが、ファニーは素早くディンキィの収まるケースに手を伸ばす。

 「EXIVもディンキィもセットアップに時間がかかる。急げ!」

 「なに言って…」

 エディは立ち上がりながらニックの見ている方向へ首を向ける。

 「!!

 エディの動作が止まった。

 「…馬鹿な…。奴は…、奴は試合に乱入するんじゃないのかっ…」

 長い廊下の突き当たり、壁一面の窓ガラスをバックに立つ、小さく黒い影…。

 風に乱れる金色の長髪…。

 妖しく光る赤い目…。

 薄暗い廊下で30cmのプラレスラーが1人たたずむ不思議な光景。

 人が立っているような錯覚を憶える、距離感を惑わす圧倒的な存在感。

 異様に長く感じられた一瞬の間。

 刹那の雷光!。

 黒い影のシルエットがバックのガラスに浮かぶ。

 背中の4枚の羽根が音も無く開いた瞬間だった。

 「エディっ!!

 このニックの絶叫を引き金に、黒いプラレスラーが跳んだ。

 ニックとエディもそれぞれのパソコンに飛び付き、狂ったようにキーボードを弾いた。

 雷鳴と共に黒いプラレスラーが迫る!。

 ガシッ!!

 メルクリウスと黒いプラレスラーが空中で激突した。

 「間に合った!」

 「頼むぞ、エディ。数分持ち堪えてくれ!」

 「なに言ってる?。この機の性能なら、ZXの轍は踏まんぞっ!!」

 メルクリウスは空中で姿勢を崩し、背中から廊下に落下した。

 黒いプラレスラーは手足のランダムスレートを展開し全身のエアノズルで姿勢を制御すると、獲物を襲う猛禽の如くメルクリウスへ向け急降下した。

 バキッ!

 黒いプラレスラーの膝のスパイクが廊下のリノリウムに突き刺さる。

 メルクリウスは間一髪ニードロップを回避した。

 黒い(正確には濃い紺色の)プラレスラー「ハヤテ」はゆっくり立ち上がり、首だけをメルクリウスに向けて言った。

 「ヤハリ、イイ動キダ…。先刻ノ、ZECROSS−Uダナ」

 「貴様も、自爆した膝は痛くないようだな…。ランダムスレート、機能しているらしいな」

 メルクリウスは立ち上がり、ハヤテに言った。

 「貴様が…、“ゼファードバスター”だな?」

 「…ZEPHERED−BUSTER?。フッフッフ…」

 「何がおかしいっ?」

 「ZEPHERED−BUSTER…。コノ俺ニ相応シイ…」

 「貴様…」

 「ソウ、俺ハ貴様ラヲ破壊スル為ダケニ創ラレタ!、ZEPHERED−BUSTERダッ!!」

 ハヤテが歓喜の声を上げた。

 「ディンキィ、セットアップ完了!。行きますっ!」

 ファニーが叫ぶ。

 ディンキィが1歩踏み出そうとした瞬間、

 「だめだっ!!」

 ニックが制止する。

 「奴の性能をある程度把握するのが先だ。それまでは接触するな!」

 「それじゃメルクリウスが…」

 「離れて解析だ!。そこ動くなっ!!」

 「でもっ!」

 「万が一、奴の性能がディンキィを上回る物だったらどうする?!。最悪の事態を想定しろ!!。ディンキィを損傷させる訳にはいかないんだ!!」

 「わ、解ったわ…」

 「奴が受信している電波の逆探知も忘れるな。操縦者の位置を割り出せ!」

 「了解」

 ファニーは不安げな表情でキーを叩く。

 ディンキィは3人の前に立ち、まっすぐ前を見つめて2機の観測を始めた。

 ファニーのパソコンのモニターには続々と分析されたハヤテのデータが表示されていく。

 「……何なの、これ…?。嘘でしょう?…」

 ファニーの声が震えた。

 「くっ」

 メルクリウスがハヤテの攻撃を紙一重でかわす。

 その胸にはハヤテの鋭い爪の跡が幾筋も残っている。

 「かすっただけでこれか?。なんてパワーだ…」

 「ヨケルノハ、ウマイヨウダナ。フッフッフッ、イイゾ、ソノ方ガ狩リハ楽シイカラナ」

 「貴様…」

 「ハッハッハッ、逃ゲロ、逃ゲロ!」

 「舐めるなっ!!」

 メルクリウスがハヤテに突進する。

 「ダメっ!!

 ファニーが叫ぶ。

 「エディ、逃げてっ!!

 「なにっ?」

 その瞬間、プラスチックの砕ける音が響いた。

 「…ツマラン。安物ダッタカ…。チカラヲ入レ過ギタナ」

 ハヤテの膝がメルクリウスの腹部にめり込んでいた。

 エディが絶句する。

 「ば、馬鹿な…。腰椎損傷85%?!。キチンシンク一撃で?」

 「なんだとっ!!」

 ニックがエディのモニターを覗き込む。

 「そ、そんな…、そんなっ!!」

 「ニック、ディンキィで…」

 「だめだっ!」

 「でも…」

 「EXIV!。早くしてくれっ!。早く!!」

 ニックのモニターには、無情にもEXIVのセットアップがまだ1分程度かかる事が表示されていた。

 大規模な改良を受けた為の弊害だった。

 メルクリウスは既に戦闘不能に陥っていた。

 「くっ…。こ、これが…、ゼファード…バスター…か」

 ヨロヨロっとハヤテから離れ、壁にもたれかかった。

 そこへ容赦無くハヤテが襲い掛かる!。

 そして、ハヤテの舞が始まる…。

to be NEXT.

※註 

 「ランダムスレート」

 エルガイムの脚(笑)。 装甲が大きく開く機構の事。 本来は脚部のみに限られる。

 着地の際に展開し、空気抵抗で落下速度を低減するとか、大きく縮むサスペンションが干渉しないように装甲を回避させるとか、そういう意味合いである。 ランダムスレートの下にはバーニアが設置されている場合が多く、バーニア使用のため展開する事も多い。

 「ワン オブ サウザンド」

 one of thousand(1000個に1個)。 工業製品の生産工程で必ず発生する各部品のミクロン単位の誤差が稀に一致し、奇形的に高精度な製品が生まれる事。 銃器の世界でよく使われる単語だが、新車で300馬力オーバーのスカイラインGT−Rも有名(噂)。

 

【APPENDIX】

 

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