PURE 32nd.
『ご〜っついタイガーバズーカじゃー!!』
ニックの隣でコントローラーを握っていた美雪が歓声を上げる。
「出たっ!。分かったよ〜、ヨガの4つ同時押しだよ〜♪」
ニックはいつしか美雪を見つめていた。
「でも、昔のゲームも面白いわね。笑えるし」
「…………」
「ニック?」
「…ん?。どーした?」
「それはこっちのセリフ。どしたの?、ぼーっとして…」
「そうか?。ぼーっとしてたか、俺?」
「疲れた?。昼間いっぱい歩いたし、さっきも…その、凄かったし…」
美雪が顔を赤らめる。
「そーだな。ちょっと横になるかな」
ニックはテレビの前を離れ、ベッドにばったりと倒れこむ。その横に美雪が寄り添う。
「ねぇ、ニック…」
「んー?」
「私たち、次はいつ会えるのかしら?」
「そーだなぁ…。俺の仕事は急な出張も多いし、即答できないな」
「そんなぁ〜…」
「安心しろ。何とか時間を作って会いにいくから」
「うん…。待ってる」
「ほんとは仕事でそっちへ行ければ都合がいいんだが、そー上手くは…」
「ああっ!。そうだ!!」
美雪が何かを思い出して飛び起きた。
「なんだ?」
「大事な事、思い出したわ!」
美雪はベッドから身を乗り出し、床に置いたバッグの中をごそごそと漁りだした。
「あ!。そうそう、その前に」
また何か思い出したらしい。最新式の小型のノートパソコンを手に体を起こす美雪。
「ちょっと待っててね♪」
ベッドの上でキーをパチパチと叩く美雪。するとベッドの下から
チキチキチキ、ひゅぃぃぃぃん…
という、聞き慣れたプラレスラーの起動音が聞こえた。
「なに持って来たんだ?、美雪」
「へへっ、それはね♪。セットアップ!」
「ばうっ!」
聞き覚えのある鳴き声…。その直後、声の主がベッドの上に飛び乗った。
「…ポチか」
「へへへ。ポチにもイタチの「音声認識」入れたんだよ〜。大変だったんだから」
「ばうっ」
「いやん、もう。可愛い〜ん♪」
よしよし、とポチの頭を撫でる美雪。そのポチの姿に眉を寄せるニック。
「しかし、ポチも随分変わったな。なんか痛そうだぞ」
明らかに重装化されているポチ。見るからにトゲトゲしい上に、例のBB弾は2連装化されている。“可愛い”という表現はどうだろう…?
「あ、これね。一応ヒートナイフなんだけど、これがバッテリー不足で全っ然切れないの(笑)。飾りだと思って。あ、触っても痛くも熱くもないから平気よ」
そう言ってポチを胸に抱く美雪。そしてポチをニックに向ける。
「ほら、ポチ。ニックよ〜」
「ばうっ」
「記憶しなさい、ポチ。今日からニックもあなたのご主人様よ」
「ばうばうっ」
「…………」
苦笑いのニック。美雪のこの感覚だけは一生理解できないかもしれない。
「んで?。大事な事ってのは?」
「あ、そうそう。忘れる所だったわ」
「あのな…」
「ポチ。ちょっと1人で遊んでおいで」
ポチを床に放す。脱兎の如く走り去り、ドタバタと何かと戯れるポチ。それを見送った美雪はバッグの中から1通の封筒をニックに差し出す。
「なんだ?。俺にか?」
封筒の裏には何やらアルファベットが筆記体で書かれているが、酷く達筆でニックには読めない。表には「Cho−sen−joh」と書かれている。
「…ちょーせんじょー?。ああ、挑戦状か…………って、おいっ?!。挑戦状っ?!。俺にか?」
「いいえ、ディンキィさんによ」
「げろん!…」
これはファニーには見せない方が良い。ニックの直感がそう告げていた。
「聞いて、ニック。実は先日のうちの大会でね…」
「うん?」
「また飛び入りに負けたわ、「うっぴー」が」
「ほう…」
美雪の「うっぴー」の実力は体験済みである。おそらく国内ならトップクラスの実力者だ。特にあの脚力と跳躍力から繰り出されるドロップキックは、往年のブルーサー・ブロディを彷彿させる程の見事な物だった。間違い無く、あんな地方団体にいていい機体ではない。
「その飛び入りってのは、どんな奴だ?」
「驚かないでね。女性型Jr.よ」
「ほーーーっ!!。フィニッシュは?」
しばらく間を置いてから、悔しさを噛み殺すように美雪は言った。
「…ノーザンライト・ボム!」
「うっぴーを?!。す…凄いな!!」
あのうっぴーの巨体をノーザンライト・ボム…。EXIVでは恐らく不可能だ!。
「そいつ…、只者じゃねーな…。ディンキィに似た感じか?」
「いいえ。凄いパワーラフファイトだったわ。昔の女子プロレスの王道って感じ」
「ほおおおー…」
「で、その試合の後、関係者の1人が口を滑らせたのよ」
「なんて?」
「以前うっぴーが、相手に触れる事もできずに倒された話」
言うまでも無い。ディンキィの事だ。
「かぁ〜…。余計な事を…」
「そういう事」
「なんてこった…」
ニックは頭を抱えた。やはりあの試合は、やり過ぎだった。そのツケがこんな形で現れようとは…(第11話参照)。
「ねぇ…。何とかお願いできないかしら?。私にも代表としての面子もあるのよ。それと…」
「それと?」
「…………私の単純な興味よ。見てみたい、あいつとディンキィの試合…。どっちが強い…?」
美雪はディンキィの本当の力を知らない。しかしそのディンキィの力は、簡単に人に見せていい物ではない。
「…難しいな。もう言わなくても分かっているだろうが、ディンキィもEXIVも俺達の物ではない。会社の所有物だ。ここだけの話だが、ディンキィなど社外秘の塊だ。そう自由にはできん」
「そんなぁ…」
「まぁ、上申はしてみる。それ程の性能の持ち主であるなら、ディンキィで調べてみるのもいいだろう」
「その時はニックも一緒に来るわよね?」
「多分な」
「分かった。待ってるわ…」
目を閉じニックの胸に顔を埋める美雪。
「どうした?、美雪」
「なんか急に眠くなっちゃった…。ふわぁあ〜」
「なに言ってんだ?。夜は長いんだぜ!」
がばっ!と体を起こし美雪に覆い被さるニック。
「えぇっ?!。も、もう1回?」
「おう!。2回でも3回でも行くぜっ!」
「や〜んっっっ!。ニック、また野生モード突入?!」
「そうさ!。ばうばうっ!」
「ポチか?、あんたは〜っ!!」
楢塚美雪、至福の時…。
神が与えたニックとの出逢い。
その運命の日までの、わずかの時間を謳歌せよと…。
―――
RRRRRRRRR…
シティホテルの1室と思われる薄暗い部屋で電話が鳴っている。
RRRRRRRRR…
その音を聞きつけた彼女は慌てて全裸のままバスルームから飛び出し受話器を取った。
「Bonjour.Comment vous appelezvous?」
彼女の口から流れる流暢なフランス語。(筆者註:ここから先はフランス語です)
「Dieu!.Ça va?.Ça marche?(あら!。元気?。調子はどう?).Mais oui(もちろん)!。こっちも順調よ。ようやく“ターゲットのターゲット”と接触できそうな感じネ。ええ、…ええ、分かってる。そんなヘマはしないって。最悪、死体を引きずってでも連れて帰るわ(笑)!。うんうん、そうね。帰ったらJaponの面白い話いっぱいするから。うん。a tout à l‘hevre(じゃ、また)。adieu!(ばいばい!)」
受話器を置いた彼女はしばらくニコニコしながらベッドの上で思いを巡らす。そして、
「…くしゅん!。ah!」
かわいいクシャミを1つして自分が全裸な事を思いだし、慌ててバスルームに戻って行った。
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※註
「ヨガ」
格ゲー用語。十字キーを←↓→と続けて入力する事。格ゲーの始祖「ストU」の「ヨガファイヤー」の入力コマンドであった事から、以後このコマンドは「ヨガ」と呼ばれる。
余談だが、かつて「モータルコンバット」という残酷フィニッシュシーンが有名な洋物格ゲーがあったが、その中に“上ヨガ(←↑→)”というコマンドがあって苦労したのを憶えている。
「ノーザンライト・ボム」
一言で言えば「垂直落下式ボディスラム」。ボディスラムの体勢から自分も倒れこみつつ相手を脳天からマットに落とす。開発者の北斗晶の名を取って「ノーザンライト・ボム」と呼ばれる。「ノーザンライト・スープレックス」とは無関係。その後様々な派生を生むが、それらは今後本文中で使う予定なのでここでは紹介しない。
「ブルーザー・ブロディ」
「超獣」と呼ばれた往年の名レスラー。金属チェーンを振り回し吠えながら入場するシーンが印象的。怪力を誇示する片手でのワンハンドボディスラム(通称ゴリラスラム)や、巨体に似合わぬ高い打点のドロップキックが有名。必殺技は対角線に走ってのフライングニードロップ。今見てもその破壊力は強烈!。その戦い方は近年の技重視のプロレスとは一線を隔す、まさに肉体のぶつかり合う古き良き真のプロレス。派手な技は持たないが、本当に強かった!。こんなレスラーは、もう現れない。
〜あとがき〜
11話で書いた「これが後に新たな火種を呼ぶ事に〜」の一文がやっとつながりました。長かったにゃ〜。ってゆーか、ネタフリ早過ぎ。誰も憶えてねーって(笑)。でも第2章のあとがきで書いた通り、ネタフリは1話から始まってます。どこが振りなのかは再読しないと分からないと思いますが…。
フランス語、ラキシスのおかげで勉強させられた焼付け刃ですが、多分合ってると思うんですけど…。どこか用法が違ってたらご指摘下さい。
一転して、なんだか雲行きが怪しくなってきたPURE第4章。この先…書くのツライなぁ〜…。