オリジナル・ストーリー「PURE」

 

「PURE」23th

 

 

 ニックは呆然と1枚の紙を眺めていた。

 その紙は、エディいわく“私物が入った”ケースを開くと真っ先に目に入った。

 

 ≪最重要≫

 当機の使用は極力控える事。

 使用を認めるのは以下の条件が発生した場合に限る。

 1、ディンキィが制御不能に陥った場合。

 2、3名が直接ゼファードバスターに襲われ、生命の危険が確認できた場合。

 以上。

 ※EXIV改がゼファードバスターに敗れた場合は、即時撤退する事。 これは当機使用の条件には含まない。

 ―――

 「…出し惜しみが過ぎるぜ、主任…」

 ニックは怒りに震えた。

 図らずもジニアスの使用条件は満たされた訳だが、最後の一文がニックには信じられなかった。

 「始めからこいつを出していれば、EXIVは…」

 ジニアスは既に意図的にオートパイロットに入っている。

 ニックがジニアスに音声で伝えたコマンドは2つ。

 「ダブルエックスを回収する事」

 「ディンキィを説得し帰還させる事」

 これで十分だ。

 ニックはもう何もする必要は無い。

 ジニアスとは、それだけの性能を持っている。

 ニックはその場を離れ、自分のパソコンの前に座った。

 そしてEXIVのダメージを表示する。

 「…………」

 動ける訳は無い。

 脊椎が折れ、延髄は外れてしまっている。

 改修前のEXIVであったなら、分断されていたかもしれない。

 「すまん…、EXIV…」

 ニックは静かに立ちあがった。

 そして、心配そうなファニーの視線も尻目に、エディが向った廊下を走って行った。

 ―――

 ミシミシ…

 ジニアスに掴まれたハヤテの手首がきしむ。

 「見違えたぞ、ダブルエックス」

 「…オマエモナ、随分デカクナッタジャナイカ?。イツカラ“スーパーヘビー”ニナッタ?」

 ジニアスは改良に改良を重ねた結果、いつしかウェイトはスーパーヘビーにチェンジしていた。

 ただ、頭部だけはかつてのサイズを維持しており、等身の狂った奇妙なプロポーションをしている。

 全身の強化装甲とあいまって、スーパーゼファードというよりはフルアーマーゼファードという印象だ。

 ただでさえボディビルダーの体型を理想とするゼファードシリーズである。

 それがスーパーヘビー級ともなると、その迫力は他を圧倒する。

 あれほど強烈な存在感を放ったハヤテが子供に見える…。

 「あなた…、ZENITH?」

 ディンキィがジニアスに近づきながら声をかけた。

 「EDか、君も久しいな。君が引き取られて以来だ。だが君の噂は聞いているよ」

 「そうね…。あなたはORAGE開発室に行ったっきりですもんね」

 そう言いながらもディンキィは本能的にジニアスのスキャンを始める。

 「で、今頃何しに来たのかしら?」

 「この場は私に任せてくれ。こいつはできるだけ原型を留めて回収したい」

 「ふん。酷い言われようだわ。私じゃこいつを破壊してしまうという訳ね」

 「そのつもりではなかったのか?」

 「ちっ、了解よ。今あなたをスキャンしたけど、確かにこいつを捕らえるつもりならあなたの方が適しているわ。後は任せる。でも、そこのEXIVとメルクリウスの姿、忘れないで」

 ディンキィは返事も聞かずに踵を返す。

 「と言う訳だ、ダブルエックス。久しぶりに手合わせ願おうか」

 「望ム所ダ!。俺ハ貴様ト決着ヲツケル為ニ蘇ッタノダ!!」

 「何度やっても結果は変わらんぞ。ダブルエックス」

 「俺ヲ“Double−X”ト呼ブナ!。今ノ俺ハ“ZEPHERED BUSTER”ダッ!!」

 ハヤテがジニアスの手を振り解く。

 「相変わらず馬鹿力だな。だが俺も今や、かつてのジニアスではない。今はスーパーゼファードと呼ばれている」

 「ホザケ!。タッタ一度ノ試合デ、優劣ヲ決定サレテタマルカ!。ココデ貴様ヲ倒セバ、俺ノ設計ノ方ガ優レテイルトイウ事ノ証明ニナルワッ!!」

 ―――

 「EXIV…」

 ディンキィが横たわるEXIVの上半身を起こす。

 それに合わせEXIVが目を覚ます。

 「…ディンキィ…か。どうした」

 「終わったわ。帰りましょう」

 「終わった?。もう?」

 「ZENITHよ。後は彼がうまくやるわ。多少苦労すると思うけど」

 「ZENITH?!」

 EXIVは動かない体を無理に動かしてジニアスとハヤテを見た。

 「…ZENITH。い、今頃っ…!」

 「ホント、ひどい話ね。最初からあいつが出てれば、私がオーナーに怒られる事も、あなたがこんな目に遭わされる事もなかったのにね」

 ディンキィがEXIVに肩を貸し立ちあがる。

 「すまんな、いつも迷惑かける」

 「ふふっ、いいのよ♪。好きでやってんだから」

 そのディンキィの笑顔は、いつものディンキィに戻っていた。

 ―――

 ハヤテの姿が消えた。

 廊下の壁や天井を重力を無視してピンボールのように駆け回る。

 エアノズルの推力だけではない。

 手足の跳躍力も凄まじいのだ。

 その機動性を前にジニアスも目を見張る。

 シュッ!

 ハヤテの鋭い爪がジニアスの肩アーマーを切り裂く。

 「くっ、こいつは…」

 さすがのジニアスもこのハヤテの全開のスピードにはついて行けない。

 ついていけるのはディンキィと、あとは世界でも数機というところだろう。

 ジニアスの各部に次々と切り傷が刻まれていく。

 ジニアスに緊張が走る。

 「ゼファードバスターとなったダブルエックス…、これほどとは…!」

 ジニアスは壁を背にして立った。

 少しでも死角を減らす為だ。

 これで少なくとも背後から襲われる危険性は無くなる。

 と、その直後、

 「っ!!」

 突然ハヤテがジニアスの目の前に真上から髪を振り乱して着地した。

 同時にハヤテの鋭い爪が腕のエアノズルの推力を得て超高速で迫る!。

 「くっ…!」

 とっさにしゃがみこんで回避する。

 しかし、そこにはハヤテのスパイク付きの膝が待っていた。

 ガンッ!!

 顔面を体が浮くほど蹴り上げられるジニアス。

 ジニアスは苦し紛れにキックを繰り出すが、既にそこにハヤテの姿ない。

 気が付くと、ハヤテはジニアスから数メートル離れた位置に立っている。

 「…………」

 無言のハヤテ。

 「ダブルエックス得意の一撃離脱…、これが完成形というわけか?。かつての模擬戦のダブルエックスの比ではない…!」

 「ZENITH…。貴様、デカクナッタ分、ノロマニナッタノカ?。“スーパーゼファード”トハ名バカリカ?」

 「心配するな。おかげで暖気が済んだ」

 「クックックッ。EDノヨウナ化物ハトモカク、貴様ニダケハ負ケンゾッ!。河田オーナーノ無念、今コソ晴ラシテヤルッ!!」

 再びハヤテの手足のランダムスレートが静かに開く。

 「(ゼファードバスター…、想像以上だ…。どうやら無傷で回収という訳にはいかんようだな…)」

 ジニアスが今日初めてファイティングポーズをとった。

 ―――

 「ジニアスっ!、大丈夫なの?!」

 ファニーが身を乗り出す。

 ジニアスの今日のセッティングはどうやらEXIV同様、接近戦が主体のストロングスタイルのようだ。

 そうなると、さっきのようなヒットアンドアウェイには対応できないかもしれない。

 もちろんそれだけでジニアスが破壊されるとは思っていないが、多少心配になってきた。

 ファニーはエディの“私物の入っている”はずだったケースの中のモニターを覗き込んだ。

 計上されているダメージ数値は極わずか、感情回路にもプレッシャーは無い。

 「うわ!。あの一撃が、ほとんどノーダメージ?!。並のプラレスラーなら終わってるわよっ、なんて頑丈さなの?!」

 ファニーは心底驚いた。

 ディンキィは機関部こそ数100ギガパスカルという途方も無い強度を持つが、それ以外の箇所はほとんど装甲もされていないラバーコーティングである。

 ジニアスの装甲強度には目を見張るものがある。

 タヤマ静岡工場の実験室で繰り返される装甲の耐久試験のスーパーコンピューターを駆使した解析と、研究員達の血も滲む努力の結晶だ。

 同時に、この強度計算がどれほどの金を食うのか、想像するのも恐ろしい。

 『オーナー…』

 不意にファニーの足元から声がかかる。

 ディンキィだ。

 いつからそこにいたのか、EXIVに肩を貸したままじっとファニーを見上げていた。

 ファニーの表情が厳しいものに変わる。

 「ディンキィ…。あなた、どーゆーつもりなの?。完全に私の手を離れるなんて!」

 『…………スイマセン…』

 ディンキィは顔を隠すようにうつむく。

 「まぁ、いいわ。詳しい事は静岡に戻ったら直接プログラムに訊きます。あなたにこんなバグがあったなんて…」

 『…………』

 「EXIVを連れて来てくれてありがとう。EXIV動けないの?」

 『無理ミタイ、デス…。今ハ眠ッテイマス』

 「そう…」

 ファニーは静かにディンキィに手を伸ばす。

 その手の平にディンキィが静かにEXIVを降ろす。

 その満身創痍のEXIVを見て、ファニーの目が潤む。

 「…EXIV。こんなんなっちゃって…。お疲れ様…」

 『…………』

 EXIVを静かにニックのケースに戻す。

 そしてつきっぱなしだった電源を落とし、ケースを閉じた。

 『…オーナー』

 「ん?」

 『ニックオーナーガ、見当タリマセンガ…?』

 「うん、ちょっとね。なに、どうしたの?」

 『私カラ、ニックオーナーニ伝言ヲ、オ願イシマス』

 「へっ?」

 『…………EXIVヲ…早ク…。私、1人ハ寂シイデス…』

 「!!。ディンキィ…」

 ファニーはようやくディンキィの暴走の理由を理解した。

 『私トEXIVハ、イツモ一緒デス。1人デイルノハ嫌…。早クEXIVト一緒ニ…、マタ一緒ニ試合ヲシタイ…。EXIVト話ヲシタイ…。ダカラ…、早ク…』

 まっすぐファニーの目を見つめ懇願するディンキィ。

 「…そっか。そうよね、ディンキィ。元々あなたはそういう…」

 ファニーはディンキィを優しく拾い上げ、自分の肩に乗せた。

 「ディンキィ、今日の事は許す!。さっきはキツイこと言ってごめんなさい。…EXIVを助けてくれて、ありがとう」

 『エッ?!。デ、デモ、私…』

 「ディンキィ…。私あなたが、うらやましいよ…」

 『…………?』

 ディンキィにはまだ最後のファニーの言葉の意味は理解できない。

 口に指を当て首を傾げるディンキィの仕草は、まるで人間の少女そのままに見えた…

 

to be Next.

 

※註

「ギガパスカル」

圧力の単位。気圧の1ヘクトパスカルは100パスカル、つまり1気圧(1000ヘクトパスカル)は10万パスカル。1ギガパスカルは10億パスカル=10000気圧(地表の気圧の10000倍)、だと思った。違ってたらごめんなさい。遠慮無くご指摘を。

800馬力以上といわれるF−1マシンのエンジンの強度が約40ギガパスカル。ただしF−1エンジンは2時間(1レース)もてばいい構造なので(もたない事も多いが…)、重量を気にしなければ強度を上げるのは難しい事ではない。

 

〜あとがき〜

ラストのファニーとディンキィの会話シーン、筆者のお気に入りのシーンの1つです。その為にわざわざ17話に会話シーンねじ込んで、ディンキィだけ喋るのも変なんでEXIVも無理やり喋らせたりして(笑)、けっこー苦労してます。ファニーの最後のセリフの意味、伝わってますか?。

ジニアスはプラレスラーである事を忘れて、単純にメカデザインを楽しみました。プラレスラーとして、いかがなもんかは言わないで(笑)。

 

オリジナル・ストーリー目次へ戻る

第22話に戻る

第24話に進む