オリジナル・ストーリー「PURE」

 

「PURE」 29th

 

 ――― あまりにもあっけなかった…。

 

 エディは大会運営本部に掛け合い、ニーナのセコンドに付く許可を取った。しかしエディが駆け付けた時、既に試合は終わっていた。

 試合開始25秒。ロープ間を互いに十字に走る攻防から一転、フレイヤがトップロ−プに飛び乗り、リング中央でカウンターを狙うオルティアへバックで飛び乗り1/2捻りの裏モモ☆ラッチ!!。

 そのフレイヤの技の余りの美しさに、たった28秒の試合にも観客は満足した。歓声の湧く会場で1人ポツンと放心するニーナ。観客に投げキッスで応える杏子。テーブルにぶつけたダメージなど関係無い。あまりにも実力差があり過ぎた。

 エディは堪らず杏子に詰め寄った。一般的には飛び入り参加者というのはニーナのように体験入学者である場合が多い。団体の参加者を増やしたいならこんな事はせずに、いい印象を持って帰ってもらうのが普通だ。

 「随分じゃないか?。これがここの流儀かい?」

 突然見知らぬ男に声をかけられた杏子は一瞬怪訝な表情を見せたが、すぐにエディの顔を思い出したようだ。

 「…そうね。でもあなたはそんなヤワなタマじゃないんでしょう?」

 「実際のプロレスでも、相手の実力に合わせて力を加減するものだ。受身の取れない相手を本気で投げたら相手を死なせてしまう。それをせずにどんな組み合わせでも良い試合をする事が、有料で観客を集めるプロの格闘技だと俺は思っている」

 「そういう所もあるわね。でも私はそうは思わない。どんな相手でも全力で当るのが礼儀だと思ってる。対戦相手に対しても、お客さんに対してもね」

 「……………」

 杏子の毅然とした態度に言葉を失う。

 「初めての試合…。いい試合なんて出来る訳ないじゃない。でもそれは新人さんなら誰もが避けては通れない登竜門。そこを自力で這い上がらなくっちゃ!、トップモデラーになんかなれないわ。そこで人の手を借りちゃダメなのよ!」

 「!…」

 このセリフはエディにズシリと効いた。

 「見ていたな?。俺がニーナのオルティアを調整しているのを…。だから敢えて…」

 「あなたがした事が間違いとは言わない。中にはきっかけを与える事で急成長する人もいるわ。私、試してみたいの、彼女を」

 「え?」

 「勘…、なんだけど。きっと強くなるわ、彼女。ここから立ち直れればね。だけど今は精神的な支えが必要かも…。だから後お願いね、彼氏♪」

 そう言ってエディの肩をパシッと叩き、歩み去る杏子。その眼力はモデラーとしても女性としても一流だ。

 「…………全てお見通しか」

 頭を掻きながら後を振りかえりニーナを見るエディ。

 胸の前で両手に抱いたオルティアを見つめ、微動だにしないニーナ…。エディは声をかけるのをためらったが、いつまでもこうしてはいられない。次の試合がある。

 「ニーナ…?」

 恐る恐る声をかけた。

 「っ!!。エ、エディ…」

 びくっ!と体を震わせる。顔はうつむいたままだ。

 「しかたないよ、ニーナ。あんな綺麗なモモ☆ラッチ、俺にも返せるかどうか…」

 「…………」

 「ニーナ?」

 ニーナが顔を上げた。

 「…えへ、へへへ。ま、負けちゃたね…」

 その明らかな作り笑いが痛々しい。

 「せっかくエディに…診てもらったのに…。私…全然…」

 突然ニーナの笑顔が崩れそうになる。ニーナは慌てて下を向くと、バタバタと持ち物を片付け始めた。

 「な、なんか、緊張し過ぎたせいか、喉乾いちゃったわ!」

 そして荷物をまとめ終えるとスクッと席を立ち、エディに背を向けた。

 「たしか控え室に自販機あったよね!。私、先に行って待ってるね!」

 そう言って走り出すニーナ。一瞬振り向いたニーナの顔は笑っていたが、その目は涙が溢れる一歩手前だった。涙を隠そうとするニーナの健気な行動がエディの心を打つ。

 結局エディはニーナにかける言葉が見つからず、走り去るニーナの背中を無言で見送った。

 ――― 

 エディの試合は第5試合だった。普段のエディからは考えられない試合内容だった。「鬼神の如き」…、そんなありきたりの形容が一番適切と思える。

 試合開始直後、相手をコーナーに正面から叩きつけ、その延髄に串刺しジャンピングニー!。続けて相手をコーナーに乗せ、トップロープからの雪崩式ダルマジャーマン!!。しかも自分は脚をトップロープに掛け宙吊りとなり落下しないスパイダー式で、相手の体は真下に落下した。

 既に試合は終わっていた。相手の首が音を立ててショートしていた。そこでレフェリーストップのゴングが鳴った。

 15秒…。エディは敢えて杏子がニーナを破ったタイムを上回ってみせた。第1試合から激しい試合が続くこの会場でも、今の歓声が一番大きいようだ。しかしそんな事は気にも留めず、エディはリングを後にした。結局、1度も対戦相手の顔を見ることは無かった。エディが考えている事は1つ。ニーナがこの試合を見て、少しでも元気を取り戻してくれたらという事だけ…。

 控え室に戻ったエディを迎えたのは、

 「きゃあ〜っ♪

 ニーナの歓声だった。

 「エディ、凄いっ!、強いっっ!!、かぁっこいい〜〜っっっ!!!」

 エディの前で大ハシャギするニーナをエディは唖然と見つめた。目の前の少女は、エディが想像していたより遥かに強靭だった。

 ニーナの事だ。これまでにも幾多の挫折を味わってきたことだろう。それでも明るさを失う事無く現在に至っているのは、この驚異的な回復力の成せる技だ。

 「…?。どしたの?、エディ。試合勝ったのに…」

 がばっ!!

 エディは唐突にニーナを抱きしめた。

 「っ!。なっ…!!」

 「ニーナ…。君は強くなる。きっと強くなる。俺が付いてるから。ずっと付いてるから…」

 「…エディ…………。うん。私…頑張るよ…」

 強張っていたニーナの体の力が抜けていく…。しかし2人は、ここが控え室だという事を忘れている。

 「あのなぁ…。お2人さんよお…」

 聞き覚えのある声がエディの背中越しに届く。

 「もーちょっと場所わきまえてくれよ…。どういう神経してんだ?」

 2人の邪魔をしたのは試合前にエディともめた、あの男だ。その男の言葉で「ばっ」とエディから離れるニーナ。耳まで真っ赤になっている。エディは「やれやれ」といった表情で後の男に向く。

 「なんだ、あんたか…。用など無いはずだ。お互い、ケリはリングで付けようじゃないか?」

 「こっちゃぁ、おめぇに用あんだよ!。ぁんだ、さっきの試合はよぉ!。流れモンが、いー度胸してんじゃねーか、コラぁ!」

 「全力で当るのがここの礼儀だと聞いたんでな。違ったか?」

 「んだとぉっ!!」

 男の顔が紅潮する。が、エディは意に介さず続ける。

 「もし俺と当っても遠慮はいらないぜ。今日の最短試合時間更新したいなら話は別だがな」

 「…て、てめぇ…。なにモンだ…?」

 「ただの流れモンさ」

 「…おもしれぇ。次のてめぇの試合で、てめぇのプラレスラーの化けの皮剥いでやるぜ!」

 「なに?。次の試合?」

 「あぁ。いい事教えてやるぜ。次のおめぇの相手は、俺だぁ…。上に言ってトーナメント表、変えさせてもらったぜ。2回戦の第1試合だ」

 「なるほどな…。だが俺は一向に構わんよ。今日は2回戦までだろう?。帰りが早くなるってもんだ」

 「ぐぐぐ…。この野郎…。後で吠え面かかせてやるぜっ!!」

 男は先刻のニーナに負けず劣らずの赤い顔で控え室を後にした。だが入れ替わりに、ニーナと対戦した杏子がエディに詰め寄る。

 「ちょっと、あなた!。どういうつもりっ!。鉄男(てつお)をあんなに怒らせて…」

 「鉄男…?。あぁ。あいつ、鉄男っていうのか?。なんか、ぴったりの名前だな」

 「…そんな呑気な事言ってる場合?。あいつのプラレスラーは「イタチ」の「エンケラドス」よ。いかにあなたのゼクロスが出来物でも、ちょっと厳しいんじゃなくて?」

 その言葉にエディも表情を変える。

 イタチの「エンケラドス」。イタチのスーパーヘビー級の中でも「テュティオス」に次ぐ大型機である。「テュティオス」ほど大き過ぎず、スーパーヘビーのベストバランス機と言われている。市販のゼクロスの歯の立つ相手ではない。

 「…エンケラドスか。確かに厳しいな…」

 「せいぜい気をつける事ね。鉄男、顔も口も悪いけど腕は一流よ」

 「そうらしいな…。悪いな。貴重な情報だったよ」

 「あ、それなら気にしないで。私もあいつ嫌いなの」

 そう言うと杏子は控え室を後にした。すると、2人の会話を聞いていたニーナが不安な表情でエディに語りかける。

 「エディ…。大丈夫なの?。強そうよ、あの人…」

 「エンケラドスなら何度もDACT(異機種間訓練)で対戦してる。多分大丈夫だろう」

 「だくと?」

 「あっ、いや、なんだ。何度も戦った事あるってこと。心配無いよ」

 「ふ〜ん。すごいね、エディ。さっき“流れ者”って言ってたけど、色んな所で試合してるんだ〜」

 「えっ?。ま、まあね…」

 何だか話が、あまり話せない事柄に近づいてきた。何とか話題を変えようと、とっさに思いついた事を口にする。

 「そ、そーだ。ニーナ。俺、今日は駅前のホテルに泊まるんだけど、試合終わって時間あったら来ないか?」

 「えっ!!。ホ、ホテルっ???

 「落ち着いて話できるじゃないか。ニーナに教えたい事いっぱいあるんだ。さっきのオルティアのファインチューンも俺1人でやっちゃったから、ちゃんと指導したいし、オルティアもまだまだ改善の余地が…」

 「あ、プラレスの話ね…」

 「え?」

 「あ、ううん。な、何でもっ…」

 再びニーナの顔が見る見る紅潮する。そのニーナを見てやっと自分の失言に気付くエディ。

 「ああっ!。ご、ゴメン!!。そーだよな!、何言ってんだろな、俺!。無し無し!。今の話、無し!」

 「いいよ…」

 「だよね。いきなり…、えっ?!」

 思わず聞き返すエディ。

 「…もっと良く診てよ。オルティアも…………(ごにょごにょごにょ)」

 真っ赤な顔をうつむかせたまま、語尾が聞き取れない程のか細い声でニーナが言った。

 「…ニーナ」

 「えへへ…。な、なんか、さっきの試合より緊張する…。見て…。手、震えてる…」

 むぎゅ

 思わずニーナを抱きしめるエディ。

 「バカ…。プラレスの話だって」

 「…………うん」

 その時、控え室の隅では…

 「けっ。やってらんねーぜ!」

 いつ戻って来たのか?、鉄男(彼女いない歴長し)が新たな闘志を燃やす…。

 ―――

 2回戦が始まったのは午後2時を回った頃。エディのZXと鉄男のエンケラドスがリングに立った。観衆の声援は半々といったところだ。

 「けっけっけ。どーだい、俺の「ベルーガ」は?。気に入ったかよ〜」

 鉄男はぎこちなくも不敵な笑みを浮かべる。

 「(…………強い!)」

 エディの観察眼が鉄男の「ベルーガ」の実力を推し量る。その無駄の無いシンプルな外観、正に筋骨隆々なデザイン。スーパーヘビーの手本と言っていいだろう。エディの顔に緊張の色が現れる。

 「今さら後悔してもダメなんだよぉ〜。さっきは控え室で偉そうな口きいてくれたじゃねーか?。ほれ、15秒で倒せるかぁ?。やってみーろよぉ。うひゃひゃひゃひゃ」

 何やら試合を前に高揚しているらしい。最初に会った時とは人間が変わったようだ。

 「(こいつは…ヤバイかもしれん。しかし、負けられん!。ニーナの為にもっ!)」

 カン!

 乾いたゴングの音が鳴った。

 「ゼクロスなんぞ一発で叩き潰してや…!」

 グワシャッ!!

 突然天井から黒い物体が落下した。それが一発で鉄男の「ベルーガ」を粉々に潰してしまった!。

 「な、なんだっ?!」

 落下したのは照明かと思った。しかし、その黒い物体がムクッと立ち上がった!。

 「なっ…、プラレスラーだとっ?!」

 思わず一緒に立ちあがる鉄男。しかしエディは、

 「あ…、あいつはっ?!」

 凝固していた。

 「ナンダ、キサマハ!?。ドウイウ…」

 元プラレスラーの屈強レフェリー「フラッシャー木村」が警告を発しながら近寄るが、

 ボクッ!

 フラッシャーを見もせずに手の甲で殴った。肘から先だけで放った軽いパンチだったが、フラッシャーは場外まで飛ばされ残骸となってばら撒かれた。続けてエディのZXを急襲する謎のプラレスラー。

 ZXは全力で回避したが避けきれず右腕を捕らえられる。そして凄まじい力でコーナーにたたきつけられたZXは既にその右腕を失っていた。さらにコーナーに叩きつけられた際に腰を致命的に損傷、もはや立ちあがる事すらできない!。2機目のレフェリーが投入されたが、逆水平チョップ1発で沈んだ。

 大混乱の中、ZXが息も絶え絶えに謎の黒いプラレスラーに訊いた。

 「き…、貴様が…………。「ゼクロスバスター」か…?」

 「…違ナ。“ゼクロス”バスターデハナイ…」

 ハヤテの赤い目が怪しく光った…。

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〜あとがき〜

 これにて「ニーナ編」終了とさせて頂きます。こーゆーオチでした。当初の目的通り、エディ君には幸せになってもらえたかな?。実はニーナの試合も鉄男の試合も用意してあったんですが、余りに長くなるのでカットさせて頂きました。あと、ホテルの部屋で2人はどーなるかとかね♪。オルティアの解説に「30話に改造〜」とあるのがそのシーンなんですが、詳しくはご想像にお任せします。むひ♪。

 次話からは本編に戻ります。「ニーナ編」という長い休養期間を頂きまして、筆者も精神的に良い充電になりました。注釈という形ですが「PURE」の乱雑な世界を紹介できたのも僥倖です。

 起承転結の「転」に当る第4章、色んな事件が待っています。頑張って書かせて頂きます。お楽しみに〜。

※註

「モモ☆ラッチ」

 全日本女子プロレスの中西百重のオリジナルフォール技。正面から相手の肩に飛び乗り(パワーボムの切り返しもあり)、体を1/2捻り相手の股間をくぐって丸め込む。裏モモ☆ラッチは体の向きが反対で背中側から相手の股間をくぐる。

「スパイダー・ジャーマン」

 スパイダー式は文中の通り。今やジャーマンも雪崩式の時代。女子では雪崩式タイガースープレックスやドラゴンスープレックスも出ている。投げる方も大変です。

 

「エンケラドス」

 懲りずにギリシャ神話(笑)。同神話の巨人と言うと他には「テュティオス」「ブリアレオス」「テュポン」などが有名。「テュポン」?。どっかで聞いたよーな…。

「テュティオス」

 第8話参照。

「イタチ」

 日本有数の複合企業「イタチグループ」。その中でプラレス部門は「イタチ製作所」と「イタチ電器」の共同事業。プラレスラー本体は「イタチ製作所」製で、ソフトウェアは「イタチ電器」製といわれる。

 そしてイタチのプラレスラーはイタチのパソコンでしか動かない。専用OSを他社と互換性の無い独自規格で開発したばかりでなく、専用パソコンまで開発しセット販売を行った。販売店も模型店ではなく電器店である。イタチにとってプラレスラーは家電製品なのだ。

 イタチ製プラレスラーの汎用性を無視した“専用−専用”の組合せが生むマッチングは素晴らしく(バッシュとエスト又はバドとアシュラって言ったら分かる人には分かる?)、イタチは他社とは違ったアプローチでプラレスラーの高性能化を実現。そして不振気味だったイタチ電器の業績も回復傾向にあるらしい。このイタチと同じ事が出来るメーカーは日本には他には1社しか無い(今はまだ内緒)。他社に外注するのと社内で同時開発するのでは差は余りにも大きい。

 イタチグループは巨大である。水面下では「イタチ重工」や「イタチ製鉄」「イタチ造船」等からも「イタチ製作所」へ社員が異動しているという。グループ全体では、アグリ、バイオに始まり宇宙開発や原子力開発などにも関わっている巨大企業「イタチ」。そんな巨大な壁を相手に、模型屋に何ができようか?。これが「PURE」の世界である。

 以上、「PURE」裏話その2でした〜。その3は思わぬ所から現れると思いま〜す。

「DACT」

 空軍用語。Different Air Craft Training(異機種間訓練)。空戦の訓練は基本的に同機種同士で行う(仮想敵機迎撃訓練を除く)。でないとパイロットの能力差が見えないからである。その為、異機種間での訓練にのみ「DACT」という固有名詞がある。

 こういう軍事用語が民間に流れた場合にも、その単語はそのまま使われる。フライバイワイヤが車に搭載されてもドライブバイワイヤとは言わない。

「ベルーガ」

 ロシア産キャビアの品名。意味は無いが何となく語呂が良いので。

 

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