オリジナル・ストーリー「PURE」

 

「PURE」24th

 

 ドカッ!

 ハヤテの手首がコンクリートにめり込む。

 「くっ…」

 ハヤテの表情が苦痛に歪む。 

 コンクリートを物ともしないはずのハヤテの手首に、ディンキィに踏まれたダメージが残っているのだ。

 すかさずハヤテの背後に回ったジニアスのスリーパーホールド、ハヤテの首を締め上げる。

 「ふん、EDにやられたダメージが残っているようだな」

 「…悔シイガ、…ソノ通リダ。不公平モ、ハナハダシイガ…」

 「なら、手を抜いてやろうか?」

 「クッ、ナメルナ!!

 ハヤテが両脚を浮かせて目の前の壁を蹴る。

 一気に向かいの壁まで跳び、ハヤテの背中ががジニアスを壁に押し潰す。

 「ぐっ!」

 スリーパーが解ける。

 すかさずハヤテがジニアスの体を逆さに頭上高く抱え上げる。

 「コレデモ食ラエッ!」

 ボディスラムの体勢から大きくジャンプし、自ら尻もちをつきつつ正面の床に垂直にジニアスの脳天を打ち込む、「みちのくドライバーU」。

 「あぐっ…」

 これは効いた。

 ジニアスの体がゆっくり倒れる。

 そこへハヤテのストンピング、雨霰と降り注ぐ。

 続けてジャンピングのダブルニードロップ、標的を定めて大きくジャンプするハヤテ。

 「!!」

 それに気付いたジニアスは床を横に転がって回避、すぐに立ちあがる。

 ハヤテは膝のダメージも気にせず、脱兎の如くジニアスに突進する。

 そこへジニアスのカウンターのフロントスープレックス、投げっぱなし!。

 後頭部で床を滑るハヤテ。

 しかしハヤテはすぐに立ちあがり、再度ジニアスに突進。

 再びジニアスのフロントスープレックス!。

 「甘イ!!」

 フロントスープレックスをこらえ、ジニアスの肩口にエルボー。

 ジニアスの腕が離れたところで、ジニアスの首と腕を極め高速スープレックス、何と「魔神風車固め」!。

 余りの予想外の技に対応プログラムの間に合わないジニアス。

 リングならカウント3が取れていたかもしれない。

 ハヤテは自ら技を解き、ジニアスの髪を掴んで立たせる。

 即座にジニアスがハヤテの腕を振り解き反撃、ハヤテの頭を掴んでエルボー、1発、2発、3発。

 ハヤテがひるんだところでハヤテの首と膝と取り後方へ放り投げる、「エクスプロイダー」。

 しかしハヤテも負けじと立ちあがる。

 そのハヤテの顔面へジニアスの低空ドロップキック。

 壁まで跳ばされるハヤテ。

 しかし、壁からはね返る反動を助走にしてジニアスに突っ込み、ドロップキックから起きあがる途中のジニアスのヒザを踏み台にして側頭部にヒザを打ち込む。

 強烈、「シャイニングウィザード」!、ヒザを多用するハヤテの最終兵器。

 ジニアスでなければその首は場外までスッ飛んでいっただろう。

 その場でラリアットを受けたように倒れ後頭部も痛打するジニアス。

 ハヤテが床に横たわるジニアスの両脚を抱え上げる。

 「ウオオオォッ!」

 ジニアスの体を振り回す、「ジャイアントスイング」!。

 1回転、2回転、3回転…。

 「くっ…」

 プラレスラーの体にジャイアントスイングがどう影響するかは定かでないが、明らかに苦しそうなジニアス。

 何回転したか分からなくなった頃、

 「ハッ!」

 ジニアスを放す。

 ドカッ!!

 壁に叩きつけられるジニアス。

 急いで立ちあがろうとするが、バランサーが狂い真っ直ぐに立てない。

 足がもつれるジニアス。

 そこへ再びハヤテの鋭い爪が迫る!。

 「!!」

 回避が不可能と判断したジニアス、その腕を捕らえる。

 そしてその腕を捻りながら肩に担ぐ、「アームブリーカー」。

 「ウッ…クッ…」

 必死に堪えるハヤテ。

 しかし、

 ベキッ

 「ウオッ!」

 1発目が入る。更に2発目を狙うが、ハヤテが無理な体勢ながらジニアスの足を払う。

 ジャイアントスイングの影響が完全に回復していないジニアスが思わず手を放してしまうと、ハヤテはすかさずジニアスの首に手を回し手首も捕らえると、足を掛け後方へ引き倒す、「河津落とし」。

 しかしジニアスが途中で暴れ体勢を崩した為、両者ともに激しく後頭部を床に叩きつける。

 共にすぐには立ちあがれない。

 ここまでダメージの蓄積を忘れ激しい攻防を繰り広げてきた2機に突如として襲う疲労。

 ダブルノックダウン…。

 ・

 ・

 ・

 ―――まばたきすら許さぬ凄まじい攻防だった…。

 しかも、その1発1発が並のプラレスラーなら終わっているという程の破壊力を持つ。

 現にハヤテはこれまで何機ものゼクロスを、ほぼ一撃で葬り去ってきたのだ。

 まさにプラレスという規格を超えた異次元の頂上決戦。

 ごくっ…

 思わず息を飲むファニー。

 「だ、大丈夫なの、ジニアス?」

 視線を2機に釘付けにしながらディンキィに訊く。

 『大丈夫…ノ、ハズデスガ…』

 ディンキィも自信無さげだ。

 「ダメージは?」

 『双方トモ蓄積シテイマス。モチロンZENITHノ方ガ軽イデスガ、Double−Xノ方ガ大技ガ出テイルヨウニ見エマス』

 「ジニアス、回収にこだわっているのね」

 『ソレニシテモDouble−Xノ動キガイイデス。私ノ観測ヲ大キク上回リマス。コレデ3連戦ナノニ、今ガ一番、動キガイイ…。驚キデス』

 「ジニアスという本当の標的に出会った事で、能力が120%発揮されているのよ」

 『分カリマス、ソノ感覚…』

 「ディンキィ!。しっかり記録するのよ!。ジニアスと互角の性能を持つ機はタヤマにも無いんですからね!。こんな試合はもう2度と見れないかもしれないんだから!」

 『ハイ!』

 ―――

 ジニアスの方が、わずかだが先に体を起こした。

 「…ダブルエックス………。やるようになったな…。これほどとは思わなかったぞ…」

 「ZENITH…。貴様モナ…。トックニ追イ抜イテイルト思ッテイタガ…」

 「ふっ…、ふふふ」

 「クククク…」

 なぜか笑いが込み上げてくる2機。

 「感謝スルゾ、ZENITH!。忘レテイタ!、思イキリ戦ウトイウ事ガ、コンナニ楽シイトハナ!!」

 「俺もさ。今まで俺と互角に戦える奴など周りにいなかった!」

 2機が同時に跳ね起き、互いに相手に向け飛びかかる。

 バキッ

 「ぐはっ」

 「ウグッ」

 エルボーの相討ち。

 互いにヨロヨロっとよろける。

 その時、ハヤテの足元に部品が1つ落下した。

 ハヤテのマスクだった。

 「クッ…」

 慌てて片手で顔を覆うハヤテ。

 指の隙間から覗く素顔は、久しぶりに見るその素顔は…美しかった…。

 河田が与えたダブルエックス本来の外観は、ゼファードシリーズ共通のアイデンティティとはかけ離れた、その高速戦闘能力をイメージした流れるような美しいラインだった。

 今のハヤテの、憎悪に満ちた毒々しい外観とは似ても似つかない。

 ジニアスは複雑な心境で思わず見入る。

 「………」

 「み、見るなっ!!

 ハヤテは大きくジャンプし廊下の奥へ消えて行った。

 「ダブルエックス!!」

 ジニアスがそれを追った。

 その光景を呆然と見ていたファニーにディンキィが声をかける。

 『ア、アノ、オーナー?』

 「えっ?」

 『追ワナクテ良イノデスカ?。モウ見エマセンガ…』

 「えっ?。あ、そ、そうね。追って!。私もすぐ追いつくわ!」

 『了解!』

 ディンキィも凄いスピードで後を追う。

 ファニーも立ちあがるが、自分のパソコンの他に3台のパソコンが放置されている事に気が付く。

 もちろん置いては行けない。

 中にはタヤマの機密事項が詰まっているのだ。

 「あ…う…。ど、どうしよ…」

 3機が消えた廊下の奥と足元をキョロキョロと見比べるファニー。

 試しに4台のパソコンを同時に抱えるが、何とファニーの細腕では持ち上げる事もできない。

 結局4台をたたんで縦に積み重ね、ズルズルと引っ張って行く事にした。

 「あー、もうっ!。ニックとエディは何やってんのっ!!。エディも心配だけど、こっちも大変な事になってんのよ〜〜〜っ!!」

 周りに誰もいないと知りつつ涙声で怒鳴り散らす。

 ―――

 その頃ニックは、雨の中駐車場にいた。

 雨は若干小降りになってきたようだ。

 「…………」

 周囲を注意深く見渡すニック。

 しかしエディの姿はない。

 「ん?」

 ニックも黒いバンに気が付いた。

 しかし、エンジンは止まっており中に人がいる気配はない。

 多少気にはなったが、エディの身の方が心配なニックはその場を離れ、駐車場を後にしようと踵を返した。

 と、その時

 「?!」

 ニックは気付いてしまった。

 足元のコンクリートのテラスの、雨に消される寸前の一筋の赤い流れ…。

 「っ!!」

 1箇所ではない。

 良く見ると点々と体育館に向っている。

 信じたくは無かった。

 どっかのバカが転んだだけだと思いたかった。

 しかし、そう楽観できる状況で無い事は十分理解していた。

 ニックの心臓の鼓動が一気に高まる…。

 ―――

 ディンキィは2機を見失っていた。

 慌ててパッシブソナーを作動させ、周囲の音響を集める。

 すると横の壁の向こうから、もう聞き慣れたジニアスのモーター駆動音を捕らえた。

 壁に耳を当てて確認するディンキィ。

 そしてキョロキョロと周囲を見渡し(さっきのファニーそっくり!)入り口を探し当てるとその室内に入る。

 目の前にジニアスが立っていた。

 1点を見つめ呆然と立っていた。

 「?」

 ディンキィはジニアスが見ている方向へ首を向ける。

 照明の消えた薄暗い部屋の奥にプラレスの仮設リングがあった。

 恐らく今日の大会の団体の練習場だろう。

 そのリングの中央にハヤテが立っていた。

 しかし、様子がおかしい。

 ディンキィがカメラをノクトビジョン(赤外線暗視装置)に切り替え感度を上げた。

 「!!」

 ディンキィは絶句した。

 ハヤテの素顔のフェイスマスクが剥ぎ取られていた。

 マスクの下の基礎構造がマスクを無理やり剥いだ為破損し、ちぎれたチューブやケーブルからオイル等の液体が滴っていた。

 そして、そのフェイスマスクはハヤテ自身が握っていた。

 ハヤテは自らの手で己のダブルエックスの面影の残るマスクを剥いだのだ。

 「ダブルエックス…。なぜ、そこまで…」

 沈黙していたジニアスが口を開くが…、

 「貴様に分かるものかっ!。 貴様なんぞに…この俺の気持ちが…分かってたまるか!!

 ハヤテの叫びにかき消された。

 ハヤテは自分のフェイスマスクをマットに叩きつけ、足で踏み砕いた。ハヤテのぐちゃぐちゃの顔を流れるオイルがハヤテの涙に見えた………。

to be Next,ChapterV final.

 

〜あとがき〜

 今回は難しい技名のオンパレードでした。プロレスのわからない方、ごめんなさい。文章での説明はこれが限界です(笑)。「魔神風車固め」は懐かしのスーパーストロングマシンの得意技、「魔神」は「マシン」と読みます。

 ハヤテのセリフが、マスクがとれた途端普通の表記になりました。これまではマスクのせいで声が曇ってたと理解して下さい。ダンバインの黒騎士(バーン)みたいな感じね。

 長かった第3章も次話ついに完結します。次話はとっても長いです。通常の2話分ぐらいあります。途中で区切ってもいいのですが、是非ぶっ通しで読んで欲しいのです。お願いしま〜す。

 

※註

 「ソナー」

 水中聴音探知機。ソナーには2種類あって、自分で音波を発信して反響して帰ってくるのを捕らえるのが「アクティブソナー」。対して、じっと黙ってひたすら耳を澄ますのが「パッシブソナー」。

 「ノクトビジョン(noctovision)」

 赤外線(又は紫外線)暗視装置。

 

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