オリジナル・ストーリー「PURE」

 

「PURE」 26th

 

 「桑原さん?」

 控え室でお気に入りの缶コーヒーをすすっていた時、唐突に使い慣れない偽名で呼ばれたエディは、一瞬間を置いてから慌てて返事をする。

 「え?、あ、俺か。は、はいっ。私が桑原です」

 声の方を向くと、一人の少女が「ぽけっ」とたたずむ。高校生ぐらいだろうか?。エディの変な応答に首を傾げている。その仕草が、ちょっと可愛い。

 

 「Intermission 2 〜ニーナ」

 

 その中肉中背の至って普通な、印象の薄い少女をエディは知らない。第一、今日初めて訪れたこの街に知り合いなどいるはずもない。

 「あの、係の人ですか?。なんでしょう?」

 そんな言葉が自然に口をつく。

 「あ、いえ、係の人じゃないです。私も参加者なんですぅ」

 「はぁ、そーですか…」

 なにやら緊張した面持ちで、まっすぐエディの目を見つめて話する少女に、今度はエディが首をひねる。

 「で、俺になんか用?」

 明らかに自分より年下と思える少女を前に、自然と語感も和らぐ。

 「わ、わたし、ここのメンバーとかじゃなくて、飛び入りなんですぅ」

 「あホント?、俺もなんだ」

 「はい。係の人に、もう1人飛び入りの人がいるって聞いてぇ。それで、どんな人なのかなって思って…。ご迷惑でしたら…」

 上目使いにちらちらとエディの顔を覗きながら話す少女。

 「なんだ、そんな事か。全然迷惑じゃないよ」

 それを聞いて「ぱぁっ」と表情の明るくなる少女。

 「わぁ、良かったぁ、ありがとうございますっ。私、こーゆートコ初めてで、友達でプラレス興味ある人いないし、周り知らない人ばっかだし、なんか寂しくなっちゃうし、緊張もしてきちゃうし、なんか自信無くなってきちゃうし…、やっぱ今日帰っちゃおうかぁなんて思っちゃうし、でも、それじゃ今日何の為に早起きして電車代使ってここまで来たのかわかんなくなっちゃうし」

 突然「だー」っとしゃべり始める少女。いつの間にか表情が一転して曇り、ちょっと目がウルウル来てる。そのコロコロ変わる表情にエディは、

 「(面白い子だな…)」

 ちょっと興味も湧いてきた。

 「ま、まぁ、立ち話もナンだ。座んなよ」

 エディは隣のイスを後に引き促す。それを受けて少女は

 「あ、はい。ありがとうござ…」

 がたん!

 膝をイスの角にぶつけた。

 「あうっ!」

 膝を押さえ、身を屈める。

 くわんっ!

 テーブルの上の灰皿の角に頭をぶつけ、灰を被る。

 「はうぅっ…」

 よろよろっと後へ下がると

 どんっ!

 「あっ…」

 たまたま歩いてた人に背中からぶつかる。その通りがかりの男性が手に持ったジュースの入った紙コップが宙を舞う。

 ばしゃっ!

 少女はジュースを頭から被り、紙コップが逆さに頭に乗る。静まり返る控え室。唖然となるエディ以下その他大勢の参加者。

 「ふっ…ふえええぇぇぇ〜」

 その場にしゃがみこんで頭に紙コップを乗せたまま泣き出す少女。スカートがめくれ、熊さん模様の薄いピンク色の下着が丸見えな事にも気付かない。

 参加者の1人らしき長身の女性が、事態を把握し少女に駆け寄るまでに数秒を要した。女性の肩を借り、ジュースに足を滑らせながらも何とか立ちあがる。そのまま女性に抱かれながら控え室を退出する間も、少女の泣き声は止まない。室内の唖然とした空気も変わらない。

 少女の泣き声が徐々に小さくなっていく。どうやら二人は手洗いに向ったらしい。静まり返った室内に手洗いの扉が開く音までが届く。直後、

 ごんっ!

 「ああっ!、ごめんなさいっ!!」

 扉で頭を打ったらしい。女性の叫びが聞こえた。続けて

 「ふえええええぇっ…」

 更に激しい少女の泣き声が響いた…。

 事の一部始終を目撃したエディは、ふと我に返った。そして、

 「あの子…面白いっ!!

 まだ名も知らぬ少女に、俄然興味が湧いてきた。

 ―――

 「ごめんなさい…。私、ちょっとドジで、おまけに運も悪くて…」

 「(ちょっとじゃねーぞ!!)」

 エディは心の中で叫んだ。

 「でも、別段怪我も無いし、良かったじゃないか」

 「はい。このぐらい、しょっちゅうですから。怪我なんかしてられませぇん」

 笑顔で答える少女。エディは

 「(将来、絶っ対車の免許は取らん方がいいな。いや、取れんか…)」

 心の中で呟く。

 少女の髪は濡れている。先程の女性に手伝ってもらって、手洗いで髪を軽くすすいだのだそうだ。頭に灰皿の灰とジュースを被ったのだ、洗い流す以外ないだろう。肩に白いタオルをかけている。ジュースのかかった衣服は、着替えがない以上どうしようもない。

 少女は濡れた髪を手で整えている。若い女性らしからず、ヘアブラシの1本も持っていないそうだ。しかしエディはその仕草をぽ〜っと眺めていた。

 「(なんだ…。よく見ると、けっこーかわいいじゃねーか)」

 エディも健康な男性である。濡れた髪や、その仕草が気になってしまう。そして本人も気付かぬ内に顔と髪以外のいろんな所も見てしまう。先程の「熊さん」が脳裏にフラッシュバックする。胸は小ぶりだ。

 「どーしたんですかぁ?」

 「のわっ!。い、いや、なんでもないっ、なんでもないぞっ!。うわははははっ」

 「ほぇ?」

 まさか胸のサイズを目測されてるなど思いもしない。キョトンと首を傾げる。

 「そっ、それより…。俺に聞きたい事でもあったんじゃないか?。話してみなよ」

 「えっ、いいんですかぁ?」

 「もちろん。あ、その前に」

 「はい?」

 「名前教えてくれよ。まだ聞いてなかった。俺は…」

 「知ってます。桑原さんでしょ」

 「んにゃ、エディって呼んでくれ」

 「えでぃ…?。外人さんですかぁ?」

 再び首を傾げる。これが彼女の必殺技らしい。

 「俺の顔のどこに外国人の要素があるんだ?。あだ名だよ。ニックネーム。俺の周りの人間はみんな俺の事をこう呼ぶんだ」

 「エディ…?、へえぇ」

 「…変か?」

 「うん、変」

 ニッコリ笑いながらキッパリと答える。

 「ちぇっ、教えなきゃ良かったよ。で、そっちは?」

 「はい。私の名前は、「にいな」です」

 「ニーナ?」

 「みんな初めて私の名前聞くと驚くんです。でも本名なんですぅ。「にいな めぐみ」っていうんです」

 「あ、苗字なんだ?。へぇ、どーゆー字書くの?」

 「あのですねぇ…」

 そう言って「にいな」は、何の躊躇もなく小さい手でエディの手を握った。

 「お?」

 エディの手の平に、指で字を書き始めた。その細い指先が、くすぐったい…。

 「分かりますかぁ?。責任の「任」…井戸の「井」…名前の「名」…で、任井名ですぅ」

 エディは思わず赤面してしまう。ニックと違って、あまりこういう事に免疫が無い。

 「「めぐみ」はちょっと難しいんですよねぇ。草かんむりに明るいっていう字なんだけど…。分かりますぅ?。草木が育つ事を「萌える」って言う…」

 と言って「萌」の字を手の平に何度も書く。この「にいな」の屈託無いコミュニケーション法にエディはKO寸前!。既に口からの説明だけで十分理解できているにも関わらず、

 「ごめん。も1回」

 などとリクエストを出し、「ぽ〜」っと手の平の感触を味わってしまう。しかしその時、周囲の冷たい視線に気が付く。試合前の緊張した控え室で、二人は明らかに場違いだった。エディは慌てて、

 「あ、なるほどね。「任井名 萌(にいな めぐみ)」ちゃんね。わかった、わかった」

 手を引っ込めた。

 「ほぇ?」

 「いやぁ〜、「ニーナ」かぁ。いい名前だねぇ〜、ウン。似合ってるよ」

 照れ隠しにポリポリと頭を掻く。

 「でしょでしょぉ。私も好きなんです、この名前」

 もちろん彼女は周囲の険悪な空気など気付くはずもない。

 「でも、なんか変。私が「ニーナ」で、あなたが「エディ」ですって。おっかしいね♪」

 「ふっ、そうだな」

 「なんか、アメリカで訳も解らずギャングに追われてそうな名前ね」

 「はっ、そいつぁいい!。確かにそんな感じだ!」

 「でしょでしょ〜。ふふふっ」

 to be Next.

 

〜あとがき〜

 予告通り、第4章の前に数話余談を入れます。当初の予定には無かったんですが、第3章であまりに不幸だったエディ君に少し幸せになって欲しいと思います。エディ君、うらやましいです。任井名っていう苗字は実際にあるらしいです。

 ニーナの声は西原久美子さんでお願いします、って言うと声優に詳しい人はニヤッとしますね(笑)。「ふえええええぇっ」が想像できるはずです。

 本編はかなり常軌を逸してきたので、ちょっと普通(普通以下?)のモデラーさんの話ってのもいいんじゃないかと。どろどろした話ばかりで無く、こういう面も「PURE」の世界です。

 ただ、最終話まで構想が終わってる本編と違って急ごしらえですので、この先どーなるか私にも分かりません(笑)。

 次話はプラレスラー出るかにゃ〜。

 

【APPENDIX】

 

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