オリジナル・ストーリー「PURE」

 

「PURE」20th

 

 ドカッ!

 ハヤテの強烈なエルボーがEXIVの側頭部を捉える。

 およそ考えられるエルボーの破壊力ではない。

 改修を受けたEXIVでなければ、頭部は胴体から離れてしまった事だろう。

 しかし、補強に軽金属を多用したEXIVである。

 ヨロヨロっと2〜3歩よろけたが、何とかこらえる。

 「くっ…」

 エルボーはEXIVにとっても得意技の1つである。

 このまま終わる訳にはいかない。

 「このっ!」

 よろけた距離を一気につめ、軽くジャンプして飛びこんでエルボーを返す。

 ゴキッ!

 EXIVの渾身のエルボーだったが、ハヤテはわずかに顔の向きを変えただけ。

 唖然となるEXIV。

 「フ…フッフッフ…」

 不敵に笑うハヤテ。

 そして、

 ドカッ!!

 目にも止まらぬ速さで再度ハヤテのエルボーが入る。

 エルボーの打ち合い。

 しかし、明らかに2機のダメージには差がある。

 いや、ハヤテにはダメージなんて無いかも知れない。

 それでもEXIVはエルボーを止めない。

 ゴキッ!

 「馬鹿メ、無駄ナ事ヲ…」

 ハヤテがエルボーを返す。

 その時、

 「!!」

 EXIVがわずかに体をそらし、ハヤテの腕を捕らえた。

 そのまま体重をかけ、ハヤテの体を引き倒す。

 流れるような見事な体裁きで繰り出されたEXIVの脇固め。

 ハヤテの腕は伸びきり、完全に“入って”いる。

 「ムッ…」

 「どうだっ!。 グラウンドに持ち込んでしまえば俺の方が一枚上手だ!。 返せまい!」

 「………」

 「このまま、この腕落としてやるっ!」

 EXIVが一層激しくハヤテの腕を捩じ上げる。

 当然ハヤテの腕にも力が入る。

 すると、突然EXIVがハヤテの腕を離した。

 すっぽ抜けた訳ではない。

 初めから計算の内である。

 両機のパワー差が解っている以上、この完全に入った脇固めですら徒労と思えた。

 もっと強力なサブミッションが必要なのだ。

 この脇固めは導入にすぎない。

 「?!」

 ハヤテが一瞬判断に迷っている間にEXIVはハヤテの背中に馬乗りに乗り、ハヤテの首と肩を極める。

 グラウンドのドラゴンスリーパー。

 それだけではない。

 EXIVはゴロンと横に体勢を入れ替え、両脚でハヤテの胴を挟み、ドラゴンスリーパーに胴絞めを加える。

 「これでどうだっ!。 手も足も出まい?。 ここはリングじゃないから、ロープブレイクは無いぞっ!」

 「………!」

 EXIVの言う通り、ハヤテは手も足も口も出ないようだ。

 実際この胴絞めドラゴンスリーパーは見事に決まっている。

 EXIVも、このまま終わるのではないか?などと希望的観測をしてみたりする。

 しかし、それでもEXIVには不安があった。

 それはハヤテの事ではなくディンキィの事である。

 いつもは横であれこれと口うるさいディンキィが今日は何も言ってこない。

 もう敵機についてかなりの分析がされているはずなのに、その情報も一向に伝わって来ない。

 「(ディンキィ、どうしたんだ?。何かあったのか…?)」

 ハヤテを絞め上げながらも、EXIVは不安だった。

 ――― 

 その頃、ディンキィは…

 「(EXIVに教えてあげないと…。でも、何て言えっていうの?。「絶対かなわないから逃げろ」なんて言える訳ないじゃない!…)」

 唇を噛んだ。

 ―――

 唐突にハヤテの手が自らの首にかけられたEXIVの腕を掴んだ。

 「んっ?」

 徐々にその手に力が加わる。

 EXIVの腕の装甲がきしむ。

 「くっ、何っ?」

 「…見事ダ。 “エルボー”ハ誘イ。 脇固メモ、フェイント…。 サスガニ一味違ウ。シカシ…」

 ハヤテの爪がEXIVの腕の装甲に突き刺さり、めり込む。

 「オマエモ所詮ハ安物…カ」

 バキッ!

 EXIVの腕の装甲が砕ける。

 「がっ!。 馬鹿なっ!!」

 EXIVの基本装甲、FRP・ラバー・軽セラミックスの3層構造にアルミニウム合金製の構造材で補強されたEXIVの腕が握り潰された。

 ハヤテはあっさりと脱出し間髪入れず、腕を押さえて床に横たわるEXIVの足首を掴む。

 「オ返シダ」

 ハヤテのスピニングトゥホールド、1回転、2回転、3回転。

 凄い回転速度で、EXIVの足はねじ切られそうになる。

 4回転を終えるとそこからSTFに移行。

 さらにSTFから、脚を固めたままドラゴンスリーパー!!。

 本来STFからは届かないはずのドラゴンスリーパーが入っている。

 EXIVの背中が弓のように反り返り、首、肩、腰の3箇所が同時に悲鳴を上げる。

 「…?!、……!!!」

 まさに手も足も口も出ないEXIV。

 テクニシャンとうたわれるEXIVを蹂躙する、ハヤテのグラウンドテクニック。

 EXIVの、自由になる片手片足が虚しく宙を泳ぐ。

 「“ドラゴンスリーパー”ガ、オ気ニ入リノヨウダナ。 ドウダ?、俺ノ“ドラゴンスリーパー”ハ?。 気ニ入ッタカ」

 「…!!、……!!!!」

 「俺ハ“パワーラフ”ダケダト思ッテイタダロウ?。 コレマデ雑魚バカリデ閉口シテイタノダ。 楽シイナ!、本気デ戦ウトイウノハ!!

 ハヤテがEXIVを一気に絞め上げた。

 コンクリートをも打ち抜く、あのパワーで…。

 ベキバキベキッ!!

 それはEXIVの口からではなく、首と背中から出たEXIVの断末魔…。

 宙を握り締めていたEXIVの腕がパタリと床に落ちた。

 ―――

 …ゴゴゴゴゴゴ………

 静まり返った廊下に雷鳴だけが響く。

 「あ…、あ……」

 ファニーは震えていた。

 それは恐怖によるものだ。

 今のEXIVの性能がどれほどの物かは重々承知している。

 今のEXIV以上の性能を有する機体が社外にもあるとは信じられない。

 その信じられないモノが目の前に存在している!。

 ゴンッ…

 ファニーの隣で鈍い音がした。

 ニックが床に自らの拳を打ちつけ、震えていた。

 その震えは恐怖ではなく、怒り、そして悲しみ…。

 ニックの目に涙が滲む。

 メルクリウスに続きEXIVまでもが…。

 ZEPHERED MKZ EXIV、ニックが寝食も共に育て上げた己が分身。

 もう1人の自分。

 そのEXIVが、こうも一方的に、しかもグラウンドで絞め落とされようとは…。

 ニックは無言で2度3度と拳を叩きつけた。

 「やめて、ニック!」

 さらに拳を振り上げるニックの腕を掴むファニー。

 「…………」

 「もう、やめて…。 あなたまで、怪我しちゃう……」

 「…………」

 ニックは床に伏した。

 拳を握り締め、背中を震わせていた。

 ファニーにはニックの表情は見えないが、ニックの声を殺した悔し泣きがファニーに痛いほど伝わる。

 ファニーは入社以来、仕事ではほとんどニックと一緒にいたといっていい。

 ニックの事は何でも知っていると思っていた。

 いつもの“ちゃらんぽらん”なニック。

 こっちの気も知らず、気紛れに体を求めるH好きのニック。

 反面、プラレスに関しては怖いくらい一途なニック。

 私の大好きな、ニック…。

 そのニックが泣いている。

 自分の愛した男が、簡単に涙を見せる男でない事は解っている。

 「ニック…」

 ファニーは、そっとニックの震える肩を抱いた。

 ファニーの眼にも涙が浮かぶ…。

 ニックのパソコンのモニターに【戦闘不能】の赤い文字が虚しく点滅する。

 ファニーがニックの耳元に顔を近づけた。

 「ニック…。 ディンキィを出すわ。 EXIVを回収しましょう。 今ならまだ間に合うわ…」

 そっとニックのもとを離れ、自分のパソコンに向うファニー。

 そのファニーの腕をニックが掴む。

 「ニック?」

 ニックが顔を伏せたまま言った。

 「…だめだ」

 「なっ、なに言ってんのっ。 このままじゃEXIVはメルクリウスと同じに…!」

 「記録しろ。 それが終わったら…撤収する」

 「ニック…!」

 ニックのこの壮絶な決意を前にファニーは反論できなかった…。

 ディンキィは絶対に損傷させてはいけない機体なのだ。

 目の前の敵の能力はまだ未知数。

 これまで各地で戦ってきた相手のように、ディンキィが損傷を受ける可能性が完全に0%と判明していないのだ。

 ―――

 ハヤテがEXIVから離れた。

 スッと立ちあがり、EXIVを汚物でも見るように一瞥した。EXIVにはもはや立ちあがる力は無い。

 「クククッ…。 フハハハハハ、ハーッハッハッハッハァ!!。 俺ハ強イ!、誰ニモ負ケン!!。 奴ニモナッ!!」

 ディンキィの体がピクッと反応した。

 しかし、まだ動けない。

 ファニーから許可は下りていない。

 「(お願い…、私を動かして!。 そうすれば、あのクソ野郎を叩き潰してEXIVを助けられるのにっ!!)」

 ハヤテが、横たわるEXIVの顔面を左手でアイアンクローで捕らえた。

 「爽快ダ。 貴様ニ感謝セネバナ」

 そのままEXIVを持ち上げて立たせる。

 「(EXIV!、EXIV!!、EXIV―――っ!!)」

 ディンキィが心の中で叫ぶ。

 そのストレートの長い髪がふわりと広がる。

 ハヤテが、掴んだEXIVの顔を自分の顔に近づけて言った。

 「貴様ハ記念スベキ最初ノ獲物ダ。 フサワシイFinishニシテヤル!」

 ハヤテが、左手を離すと同時に右手でEXIVの左手首を握る。

 そして、そのままEXIVの右を通って背後へ回る。 

 「!!

 そのハヤテの動きを見た瞬間、ディンキィの中で何かが弾けた。

 一瞬だった。

 そのCPUがハヤテの分析結果と過去の記録を猛烈な速度で照合する。

 「(馬鹿なっ!その体勢は?!。 その技を知っているのは…。 そ、そうか!、なぜもっと早く気が付かなかった?。 あのランダムスレート、開く装甲とその下のエアノズル!。 多重可動装甲と装甲内エアノズル?!。 あぁ…何て事…。 私、どうして気が付かなかったの?!。 あの背中の羽根、私のスリングパニアーの試作品じゃないっ?!」

 ディンキィが駆け出した。

 誰の命令でも無く、自分の意志で。

 「エ…、EXIV―――っ!!!

 ―――

 ピーーーーー…

 ファニーのパソコンが聞き慣れない警告音を発した。

 「えっ?」

 「?!」

 二人ともこの警告音を聞くのは初めてだが、意味は知っていた。

 ニックもこの緊急事態に顔を上げた。

 この警告音はディンキィが操縦者のコントロールを離れ、勝手にオートパイロット状態に突入した事を意味する。

 以前からその兆候は確認されながら、原因が特定されていない為修正プログラムを組む事が出来ない、ディンキィの唯一のバグである。

 「どうしたんだ?、ディンキィ!。 何があった?!」

 「わからないわ!。 あ、でも、奴の分析が終了したって。 読むわ」

 ニックはディンキィを目で追いながらファニーの報告を聞く。

 「UN−KNOWN 分析報告

 観測されたUN−KNOWNの性能値は、あらゆるデータでEXIV改を上回り、MK−X ZENITHに比肩する。 その性能値分布、機能的、構造的特徴からUN−KNOWNは…」

 ファニーの声が止まった。

 「どうした?」

 「…そんな、嘘よ。 何でよ…?」

 ファニーは放心していた。

 ニックはあわててファニーのモニターを覗きこむ。

 「機能的、構造的特徴からUN−KNOWNは…、静岡工場から盗難されたゼファードMK−Wダブルエックスの可能性98%以上?!。 そ、そんな、馬鹿なっ!!」

 「何でっ!。 何であれがダブルエックスなのよ?!。 何でよ!!」

 「あ、あれがダブルエックス?…」

 ニックは慌ててハヤテに目を向けた。

 そして、信じられない光景を見た。

 ハヤテがEXIVの背後にいた。

 EXIVの左腕が右へ回されEXIVの右腕ごと固定される。

 そしてハヤテの左腕はEXIVの左膝を抱えている。

 「あ、あれは!、ゼファードスープレックス?!

 EXIVの体が浮く。

 ハヤテがEXIVを軽々と頭頂まで持ち上げる。

 同時に強烈な稲光りが建物全体を包み込む。

 「かっ、河田―――っ!!。 貴様どこにいる?!。 なぜだ!、なぜこんな事をするーーーっ!!。 なぜだぁーーーっ!!

 ニックの怒号も

 「EXIV―――っ!!

 ディンキィの痛切な叫びも、すぐそこで鳴った今日一番の雷鳴にかき消され、誰の耳にも届かない。

 嵐は今、最高潮…。

to be Next.

 

〜あとがき〜

 ブルー君、EXIV応援してくれてありがとう。残念な結果になってしまって私も心苦しいですが、これも企画段階からの決定事項です。EXIVのかなう相手ではないんです。ごめんなさい。でも、安心してください。EXIVは第4章にも出ますので(脇役だけど)。それより残念なのはメルクリウスです。メルクリウス、これっきりなんですぅぅぅ…。かっこいいのにぃ…。

 ハヤテの正体、もうバレバレだったみたいなんで、前話あたりからもう敢えて隠さず、後で読んで自然なセリフに置き換えました。でも、もし気付かないでいてくれて、「でぇっ?!」って驚いてくれた人が1人でもいてくれたら嬉しいです。

  ※註

 「アルミニウム」

 一般的にアルミは1円玉のように柔らかい素材と思われがちだが、上手に箱組み(計算にスパコンが必要だが)してやると、押し・引っ張り・捻り等じわじわ来る力には非常に堅牢な構造を生む。クルマ・ヒコーキの世界では「軽量・高剛性」の代名詞。ただし、衝撃には脆く、叩けば潰れる。

 「スリングパニアー」

 Sling−pannier、直訳すると「射出する背負い籠」。「銀河漂流バイファム」でRVが使用した「大気圏内飛行用補助推進器及び安定翼」。翼は姿勢制御用で揚力の発生はわずか。ネタ古くてスマン。

 ちなみに、いずれ登場するディンキィのスリングパニアーは、ちょっとスリングパニアーとは呼べません。

 「UN−KNOWN」

 アン・ノウン。仮面ライダーアギトで突然知れ渡った単語。元々は航空用語で「国籍不明機」を意味する。機種不明とか正体不明とかいう意味ではない。それらは「UO(ユーオー)」または「UFO(ユーエフオー)」という。でも最近はごっちゃみたい?。

 「ZEPHERED MK−W XX(ダブルエックス)」

 ゼファード4番機。タヤマの門外不出の試作機でありながら、盗難に遭い紛失。そのパワーは全ゼファードシリーズ中、最高を誇る。第3話参照。

 「ゼファードスープレックス」

 下図参照

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